五章

76.日常に潜むもの


 さて。

 神谷たちは【TESTAMENT】というゲームで異能を携え怪物プラウと戦う少女たちであるが、それと同時に普通の女子高生でもあるのだ。

 そして高校生であればまず間違いなく降りかかる、災害のようなものが存在する。

 それは避けることはできない。その上立ち向かって倒せなければ恐ろしい目に遭いかねない。

 

 その『災害』の名は――――



「そういえばもうすぐ中間テストじゃない?」


 プラウを倒した次の日の昼下がり、中庭。

 自作の弁当を頬張りながら神谷沙月は何ともなしに呟いた。

 神谷は以外にも予習復習を欠かさないタイプなので特にテスト期間を意識せずともそれなりの点数を取ることができる。

 

 しかし、共に弁当のおかずを口に運んでいる園田みどりと光空陽菜の二人は違うようだった。

 『中間テスト』という単語を聞いた瞬間、びくりと動きを止め、揃って俯く。


「…………やめましょう、その話は」


「そうだよ。今は沙月が作ってくれた超おいしいお弁当を食べなきゃいけない時だよ」


 神谷が引くほど低い声だった。

 二人の周囲にだけ真っ黒な影が差しているような、そんな錯覚までする。


「い、いやいや二人とも。たかが中間じゃん。そんなに深刻にならなくてもさ」


「「たかが?」」


 凄まじい剣幕に思わず喉から「ひっ」と情けない声が出る。

 プラウよりも怖い。


「じゃ、じゃあさ、みんなで勉強しようよ! 教え合えばお互いの復習にもなるし、自分ひとりでやるより覚えやすいと思うし!」


「うっ……私は部活が忙しいから……では!」


 しゅばっ、と手を挙げ去ろうとする光空の首根っこをむんずと掴む。

 しばらくじたばたした後、諦めたようにだらんと力を抜いた。


「テスト一週間前からは部活は全部休み。……だよね?」


「う、うん」


「だから最近忙しそうにしてたんだよね? テスト前にスケジュール決めとか打ち合わせとかを済ませておかないとって」


「……うん」


「なのになんで逃げようとするのかなあ……?」


「べんきょうやだ…………」


「やだじゃないよ全くもう」


 今度は神谷が凄まじい圧を放っていた。

 去年の光空は赤点をとることがたびたびあった。それを思い出すと放ってはおけない。


「こらそこ。みどりも逃げようとしない」


 こっそりとその場を離れようとしていた園田を呼び止める。

 ぎぎぎ、と古くなったロボットのような動きで振り返り、顔をしかめる。

 嫌で嫌で仕方ないという感情を隠そうともしていなかった。


「やらなきゃだめですか……?」


「やろうよ。ていうか、」


 園田のそばに近づき耳打ちする。


『昔はかなり勉強してたんじゃないの……?』


『いや……この学校に来てからしばらくは頑張ってたんですけど、親がいない環境に慣れるとあっという間に怠け癖が……』 


 こそこそ、と交わす会話に神谷は天を仰ぐ。

 これはさすがに責められない。


「うーん……よし! とりあえず今日から始めよう」


「明日からで良くない……?」


「そうですよ」


「ダメ! 心配しなくてもそんな長時間やらないから大丈夫」


 別に高得点をとろう、と言うわけではないのだ。

 目標は平均点以上、最低でも赤点回避、くらいならそれほど難しい話ではない。

 要は密度が大切なのだ。どれだけやるかではなく何をするか、である。


「がんばるぞ、おー!」


「「おー」」


「声が小さい!」


 いつになくやる気を出している神谷を見ながら園田と光空は、


『沙月さんって昔からこんな感じでした……?』


『うん。一度言い出したら聞かない。頑固だよねえ』


 目の前で繰り広げられる失礼な内緒話は華麗に無視して、神谷はもう一度「おー!」と拳を突き上げた。




「ふーん、テスト。あったわねそんなの」


 放課後、帰ってくるなり勉強を始めた三人を見て興味なさそうにアカネは言った。

 彼女は学校に通っていない(学籍どころか戸籍が無い)ので無関係なのである。


「アカネにもできれば手伝ってほしいんだけどなー」


「なんであたしがそんなことしなくちゃいけないのよ。……ちょっと見せてみなさい」


 ぶつぶつ言いつつも、広げられた問題集を覗きこむ。しばらく眺め、その前のページもいくつか見ていると、「うーん……」と唸った。


「……悪いけど全然わかんないわね」


「え、ああそうか、アカネは……」


 記憶喪失だから、と言う直前で慌てて口をつぐむ。光空には隠していることだからここでは言えなかった。だがアカネが考えていることはそれとは違うようで、神谷の耳に口元を寄せる。

 光空と園田は問題に集中しているようで、こちらへ意識は向いていない。


『…………記憶喪失はたぶん関係ないわ。ざっくり中学までの範囲なら覚えてるもの』


『え、そうなの? じゃあアカネって……』


『言わないで。あんたより年下とか考えたくないから』


 若干落ち込んでいるようだ。

 しかし中学生かと言うとそこまで幼くないように見える。だがそこは個人差の範囲だろう、と考えを打ち切った。


「とにかく。今は数学やってるのよね」


「うん。わたしの得意科目で、同時に二人の苦手科目でもあるからね。先にやっておこうと思って」


「あんたが数学得意? 見えないわ……」


「なにおう」


 いざ喧嘩か、と神谷とアカネは身構えたが、「因数分解……因数分解やめて……」と唸る二人の声を聞いて矛を収めた。

 ふう、と思わずため息をついたのは、どちらだったか。

 

「ほんとはさ」


「ん?」


「こういうの、ずっとやってみたかったんだ」


「……そう」


 静かに呟く神谷に、アカネはそれ以上何も言わなかった。

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