78.よんひくいち


「誕生日ぃ?」


 その日の放課後である。

 きたる5月31日、神谷の誕生日をどう祝えばいいかをアカネに相談することになった。

 だが露骨に嫌そうな顔でツインテールの片方を指でくるくるしている。


「なんであたしにあいつの誕生日の祝い方聞くのよ……特に陽菜。あんた友達多いんじゃないの?」


「いや、やっぱり沙月の知り合いに聞くのがいいかなって。それにアカネちゃんもお祝いしてくれるでしょ?」


「はあ!? いやよ!」


 とりあえず仲直りはしたし、以前より関係は改善し、少しだけわかり合いもした。しかし未だにアカネの中で神谷は『よくわかんないけどなんか嫌い』というポジションのままだった。

 だから誕生日のお祝いというイベントにもはっきり言って気が進まない。

 というよりどんな顔で何と言って祝えばいいのかわからない。


『誕生日おめでとう沙月ちゃん! これからもよろしくね!』


 こんな感じだろうか。

 考えるだけで若干怖気が走る。


「ないない」


「ん?」


「何でもない。……っていうか、テスト終わるまでプレゼントとか買いに行けないなら、終わったその日の放課後にあいつと一緒に買いに行けばいいんじゃないの? それなら欲しいものも直接聞けるでしょうし」


 途轍もなく建設的な意見だった。

 しかし園田は不満そうに口をとがらせている。


「……さぷらいず……」


「そこまでこだわらなくていいんじゃないの?」


「そうだよ園田ちゃん。祝い方はそんなに重要じゃないと思うよ」


 二人からそう言われても、納得が行っていない様子だった

 アカネと光空が困って顔を合わせていると、


「だって、だって沙月さんの驚いた顔ぜったい見たいじゃないですか。ぜったい可愛いじゃないですか!」


 拳を握って力説する園田。

 この上なく面倒なモードに入ってしまった、とアカネたちは辟易する。


「でたでた……」


「真面目な話ですよ!」


「あーうんそうだね園田ちゃんはそうだよねー」


 遠い目になってしまう。

 このモードになってしまうとそうそうのことでは動かないのだ、いつも。

 むぎーっ! と憤る園田を尻目に、あ、と光空は何かを思いつく。


「じゃあ私たちだけでテスト最終日に沙月とどこか出かけよっかな。打ち上げも兼ねて」


「いいわね。あたしもご一緒しようかしら」


 にやにやとそんなことを言いだした二人に、園田はぱくぱくと口を開いては閉じたりを繰り返す。小声で「アカネちゃんまで」と聞こえたが当の本人はどこ吹く風。


「う、ううう。わた、私も……」


 と、口を開いた瞬間。

 がちゃりと部屋のドアが開けられる。


「晩ごはんできたよー……って。なんでみんな揃ってるの?」


「えあ!? 沙月さん!」


 エプロンを装着したまま神谷がのぞき込むと、三人が揃ってなにやら話し合っている、という状況だった。


「ううん、なんでもないよ?」


「ええ、なんでもないわ?」


 光空はきょとんととぼけて。アカネはにやにやと笑みを浮かべながら。

 それに慌てる園田が加われば、それはもう内緒話でしかありえないわけで。


「わ、わたしを抜きに何を……ハブ……のけもの……ひとりぼっち……うう」


「ああっ、神谷さんが黒々どんよりオーラを! もう、二人とも!」


 咎められた二人は笑いながら、すぐに事情を説明した。

 結局、最終的には四人でテスト最終日に買い物に行くことになった。

 サプライズは手のひらを返した園田によって無しになった。いわく、


『仲間外れは酷いと思います!』


 だそうだ。どの口が言っているのだ、と光空とアカネはため息をついた。

 

 そしてアカネは、いつの間にか自分も参加することになっていることに最後まで気づかなかった。面倒見の良さが仇となった瞬間である。




 その夜。

 光空はそろそろ寝ようかと、テスト勉強を打ち切り消灯しようとした時だった。

 こんこん、とドアがノックされ、返事も聞かずに開かれる。


「沙月」


 入ってきたのは神谷だった。白いパジャマに、枕を抱えている。


「今日も?」


 そう聞くと、何も言わずこくりと頷き、光空のベッドに寝転んだ。


 いつからだっただろう。確か、あれは――二人で学校を休んだ、次の日の夜あたりだっただろうか。

 今日みたいに何も言わず入ってきた神谷は、そのまま光空の隣で寝始めた。最初は驚いたがすぐに一緒に寝たいのだろう、とわかった。

 それからたびたびこんなことが続いている。


 やはり――寂しいのだろうか。


 辛い時に自分を頼ってくれる、それ自体は嬉しい。だけどこうも思うのだ。

 こんな頼り方をしなければいけないほどにこの子は傷ついているのだ、と。

 白いパジャマに身を包んだ彼女に目を向ける。小さな身体を胎児のように丸め、静かに眠っている。静かすぎるくらいに。


「さつき……さーちゃん」


 今はもう使わなくなったその呼び名。恥ずかしがられるかも、と思い今の光空は名前を呼び捨てにしているが、内心ではいつも、あの頃のままの呼び名で神谷のことを呼んでいた。


 ひな、っていうの?じゃあひーちゃんだね。

 わたしのこともさーちゃんって呼んでね。


 そんなやり取りをいまだに覚えている。過去の幸福に思いを馳せながら、光空は自身の顔を神谷のそれに近づける。

 かすかに寝息が聞こえる。

 胸もゆっくりだが上下している。

 それを確かめ、ふう、と胸を撫で下ろす。


 神谷は――彼女はいつも死んだように眠る。だから時々心配になる。

 いくら静かだからといって、死んでいるなんて……そんなはずがないと、わかっている。だけど光空は確かめずにはいられなかった。

 こんなこと気にして馬鹿だなとも思う。

 だけどどうしても、眠る神谷を見ていると――死んでしまったのではないか、という思いがぬぐえない。

 だからこうして確かめる。愚かだとわかっていても。


「さーちゃん」


 もう一度、その名を呼ぶ。小さな手を握る。ここのところ様子がおかしい。この子は図太いようでいて、柔らかい果実みたいに傷つきやすいから。私が守らなくちゃ。そう思う。

 だけど――どうしたら守ってあげられるのだろう。どうしたら守ったことになるのだろう。


 何も知らない私には、そんなことすらわからない。

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