拝啓・薬学生様

ポージィ

拝啓・薬学生様

病院を目指す皆さんへ。


私が病院勤務時代、200床で一人の薬局でした。


二人の助手さんに手伝ってもらってましたが、入院患者の薬は全部私が監査してました。


外来も全部一人で投薬していました。

Do処方の人は日数と錠数を確認し、新規の薬剤は必ず用法用量効能と代表的な副作用を口授して渡していました。


医師のミスも全部訂正して医療安全委員会に報告していました。


オーダー忘れの定期薬を全部「医師代行」で入力した事も何度もあります。


アルバイトの当直医師がオーダリングシステムの使い方を知らないので、休みの日にも出てきて代わりに入力してあげた事もあります。


院内の薬のマスタは全部私が改訂・入力していました。


事務にもコンピューター担当の人もいましたが、薬の事はわからないから・・・と言われ、結局私がマスターの管理までやる事になっていたのです。


GWもお盆も年末年始もありません。


感染対策委員会と、褥瘡対策委員会と、医療安全委員会の三つ掛け持ちでした。


麻薬の管理もしていました。


入浴時に張り薬の麻薬を勝手に剥がして棄てられて保健所に事故届を出して平謝りした事もあります。


新しい人が入って来るまで、ずっと一人で出勤し続けました。


熱が出ても出勤しました。


それでも―――


外来の窓口では患者「様」に


「おそいよ!何分待たせるの!」


「バスの時間に遅れるじゃないか!」


「説明なんかいらないから!」


と怒鳴られ続けました。


外来では4人の医師が同時に処方を出してきます。


午前中だけで60枚くらい来ます。


窓口で渡せるのは私だけです。


それでも、頭を下げて頑張りました。


年収は―――医師の半分以下です。


病院を目指す皆さん、これが薬剤師です。



*  *  *



調剤薬局を目指す皆さんへ。


調剤薬局は肥大する医療費を抑制する最前線です。


建前は医師の処方に疑わしき内容が無いかをチェックし、適切な用法用量効能副作用を口授にて指導する―――。


しかし、実態は後発医薬品の切り替えお願いです。


後発医薬品を普及させなければ、国からどんどん収入が削られます。


適切な指導を懇々と話しても、一円のお金にもなりません。


それどころか、患者「様」からは疎まれます。


「ジェネリック医薬品?安いから効かないんでしょう?嫌よ。」


「変えたくないって言ってるんだ!安いと言ってもどうせ100円かそこらだろう!」


「俺は先生にはちゃんと話をしてあるんだから、お前になんか話す必要は無い!」


忘れないでください。


これらの言葉は必ず言われます。


それどころか―――


「期限切れの薬を安く売ってるんだろう?」


と言われた事もあります。


それでも、私は仕事を淡々と、着実にこなしました。


懇々と説明を続け、年間で何百万円の医療費を抑制したでしょうか。


事実上「建前」と化した本来の業務も―――積極的に取り組みました。


ある時務めた薬局では、隣の医院の先生が72歳のお爺さんでした。


72歳の先生はアシクロビル細粒の使い方をよく知りませんでした。


どんな患者にもアシクロビル400mgを朝夕に分けて飲むという指示で出すので、おかしいと思いました。


通常の成人の場合、アシクロビルは単純疱疹で1000mgを5回に分けるか、帯状疱疹なら4000mgを5回に分けて出します。


腎機能や年齢により適宜増減はありますが・・・

400mgを2回に分ける指示は明らかに少なすぎます。

(1回200mgは体重10kgの小児の服薬量)


患者は70歳のお婆さん。

腎臓も異常を指摘された事は無いと言いました。


私は医院に疑義照会をかけましたが、そのまま飲ませろという指示でした。


疑義をかけた後も変更の指示は無かったので、おかしいとは思いながらそのままの用法でお婆さんにアシクロビル細粒を渡しました。


その後、お婆さんの帯状疱疹は背中にも広がり、眼にも症状が現れました。

お婆さんは眼科に行き、治療を受けました。


2か月後、お婆さんは後遺症なく無事回復する事に成功しましたが、なかなかよくならなかったと言っていました。


その後も同じような患者が続いたので、その都度疑義照会をかけましたが、一向に医師からは変更の指示が出ませんでした。


電話で医院の窓口の女性に


「この患者様は腎不全か何かですか?」


と聞くと


「そういう専門的な事は私は分かりません。医師は変えるなと言っています。」


と突っぱねられました。


仕方がないので、文献を持って直接医院側に報告をしました。

分量が少なすぎる事や、現在はバラシクロビルという薬が1日3回の服薬で済む事など、こうした方が効率が良いと思われる治療法を直接医師に提示したのです。


すると、その日以降72歳の医師は帯状疱疹の患者にバラシクロビルを3000mgを1日3回で処方するようになりました。


患者「様」は何も知りません。


「先生のお陰で助かったわ。」


いつものフードコートでお婆さんが話しているのを聞きました。


一方で、患者「様」の私に対する評価は変わりませんでした。


毎日、毎日、こう言われ続けてました。


「医師から聞いてる。説明はいい。早く会計してくれ。」


年収は―――医師の半分以下です。


調剤薬局を目指す皆さん、これが薬剤師です。



*  *  *



ドラッグストアを目指す皆さんへ。


私はS県で唯一の調剤併設店舗の薬剤師でした。


処方箋を受ける傍ら―――排卵検査薬や、リアップなどの1類薬品も売ってました。


登録販売者の資格が出来てからというもの、薬剤師を常駐させる店舗はS県には他にありませんでした。


その為、S県全ての系列店舗の登録販売者から、あらゆる相談が寄せられてきました。


「3歳のお子さんのカブレなんだけど、どの軟膏を売ったらいいですか?」


「アムロジピンという薬を飲んでいるそうなのですが、アリナミンは売っても大丈夫ですか?」


「妊娠中のお客様なんですが、熱が出ています。どれを売ったらいいですか?」


種類はもっと多岐に渡り、特に帰り際・・・夜は相談の電話が相次ぎました。


S県で夜8時まで働いていたのは私だけだったからです。


私は病院での外来経験も踏まえて、出来得る限りのアドバイスをし続けました。


もちろん、品出しや売り場の季節商品の入れ替えなども行います。


POSレジも打ちます。


店舗の金庫に売上金入れたりもします。


調剤、検査用薬、高度管理医療機器、一類薬品、各店舗からの電話相談―――


一人何役だったか分かりません。


知ってますか?


登録販売者が居ればもう薬剤師は不要なんだそうですよ。


高い給料出して棚から薬出して売るだけの仕事。


あんなものに高い金を出すのは無駄!


少なくともネットでは、そういう風に書かれているのをよく見かけます。


医薬品の情報はいくらでもネットに載ってるから・・・


わざわざ薬剤師に話を聞く必要はないんだそうです。


高い金―――


年収は病院よりも調剤薬局よりも高いですが、せいぜい500万円どまりです。


ドラッグストアを目指す皆さん、これが薬剤師です。



*  *  *



大学を出るのに6年間。


学費は国立で300万円。


私立では1200万円。


遠方地なら生活費も。


卒業までに全薬学部の約半数が留年し―――国家試験では約3割が落ちます。


卒後の年収は300~500万円。


これは滅多な事では上がりません。


現実でもネットでも、


「医師と看護師がいればお前らなんか要らない。金の無駄。」


一生、そう言われ続けます。


地方の薬局では未だに医院からは隷属的な関係が続いています。


医院の職員の駐車場代を薬局が肩代わりしたり、


医師の家族や医院の職員の薬代を全て薬局が肩代わりしたり、


薬局を開局する時に「一般用医薬品の販売はしない」という念書を書かされたり―――。


全部実話です。



拝啓・薬学生様


これが、日本の薬剤師です。

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