112(-523).翼舞う戦場


 けたたましいサイレンの音で飛び起きた。現在深夜12:30。

 警報だ。天使兵が出現したらしい。


「行かなきゃ」


 だるい身体を無理やり起こし、レジスタンスの制服――ブレザーと軍服を合わせたようなデザインのそれを着て部屋を出る。


 これが今のあたしの日常だった。




「あ、紅音さん!」 


 コアルーム――通信や転移など、出動に関する役職が集まる部屋に踏み入ったあたしを迎え入れたのはレーダー役の子だった。三つ編みにメガネが印象的な子だ。

 見回すと、すでに数十人もの仲間が揃っている。こういった場合を鑑みてコアルームは広く作られていた。


「状況どうなってる?」


「ここから20kmほど離れた採石場跡地に天使兵が現れました。数は……10体です」


 あたしは思わず目を見開いた。

 そんな数がまとめて出現するなんて今までになかったことだ。

 だが、最近一度に出現する平均数がじわじわと上昇している、というのは聞いていた。だからと言って10体とは……。

 天使兵個々の戦力にもよるが、苦しい戦いになるかもしれない――そんな予感がした。


「厳しいわね」


「転移、準備できています」


 そう声をかけてきたのは転移役の子。クールな雰囲気で、少し近寄りがたい。

 出動はほぼ自己申告制だ。行きたい人が行く。

 強制はされていないが、みんな正義感が強く我先にと出動しようとするので、むしろ止める役が必要だ。結局はリーダーが出る者と人数を決めることになる。


「今回は俺が行こう」


 いつの間にか部屋に入ってきていたリーダーが言うと、わっと歓声が上がった。

 通信での指揮や統制に回ることがままあるリーダーだが、戦いではまさに一騎当千。誰より頼もしい戦力だ。

 リーダーの隣にはお姉ちゃんがいた。


「お姉ちゃんはどうするの?」


「私は……今回は下がってろってリーダーが。紅音ちゃんは?」


「あたしは行くわよ」


「駄目だ」


 口を挟んできたリーダーに、あたしは睨むことで返す。

 だがリーダーは怯まない。


「……なんでよ」


「紅音、お前は疲れているだろう。ここのところ出撃頻度が――――」


「それでも行かなきゃ駄目なのよ!」


「……お前はどうしてそこまで戦おうとする? 仲間なら数多くいる。お前だけが戦う必要はないんだ」


「……そうかもしれない。でも」


 ここに来る前のことを思い出す。

 目の前で殺された友人。知らないうちに殺されていた両親。

 いつだって間に合わなかった。

 それだけじゃない、一緒に出動した仲間が殺されることだってあった。

 そんなことは何も珍しくないことだ。命を懸けて戦っているのだから起こりうることだ。

 でも、それを『当たり前』にはしたくない。


「力があるのに使わないなんて嫌なのよ。あたしは、あたしにできることは全部したい。もうこれ以上後悔したくないから……!」


 戦えるなら、戦う。

 そう言って、リーダーの瞳を見据えた。鋭いが、澄んだ瞳だ。強い意志を秘めた瞳。

 この人だって同じだ。みんなを守りたいっていつも考えてる。だからきっとわかってくれるはずだ。

 しばらくの沈黙の後、リーダーは目を伏せる。


「……わかった。お前の決意、汲もうじゃないか」


「リーダー……!」


「聞いたかお前たち! 紅音には誰より強い闘志がある! 俺たちも負けていられないぞ!」


 リーダーの鼓舞に、仲間たちが湧き上がる。

 歓声を上げ、士気がみるみる上がっているのがわかる。

 これならきっと今回も勝てる――そんな空気が場を支配していた。


 ただひとり、不安げな表情のままのお姉ちゃんを除いて。




 転移した先は、砂の色に染められていた。

 小高い丘があちこちにあり、見通しはあまりよくない。さらに一帯が切り立った崖に囲まれている。

 こういった場所ではできるだけ固まって戦うのがセオリーだが……。


「本当に20人でよかったのかしら」


 結局、出動したのは天使兵の二倍の数だ。

 少ないのでは――そういう声もあったが、あまり戦場があまり広くなく、ひしめき合ってしまうと連携が難しいという考えからこの数が適しているという結論に至った。それには、リーダーが出る、ということも影響している。


「心配ない」


 端的なリーダーの言葉。

 だがそれが何より頼もしい。


「…………ていうか、天使兵あいつらはどこ? 姿が見えないけど」


 360度ぐるっと見回してもどこにも見当たらない。

 いつもは到着したらすでに人間に襲い掛かっているのにと、そこまで考えたところで違和感に気付く。


 ――――どうして奴らはこの採石場跡地に現れた? こんな人間が誰もいないところに。


 天使兵は人間を殺すために使役された存在だ。

 だとしたら都市部など人間が大勢いるところに出現しないとおかしいし、現に今まではそうだった。

 たらり、と頬を汗が流れ落ちる。


「ねえ、リ――」


「ごああっ!」


 すぐ後ろにいた仲間の声に慌てて振り返る。

 その仲間は、槍で地面に縫い止められていた。どくどくと血を流し、しばらく蠢いていたがすぐに動かなくなった。

 見覚えのある槍だ。これは天使兵が使っているもの――ということは。


「上だ!」


 叫ぶリーダーの声に、弾かれるように見上げる。

 夜空には満月と――円を描くようにして空中に浮かぶ天使兵たち。それは見とれてしまいそうなほどに幻想的な光景で、しかしあのうちの一体が仲間を殺したのだと確信する。


 敵の姿を認めた仲間たちは次々に異能スキルを発動させ各々武器を構える。あたしも同じく自身の大鎌を出現させ、しっかりと握りしめた。

 リーダーが出したのは巨大な盾。大柄なリーダーの身体をすっぽり隠してしまえそうなほどのサイズだ。


「戦闘用意!」


 リーダーの掛け声に仲間たちが「おおっ!」と応じる。

 今は悲しんでいる場合ではない。まずは戦いに集中しなければ。


「……すまない。もっと早く気付いていれば」


 リーダーの横顔には確かな後悔が滲んでいた。

 頼もしい、みんなのリーダー。だが彼もまた世界が以前のままであれば普通の男子高校生をやっていたはずなのだ。


 天使兵は、誘い込んでいたのだ。  

 ただ人間を殺すだけではあたしたちに阻止されるだけ。

 だから邪魔な異能保持者ホルダーたちをおびき寄せ、一気に倒す。

 それが奴らの狙いだった。


 自分たちに敵対する者から減らしていく――憎たらしいほど合理的だ。

 あたしたちさえいなくなれば、あとは雑草刈りのようにただ無抵抗な人間たちを殺していくだけでいい。奴らには通常の兵器ではもちろん歯が立たない。そうでなければ、異能スキルが配られた意味がないのだから。


 これはあのルナが指示したことなのか、それとも天使兵たちが自力で考え付いたのか――それは定かではない。いつかわかることとも思えない。

 だから。


「やってやるわよ。どうしたってあたしたちは戦うしかないんだから」


 決意をこめて鎌の柄を握りしめる。

 

 あとから思えば。

 この戦いが転機だったのかもしれない。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る