77.あの日のアステリズム
「沙月さんって何座ですか?」
授業と授業の間の休み時間。
神谷と園田の二人は教室で次の時間に実施される小テストの対策をとっていた。
そんな時何ともなしに投げかけられた問いに、神谷は可愛らしく首を傾げる。
「ナニ……ザ……? なにそれミモザの仲間?」
「いやそうではなく、っていうかミモザってなんですか。星座ですよ星座」
「ああ、本気で何かわからなかった。たしかふたご座だけど、どしたのいきなり」
「今日の朝、偶然星座占いを見まして。えっとふたご座は……五位ですね」
コメントに困る結果である。
神谷はふにゃりと相貌を崩すと、
「えへ、微妙だあ。っていうかみどりって占いとか信じるタイプだったの?」
「良かったら信じますけど、悪かったら忘れます」
「意外にドライ。わたしはなんだろ、あんまり触れてこなかったな。小学校では流行ってたけど、どちらかというと外で男子と遊ぶタイプだったから」
延々ドッジボールとかやってた、と笑う神谷。
それは光空と知り合う前の話ではある。それ以後は光空と過ごすことが多かった。彼女は当時インドア派だったし引っ込み思案だったので人の輪に加わるということもほとんどなかった。
「へえ……あ、そういえば沙月さん、誕生日いつなんですか? ふたご座ってことはもうすぐだと思うんですけど」
「5月の31日だよ。今月末」
それを聞いた瞬間。
ぴしり、と園田は静止した。
あまりに身動きしないので心配になった神谷が「おーい」と呼びかけ目の前で手を振るも反応が無かったが――その数秒後。
がたん! とけたたましい音を立てて園田が立ち上がった。
「うわびっくりした!」
のけ反って驚く神谷に目もくれず、園田は教室を見渡したかと思うとクラスメイトと談笑中の光空を見つけ、
「光空さん! 光空さーん!!」
大声で呼びつけられた光空は、びっくう! と肩を震わせる。いきなり園田にそんな呼ばれ方をすれば当然だ。そしてそうしてる間にも園田は机の間をぬってずんずんと近づいてくる。
「はいっ!? え? なに? 怖いんだけど!」
「ちょっと! こっち! きて! ください!!」
腕を力強くつかんだかと思うと、園田は光空を教室の外へと引きずっていく。
その様子を、神谷含め教室にいた生徒たちは呆然と眺めていた。
「……いや、授業もうすぐ始まるって」
「…………もうすぐ沙月さんの誕生日なんですけど。知らなかったんですけど」
「ぜえぜえ……う、うんそうだね。もう帰っていい?」
二人がやってきた(正確には園田が連行した)のは階段の踊り場だった。
授業が近いこともあってか人通りは少ない。
ばさり、と園田は肩にかかった長い髪を払う。
「ダメです。今じゃないと」
「なんでよ」
「お祝いしたいんですけど、それなら秘密にしたいですし、寮だとどこで聞かれるかわかったものじゃありませんし」
それならチャットアプリでやりとりすればいいじゃん、と光空は言いかけてやめた。そういえば園田とIDを交換していないことを思い出したのだ。
「それだって普通に誕プレとケーキでも買ってあげればよくない?」
「確かにそうです。でも、それが出来そうにないから相談したいんですよ」
「出来そうにない……? なんで?」
もしかして金欠なのだろうか、と思ったが、それにしては園田にはお金に困っている印象はない。ならば何が問題なのだろうか。
「誕プレなにがいいか迷ってるの?」
「それもですけど、そうじゃなくて……沙月さんの誕生日って5月31日じゃないですか」
「うん、そうだね。それが?」
光空には園田が何を言っているのかこの時点ではよくわからなかった。しかし、後から思えば、早く気づいておくべきだったのだ。
「その日って、中間テストの最終日じゃないですか。私たちってその日まで、放課後は沙月さんと勉強することになってるんですよ」
「あ……買いに行くタイミングが……」
頷く園田。
放課後は買いにいけないし、それが終わった後は疲れ果てている上に外も暗くなってしまっているから外出も厳しい。
「それに、張り切っている神谷さんに勉強の断りを入れるというのも……」
「……心が痛むね」
うーむ、と二人で思い悩む。
そんな時、チャイムが鳴り響いた。授業が始まってしまう。
「やば。もう戻らなきゃ」
とりあえず、相談のためにチャットアプリのIDを交換した。
これが無ければずっと交換しないままだったような気がするなあ、と光空は頭の片隅で思った。
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