9.いつかの兆し

 

 昼休み。

 神谷と園田の二人は中庭のテーブルで昼食を共にしていた。

 普段よく一緒になる光空からも声はかけられたのだが、今日は園田と食べる、という旨を伝えると「ふうん?」と少し不思議そうにはしたものの、すぐに「じゃ、今日は陸部の子たちと食べてくるねー!」と引いてくれた。あの潔さというか空気を読むスキルはさすがというか、あれがコミュ力か……と神谷は感嘆するほかなかった。


 現在、神谷と園田の二人がいる中庭はそれなりの数のベンチやテーブルがあり、日陰になっている場所も多く過ごしやすいのだが、学内には『昼食は教室もしくは学食で摂るものだ』という雰囲気が広まっていることから昼休みは人気がない。

 それは立地も関係している。中庭、と言いつつも敷地内の端に位置しているここは校舎から遠い……というほどでもないのだが、回り道をしたりしないとたどり着けないこともあって微妙に足が重くなる、という場所だった。

 つまり、内緒話にはもってこいということだ。


「なるほど、そういうことだったんですね……」


「うん……巻き込んじゃってごめんね」


 【TESTAMENT】のことについてざっくりと、わかっている範囲で説明した。願いを叶えるゲームだということ。プラウという怪物と戦う必要があること。それがあと五体いること――そんなことをだ。神谷もまだわかっていないことが多いので詰まりつつにはなったが、それでも園田は興味深そうにふんふんと頷きながら聞いていた。


「私も不用意でしたから……それに結局は神谷さんに守っていただいたおかげで今こうしていられますし、感謝ですよ」


「……いや」


 神谷は首を横に振る。

 あの時の神谷は本気で死んでもいいとさえ思っていて――園田のことなんて考えていなかった。襲い来る災害のようなそれにただ身を任せ、生きることからすらも逃げようとしていた。

 そんな彼女を奮い立たせたのは他ならぬ――。


「園田さんが……君が、いたから。どうしても逃げるわけにはいかなかったんだ。それにわたしを助けようと頑張ってくれたしね」


 だからきみを助けたのは、他ならぬ君でもあるんだよ――そう照れくさそうに続けた神谷に対し、しかし園田は同じように照れるでもなく、喜ぶでもなく。

 ただ目を見開き、言葉を失っていた。


「……? そ、園田さん?」


 突然固まって黙りこくるものだから、さすがに不審に思った神谷は顔を軽くのぞき込む。美人の無表情はちょっと怖いな、と思いつつ。

 するとぴくり、と反応を示し、氷像のようだった表情が融解する。


「あ……いえ、そんな……あの時は必死で……」


 まだぎこちない表情で、しどろもどろになりながら返す園田は、それより、と話を切り替える。


「願いを叶えるゲーム……ですか。それこそお話のようなお話ですが、私もう経験しちゃってますからね」


「正直わたしは今でも半信半疑だけどね」


「それでも挑むんですよね、神谷さんは……願いを叶えたいから」


 神妙な顔でそう呟く園田。

 こうしてみると本当に綺麗な子だ、と神谷は思う。伏せられた睫毛は表面に光が滑っているようにすら見えるし、精緻な顔はそれこそどこに出しても恥ずかしくないくらいだろう。


「危険、ですよね。あんな怪物と戦うなんて……例え不思議な力を得たとしても、それでも命の危険があるんですよね。それでも叶えたいというのは、どんな願いなんですか」


 失礼なのは百も承知ですが――そう付け加えた園田は真っすぐ神谷を見据える。野次馬根性などではない、不躾な好奇心でもない、真剣そのものと言った様子の彼女に、神谷もまたまっすぐ見つめ返す。


「会いたい人がいるんだ。今までどうしても会いたくて、でも尻込みしてて――それでも今こうやってチャンスが舞い込んできた」


 しかしその瞳は園田を見てはいなかった。何か遠く――他の誰かへと思いを馳せるようなその瞳はきらきらと、まるで星空のような輝きを内包していた。


「だからわたしは戦うよ。もし願いが叶うっての言うのが嘘で――たとえ『ゲーム』をクリアしても何も起きないとしても、わたしはやめない。『自分でやると決めたことはやり遂げなさい』って昔あの人と約束したから」


 強い意思。ともすれば狂気のようにも見えかねないそれを秘めた神谷の瞳に、園田は目を奪われていた。きっとこの人ならやり遂げるだろうと感じられた。

 それは神谷にとっても同じだった。きっと自分ならできると。


 だが。

 神谷は自覚していなかった。

 大きな力――異能を手にしたこと、それに加え、強大な敵を倒したこと……倒せてしまったことによる高揚感。万能感。そういったものに支配されているということを。

 自分がただの女子高生であるということを。

 そして。

 

 そんな未熟な少女が抱く意思や自信が、簡単に折れてしまうということを……この時の神谷は想像だにしていなかった。

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