ソフィアハイバネーション~前世で救世主だった俺、JKと暮らすワケ~

そー

一話 土砂降りRe:boot

 今日も雨の音が窓を泣かせている。

 俺はその音が好きだ、好きと言うよりも“心地良い”が正しいかもしれない。

 目的がある訳でもなく、ただ身を任せてゆったりとした時間を過ごすのは嫌いじゃない、昼寝して起きたらネットで動画を見たりSNSを観察しながら気が付けば一日が終わってしまっていることも少なくない。

 人に言えば老衰してるとか、悩みがあるなら聞くよなんて茶化されたり心配されたりもする。

 やりたいこともなくただ漠然と生きてきてしまった、なんて悲しいことを言うつもりはないが俺自身はこれでもいいと思っていた。

 人並には生活してきたつもりだし小さな頃、噛り付くようにテレビの前から動かなかったり友人たちと学校に漫画を持ってきて先生に叱られたりした覚えがある。

 なにか熱が入るようなものでもあれば、また違ったのかもしれないが生きてきた中ではまだ、経験がなかった。


 俺の名前は桐須きりす 印嘉いんか

 借りてるマンションからすぐ近くのコンビニエンスストアで勤め、最低限の衣食住ぐらいは確保している、つまりはフリーターってやつだ。

 成人した時に実家を出てから数年、まぁ何事もなく過ごしてきたと思う。

 今住んでいるこの一帯は住宅地というよりもビルの方が多い、高層ビルが並ぶ訳でもないが俺の住んでいるマンションの部屋からは数本高いのが見える。

 少し離れた場所には緑が豊富な公園もある、逆に言えばそれ以外遊ぶ物がないとも言えるが、あんな場所でも子供たちはいつも元気に走り回っているだろう。

 今の季節柄、丸一日経っても雨は止まないので残念ながら閑古鳥が鳴いていそうだが。

 交通手段としては最寄り駅は酔っていても家までは歩いて帰れるような距離で、市バスも走っている、とは言っても俺の職場は家から駅までの道を一本入った程度の距離なので電車もバスも使うことはない。

 今日は休みなので外に出ることもなく、いつも通りのんびりと昼過ぎに起きて時間を無駄に浪費していた。

 段々と腹の虫が気になり始めてきたので時計を見ると、もう六時間程もカロリーを摂っていないことになる。


「そろそろ何か作るか」


 窓を見ると空は流石に暗くなり、雨音も少し強くなっていた。

 ここ最近休みの日には、趣味と言えない程度に楽しみながら料理をすることにしている、飽きたらまた前みたいに値引きした弁当にでも戻るのだろう。

 何年か前くらいから職場で軽く食材も買えるようになっているので、休みの前の日は仕事終わりに少しだけ食材を買っておいて、何を作るかこうして考えている。

 まだ冷凍のロールキャベツが残っていた筈だし、今日はレトルト品のハヤシライスのルーを温めてそれを上から掛けて、なんちゃってデミグラス風ロールキャベツにしようと思う。

 ……いつもはもう少し、凝った物を作っているけどな。


「まぁ誰に言い訳してるんだって話しだ」


 そう呟きながら台所へ向かう。

 そこにひらり……と一枚の羽根が落ちてきた、上には照明、窓越しには自分の顔が見えている。

 ここはマンションの一室でペットも禁止、隠れて鳥を飼ってもいない、羽根を集めるような高尚な趣味も持ち合わせていない。


「なんだ?」


 怪しげに思いつつも羽根を拾い上げると頭の中に少し高めの澄んだ声が響く


(やっと……やっと、見付けた)


 俺は声の主を探して周りを見渡す……が、誰も居ない。

 それもそうだ、俺は一人暮らしで両親は少し前に他界してしまった。

 少しだけだが貯蓄を俺に残してくれたことは、今でも感謝している。


「まぁ、いいか」


 不思議には思ったが気のせいかと思い、また台所へと向かおうと踵を返す。

 すると後ろから光があふれ部屋中を照らし出す、咄嗟に振り向くと先程、羽根を拾った場所から見たことのない模様のような物が浮かび上がり発光している。

 その瞬間、強い光が部屋中を包み込み俺はとっさに目を覆う。

 何秒か経つと光が収まり始めたから俺は、少しずつ、目を、開けた。

 見えるようになった俺の目に、深く艶のある青い色の髪を漂わせる少女が浮かんでいた。


「お、おい……今のは……」


 少女が目を開けたので俺がそう問い掛けると、少女はまるで羽根のような軽やかさで降りてきた。


「やっと、見付けた」


 それだけ喋るとこちらに歩いてくる。

 白を基調としたワンピースだが、この季節ではまだ少し寒そうな少女の服とそのスレンダーな体型を、胸の辺りまで隠れるケープが暖かそうに包んでいる。

 少し見方を変えれば修道服や看護服のように見えなくもない。

 そして俺の前まで来た少女は俺より頭一つ分くらい背が小さかった、俺自身は成人男性の身長で考えれば僅かばかり高い程度だろう、もう随分と身長なんて測ってはいないが。

 少女は俺の問いを無視したまま距離を縮め続け、目の前で止まることもせずに唐突に唇を重ねてきた。

 一秒にも満たない瞬間、俺が驚いて動くことも出来ずに距離が離れていく。

 その間、少し赤く染まった少女の顔を俺はずっと見ていた。


「そ、それでは次の工程に移りますね」

「ま……待ってくれ! 今のは一体、それに次の工程って」


 俺は思い出したかのように少女に慌てて問い掛けた、すると少女は少し苛立ったのか赤いままだった顔を歪めた。


「あまり時間が無いんです、だから一度、死んでください」

「え、はっ……?」


 少女の言った言葉を理解する間も無く、俺の身体に衝撃が走り窓の方へ吹き飛びそのままガラスを突き破る。

 吹き飛ばされた、と理解した時にはもう俺の身体は雨と一緒に下へと降っていた。

 そしてコンクリートがなにか硬い物を砕く音が聞こえた。


「今度こそ、助けてみせる」


 少女が何か言った、それだけを理解した俺の意識いのちはそこで途絶えた。

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