111(-524).月の落とし子たち

 

 両親が死に、あたしたち姉妹が家を出た時から数か月の時がたった。

 今あたしたちはシェルターを拠点にしている。ドーム型で、大体100人程度がここに収容されている。全員があたしと同じく力を持った子どもたちだ。


 異能スキル

 あのルナから与えられた力はそう呼ばれ、それを持つ子供たちは異能保持者ホルダーと呼ばれている。 


 その能力は人それぞれだ。単純に戦闘向きなものもあれば、通信能力など、サポートに特化したものもある。このシェルターも異能スキルによって首都の中心に作られた。

 頑強な上、明らかに物理法則を無視した広さを誇るが、異能スキルを持っていないと出入りできないという制限を持つ。だから一般人を守るのにはどうしても使えない。

 これを作った、まだ中学生の男の子はそのことにひどく心を痛めていた。一番守るべき人たちを守れないなんて――と。


 この国の異能保持者ホルダーは全員このシェルターに在籍している。転移の異能スキルをもつ仲間が全国からかき集めたのだ。天使兵という驚異に立ち向かうには団結しなければ――それがここのリーダーの意志だった。

 レーダーの異能スキルを持つものが天使兵の出現を感知し、転移の異能スキルを持つものが戦闘員をそこへ向かわせる。それがあたしたちの戦い方だった。


 あたしたち異能保持者ホルダーは世界中にいるようだ。不思議なことに、シェルター、レーダー、転移など、必須級の異能スキルを持つ者は世界各地に多くいるようだった。確かにそれらの能力を持った異能保持者ホルダーがいない地域はあっという間に崩れてしまうだろうが、それにしても都合がいい。まるでバランス調整でもされているかのようだ。つまり、これも『ゲーム』ということなのだろうか。


 そして、そんなあたしたちと同じように、天使兵もまた世界中に現れる。

 ただ、思っていたよりはその数と出現頻度は少ないようだ。今では津波や地震、台風などの災害と同じように扱われている。

 奴らは夜にしか現れない。あたしたちも同じく、月が出ているときしか異能スキルを使えない。それはまるで太陽電池で動くおもちゃのようだった。元をたどれば両方ルナから生まれたもので、だから同じ性質を持っているのだろう。


 あれから。

 天使兵が出現したときから、空には二つの数字が表示されるようになった。どんな天候だろうとくっきり見える。

 黒い数字は残りの人類の数。そして白い数は天使兵の数だ。

 世界人口は以前の80億から減って75億。対する天使兵は9628と表示されている(最初は1万だったらしいと仲間の誰かが言っていた)。


 思ったより少ない――とはいうものの、途方もない。

 奴ら天使兵は突然現れては殺戮の限りを繰り返す。あたしたちが急行しようがその時にはもう幾人かは殺されている。そんなことだからじわじわと人間の数は減少していた。

 その上戦いの中で命を落とす仲間もいる。あたしも、もう仲間の死に何度も立ち会った。

 できればもう見たくない。見たくはないが、このままではいつか――――


「あ、紅音あかねちゃん。何してるんですか」


「お姉ちゃん」


 そんな風にシェルター内の談話室の椅子に座ってひとりでぼんやりしていると、お姉ちゃんとリーダーがやってきた。

 ここのところあたしは戦闘続きで疲れているのか考え込むことが多くなっている。休んだ方がいいだろうとは思うが、他の人に戦わせるくらいなら自分が、という考えがあたしを突き動かしていた。


「……大丈夫か。目の下にクマがあるが」


「大丈夫よ、リーダー」


 リーダーは、お姉ちゃんの同級生らしい。

 がっしりした体格に、逆立った短髪が印象的な男性だ。寡黙で外見はいかついが、仲間想いの人。

 お姉ちゃんは、実質的な副リーダーだ。この二人でこの組織――一般的にレジスタンスと呼ばれている――をまとめている。 

 個性豊かな面々で性格もバラバラ。血の気が多い人がいればおとなしい人もいる。それでもこのレジスタンスという集まりが空中分解しないのは、この二人がいるからだ。

 リーダーは強く厳しくみんなを引き締める。お姉ちゃんは優しく温和に見守り、空気を緩める。そんなバランスがうまく機能していた。

 ただ、そもそも仲間のみんな――異能保持者ホルダーたちは全員正義感が強く心優しいのだ。それもあって、人類を守るという一つの目的に向かって団結していた。


 そういう人たちだから異能スキルに適合できたのか、それともそういう人たちが意図的に選ばれたのかは定かではないが――もし狙ってやったとしたらあのルナという女神はとんだ享楽主義者だ。すぐに滅ぼしてしまっては楽しめない……そういうことなのだろうか。


「お姉ちゃんもちょっと顔色が悪い気がするわ」


「うーん……ちょっとね」


「……またクレームが来てな」


 その言葉にあたしはぐったりとする。

 クレーム、というのは異能スキルを持たない一般人からのものだ。 

 なぜもっと早く助けに来てくれないのか、なぜもっと早く倒せないのか、お前たちの戦いのせいで家が壊れた、なぜおまえたちだけが安全なシェルターにいられるんだ、この戦いはいつ終わるんだ――枚挙に暇がない。理不尽なものや切実なもの、憂さ晴らしの罵倒や遊び半分のからかいなどそのバリエーションは様々だ。


 こういった投書を受け入れることに決めたのはお姉ちゃんだ。人々のまっすぐな意見を受け入れて奮起しようということらしい。

 あたしは反対した。きっとこうなると思っていたからだ。応援する内容もいくらかはあるが、大体はよくない内容だ。そんなクレームを読むたびに、何のために戦っているのかわからなくなる。


 それでもお姉ちゃんは全てに目を通し真摯に受け止めている。

 ……あたしは、そうなれない。


「……今日はもう寝るわ。おやすみ」


「え? 紅音あかねちゃん、ご飯は?」


「いらない」


 そう残して、あたしは談話室を後にした。

 


 自室のベッドに横になり、目を閉じる。

 疲れた。

 身体も心も。


 いつになれば終わるのか――そんなことを聞きたいのはこっちも同じだ。それに例え天使兵を倒し、ルナを倒しても元通りの世界にはならない。それまでに何人の人間が殺されてしまうのか予想もつかない。

 天使兵は強い。あたしがあの時倒したのはかなり弱い方の個体だったらしく、今までの戦いでは基本的に苦戦を強いられている。いつかあたしも死んでしまうのだろうか……でも、それは嫌だ。

 やっぱりあたしは戦わないといけない。悪い人間はいる。確かにいる。でもいい人たちだってたくさんいる。天使兵を倒してお礼を言ってもらえたり、食料を分けてもらえることだっていっぱいあった。そのたびにあたしは戦ってよかったと思えるのだ。

 だからみんなのためにあたしは頑張りたい。そしていつかルナを倒して、元の平和な世界に戻したい。

 そんなことを考えていると、いつの間にかあたしは眠りに落ちていた。


 ……あと何回、こんな夜を繰り返せるんだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る