二話 Fact Factor

 寝ている俺の網膜に、部屋の照明が光を伝えてくれている。


 俺は部屋の電気を点けたままだったと気付いて少しずつ目を開けていくと、座ったまま自分の腕を枕にして机に突っ伏しながら寝ていたようだ、その影響か身体が固まっている感覚がする。


「ううん……嫌な夢を見たな、どれくらい寝ちまったかな」


 自分が殺される夢は吉兆とは聞くがあまり夢見はよくないな、なんて思いながら腕と背中をほぐしていると後ろから声が掛かる。


「寝ていたのは数分くらいですよ、この工程が一番認識誤差が出やすいのでそのまま寝ていて貰いました」

「うおっ! 誰だ!」


 驚いた俺はすぐに振り向くと、先程の夢に出てきた少女が後ろにいた。

 俺は夢の内容を思い出してしまい、自然に身体が寝てしまう。


「誰だ、と言われてもあまり説明している時間がないんです」

「さっき、いや……夢の中でもそんなこと言ってたな、どういう事だよ」


 俺は突然現れた少女のことを訝しみながら真意を探ろうとする。

 時間が無いと言われてもなにも分からないまま言うことを聞くつもりは無い、それに骨が砕けるようなリアルな死の感覚がまだ身体を動けなくさせている。

 少女がもし本当に夢に出てきた本人なら少しでも情報が欲しかった、今も話に聞く“夢の中の夢”なんてことも有り得るかもしれないしな、一度も見たことないけど。

 そして無言のまま何分間か経ち、俺がずっと警戒したままなのを見ると少女は渋々と言いたげな顔で続きを喋りだした。


「そうですね……じゃあ今は軽くですけど説明します。分からなくてもいいです、だからとにかく私の話を聞いてください」


 少女は一応説明するつもりはあるらしい、どこまで信じていいものかは知らないけどな。


「まず簡単に言えばあなたは死にました、そして生き返りました。夢の話ではなく」


 いきなり俺の“夢”を否定から入る少女、物分かりの良いつもりは無いが感覚がまだ残っている。

 あれを夢だと言い切ってしまうにはあまりにも恐怖感が強すぎた、だから俺はあれこれ言ってもしょうがないと思い続きを促す。


「“まず”が、まずにわかには信じられないんだが、まぁとりあえずは分かった続けてくれ」

「ありがとうございます。それでですね、あなたが生き返る時に因子を取り込んでもらいました」


 俺はそこそこ昔に流行ったっていうSFや、オカルト話のような首に埋められるチップのことを思い出す。

 すると少女は説明を挟みつつ教えてくれた。


「パソコンで言えばプログラムをインストール、とでも思ってくだされば大丈夫です。あなたのOS、ここでは魂なんですけど……それが適合していたので目印を付けてインストールさせてもらいました。魂への負担はほぼありませんのでご安心してください。そして」

「待て、待ってくれ」


 パソコンで言えば、なんて多少は理解しやすくはなったが魂なんてもんが話に出てくるのと同時にOSだのインストールだの。

 話を遮ってしまうのは申し訳ないが、既に一度整理しなければ頭が理解出来ない。


「とりあえず俺の中にそのプログラム、因子が入ってる。それを入れる為には俺が死ぬ必要があった……で合ってる?」


 俺が確認の為にさっき聞いた事を復唱すると少女は、はいとだけ答えるとまた続きを喋り始める。


「さっきも言いましたが死ぬ、とは言っても今は魂も身体も全て無事なので、そこは安心してください」

「安心ったってな……」


 自分は死にました、でも今は生きてます、安心した、とは誰もならないだろう。


「えっと……とにかくインストールするには情報量が膨大なので寝ていてもらって、情報処理速度を速めてもらう必要があったのと、インストール条件としてOSの適合、それと死んで生き返ったという“事実”が必要だったからです」

「なんかあれだな、ゾンビとか吸血鬼みたいで漫画や映画のような話だな」


 俺は思った事をそのまま口にした、すると少女が顔を歪めた、何か気に障ることでも言ってしまったのだろうか。


「そういう“もの”と一緒にされるのは少し……かなり違います、というかもっと神聖な儀式なんですけど」


 “神聖な儀式”の方がよっぽどそういう“もの”っぽいと思ったがいつまでもあの顔をされたままでは困るのでこっちは口に出さない。

 それにこの少女は何か不思議な力を持っている、俺はそれを夢の中で教えられた。

 ここはとにかく逆らわない、これに限る。

 すると少女はそれでですね、と前置きをしつつ話を戻してきた。


「あなたの死は世界に保存されました、それをあなたという存在ごと私に保存することであなたの存在の保管が可能になるんです」


 世界? 存在の保存保管?

 これはなかなかきな臭い話になりそうだなぁと渋い顔をしていると、突然少女が立ち上がる。

 焦った様子の少女は細い腕をいっぱいに広げながらその両手から手のひらと同じくらいのシャボン玉のような透明な玉を一つずつ発生させる。


「やっぱり! これ以上の話はまた後でお願いします! とにかく今はここを離れましょう!」


 手のひらほどだった玉の大きさがみるみるうちに大きくなっていき、少女が喋り終わる頃には人が一人入ってしまうくらいの大きさになっていた。


「私が操作しますからあなたはこのスフィアの中から出ようとしないでください!」


 少女は二つあるスフィアとやらの玉の一つへ入る、俺もそれを真似して玉へと近付いていく。

 外から見た感じ、透明な球体の中を黒い電気のような物が縦横無尽に走りまわっている。

 恐る恐る玉の中に入れてみた手に黒い電気が向かってくるので感電か何かするんじゃないかと怖々していた、だが特に何も起こらないようなのでそのまま身体を滑らせていく。

 俺が玉に入りきったのを確認すると少女が宣言してきた。


「それじゃあ、飛びます!」


 俺はなにやら分からないままに頷くと同時に部屋が揺れた。

 部屋、というよりアパートが、大地が、地球が割れたんじゃないかという程の轟音が唸り、眩い光が眼球を焼いてきたので反射的に目を瞑る。

 もう少し優しく飛び出す事も出来ないのか、俺の部屋がめちゃくちゃじゃないか、なんて心の中で悪態を付いていると浮遊感の一つもない。

 それどころか少しずつ目を開けてみた俺の目には見慣れた部屋の中の光景が見えていた。

 違うのは窓の辺りが派手に壊れていて、とても換気の良さそうな部屋になって雨粒が部屋の中にも入ってきているところくらいだ。

 理解が追い付かない俺は隣の玉に入っている少女に声を掛けようと隣を向くと、玉の中で苦しそうに声を詰まらせながら座り込んでいる少女が目に映った。

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