三話 招来サンダー(前)

 俺は座り込んでいる少女へ声を掛けようとすると、顔を反射する事のなくなった窓の向こうから少女のような声で、まるで雷親父の如く怒号が飛んできた。


「ようやっと見つけたぞ! こん裏切りもんめ!」


 暗い空からでも見える紫色の玉の中には、俺の隣にいる青い髪の少女よりも幼い容姿の子供がこちらを睨み付けるように立っていた。

 話し掛けられた隣の少女はまだ苦しそうにしながらもなんとか立ち上がり俺の方に話し掛けてきた。


「少し……ゆっくりしすぎて、しまったみたい……です、見付かってしまいました。“ねね”から逃げるのは多分、無理……なのでここで、迎え撃ちます。」


 俺はもとよりこの状況に付いていけていないのでこの少女に任せるしかないのだが、迎え撃つとは言っても既に攻撃のような何かを受けた後だ、このまま任せるのは大人の男としては恰好悪い。

 おとなしくこちらの反応を待ってくれているあの“ねね”と呼ばれた子供を、なんとか退けることが出来るならこの意味の分からない現状をちゃんと説明してもらえるだろう、俺はそう勝手に決め付けて少女に問い掛ける。


「俺に出来ることはなにかあるか?」


 少女は少し驚いた顔をするがすぐに何か考え込む、俺は返事を待っていたがすぐには返ってこない。

 そして少し手持ち無沙汰に感じてきた時に少女はようやくそろりそろりと話しを始める。


「その……えっと、一応あるにはあります、ですが少し危険なので――」

「いいよそんなの、俺の方が年上で男なんだし、それくらいはやるよ」


 なんて話を切る形で言ってはみたものの、恰好付けすぎたかもしれない。

 少女はじゃあ……と、また喋りだしてくれたが外で待ってくれていた雷様は痺れを切らしたらしい。


「おい! 聞こえとるんじゃろう! 返事くらいせんか!」


 口調がどことなく古風というか、正直昭和の雷親父というイメージがビリビリと伝わってくる。

 一体どんな親が育てればこうなるのか、本物の雷神様とやらが拝めるかもしれない。

 俺は先程の話の続きを聞かないことには動けないので、どうしたものかと思いつつも隣からの指示を待つ。


「では後ろでバックアップをお願いします」


 少女はバックアップと言ったが後ろで何をやることがあるのだろうか、てっきり囮でもやるのかと思っていたしバックアップが危険というのはどういうことだろうか。

 俺は少女にそのまま伝えると少女は少し悲しそうな顔をしながら教えてくれた。


「バックアップというのはそのままの意味です、私の今の情報を保持していてもらいたいんです」

「情報を、保持? それぐらいは全然大丈夫だけど」


 つまりバックアップとは何かの手伝いではなく、これまたパソコンで言うところのデータの保管という意味だったらしい。

 少女の情報を保持、は理解したがそれが危険とはどういうことなのだろう。


「私のバックアップを持っていてもらう間は情報量の処理速度が一時的に遅くなるのと、同時に私のスフィアの維持もしてもらいたいからです」

「聞いただけじゃあそれも危険な感じはしないな。いいよ、それもやってみる」


 こうして話しをしている間にもまた雷が落ちるかもしれない、言われたことは素直に頷いていく。


「最後に一番危険なことなのですが私のバックアップをしている間はあなたの存在が前に出ることになります、世界から知覚することが出来るようになってしまうのでおそらく他の“使徒”にも見付かり、今後も同じように何度か戦闘することになるとおもいます」

「ああ、それはあれか。平穏な日常からはバイバイしてそういう“もの”っぽい世界とコンニチワってことか」


 神聖だと言っていた話しだがやはり俺には漫画のような作り物の話にしか聞こえない。

 でも男なら一度は憧れや情景を思い浮かんだことがある世界だ、この際飛び込んでみるのもいいかもしれない。

 不可思議なことがいくつも起きているこの現状、それにこの壊れた部屋のことを考えると修繕費なんか請求されたり事故で手続きがどうのこうのとか考えたくもないし、どの話でもこういうのはファンタジー的に魔法を使うとか愛の逃避行とか胸を震わせるようなことがあるものだ。

 現実的な考えも頭の隅にあるがそういう“もの”に興味が無いと言えば嘘になる、それに両親も特別親しい友人達もいる訳でもない。

 楽観視しすぎだとは自分でも思うが虎穴に入らずんば虎児を得ず、男は度胸。

 好奇心は猫を殺す、とも言われているが善は急げと急がば回れみたいなものだ。

 結局何事も自分で決めるしかない訳で、だからこそ俺はこの話に乗ることにした。


「いいよ。俺のことを殺した理由も、これからも狙われる理由も、後で全部説明してくれるんだろう? ならとりあえずはあの“ねね”って子のことをなんとかしなきゃいけないんだ、何でもやるよ」


 俺はそういって右腕にかろうじて出来る程度の力こぶを作って少女に見せる。


「……ふふ、頼もしいんですね」


 少女が俺の前で初めて笑顔を見せる、こんな俺の力こぶにもそれくらいの力はあったみたいだ。


「なんだ、笑った顔は可愛いじゃないか。ずっとそうしてくれればいいのに」


 俺が茶化しながらそう言うと少女の顔がみるみる内に赤く染まっていく、照れているのが全く隠せていないがそれでも隠したいのか本題を進めてくる。


「も、もう! とにかく今から私の情報をあなたに預けますから、集中して感じ取ってください」


 少女はそう言うと俺の胸に手を当てる。


「どうですか? 今そちらに送っているんですが、分かります?」


 少女から“なにか”が送られてくる、これがこの子の言う情報という物なのだろうか。

 あまり実感はないが自分の容量が少なくなったような気がする、それがなにかとははっきりと言葉に出来ないのだが、とにかく苦しいような胸焼けしたようなとにかく気持ちが悪くなった感覚がある。

 そして一分も掛からずに少女は手を離した。


「これで全部です、少しだけあなたに預けます。スフィアの維持は自分の周りに膜があってそれを維持する感覚です、そんなに難しいことではないのでよろしくお願いしますね」

「わかった、とりあえずやってみる。だから頑張ってきてくれ」


 少し他人事みたいな言い方になってしまったが、少女は気にしてないみたいで元気に返事を返してくれた。


「はい!」


 そして少女は雨の中、律儀に待ってくれている“ねね”とやらの元へ飛んでいく。

 ――――ってこれ結局、自分は何もしないやつじゃないか。

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