エピローグ・見えないけどもうひとり
「なーに聴いてるの」
親友のコト、本名、
「ほんと古い歌が好きねえ。ま、私も好きだけど」
「うん、昔からこういう曲ばかり聴いてたから」
「そうね、パパと前のママの趣味なんだっけ。ママといえば、先生、元気にしてる?」
「してるよーコトのことが懐かしいって」
「三回も担任だったからね。会ったのは達矢くんが幼稚園上がる頃だっけ」
達矢というのは私の弟です。12歳差で私が小学校6年生の時に生まれました。来年私が卒業した小学校に入学します。
達矢は、私と血のつながりのある弟ではありません。というより、私はお父さんとお母さんとも血のつながりはありません。つまり私は、お父さんの養子なのです。私を生んでくれたお母さんは小学一年生の時事故で亡くなりました。それで、そのお母さんと仲がとてもよかったお父さんが私を引き取ってくれたのです。前のお母さんの旦那さん、私と血のつながりのあるお父さんのことは何も知りません。写真ですら見たことはないし、会った記憶もありません。ですから、血のつながりだけで考えたら前のお母さんのおじいちゃんとおばあちゃんがいるというだけです。
でも、血のつながりは何も気にしなくなりました。幼い記憶に残っている前のお母さんと同じように今のお母さんも大切にしてくれて、お父さんもとても大切に育ててくれました。達矢が生まれた時、弟はお父さんとお母さんと血のつながりのある子ですからちょっと複雑な気がしないでもなかったですけど、今は平気、みんな本当のお父さんお母さん、そして弟です。
お母さんは、元々私とコトの担任の先生でした。あの日、今でも覚えています。お父さんがお父さんになるちょっと前、すなわちお父さんが「智宗さん」だった時、血塗れになって小学校に現れました。前のお母さんの事故になにやら関わっていたようで、私のことを心配して来てくれたんだそうです。しばらくして父娘となり一緒に住み始めましたが、お母さんは複雑な家庭環境を心配してよく家に訪ねてくれました。
今日は土曜日、本当なら休みなのに午前まで補習があって大学受験生は大変です。コトはこれから塾へ、普段なら私も一緒に行くのですが、私は大事な用があります。
「じゃあね、コト」
「ああ、そっか。今日が式典の日だっけ」
「うん!お父さんの前の会社のね」
「警察?だったっけ」
「警察みたいだけどちょっと違うみたい。あっ、迎えが来た。塾がんばってね!」
「来週は一緒に行こー」
今日この日は、お父さんの前いた会社、今でも教官としてそこに通勤しているのですが、特殊強襲捜査官の事務所で慰霊碑除幕の式典があります。特殊強襲捜査官というのは警察よりも危なっかしい仕事だったそうで、私のためにその仕事を辞め、他の会社から射撃教官として特強に出向いています。
珍しくスーツを着たお父さんが車で迎えに来ました。着飾ったお母さん、達矢も一緒です。
「いくよーおねーちゃん」
「お待たせ!お父さん、私は制服のままでいいのかな?」
「おかえり。学生だし制服でいいよ。栗本さんの息子も警官の制服で来るんだし」
「おかえりー。今一緒に来てたのってコトちゃんじゃない?懐かしいわ」
「そうだよ!お母さんとも会いたがってた」
「事件の日、一緒にいた子か。大きくなったなあ」
「今日の式典は、その事件に関係することなんだっけ」
「そうさ、苦い思い出だ」
「若松さんも来るのかな⁉︎」
「来るとも。現役だし」
「やったー!」
「慰霊式典だから遊びじゃないんだぞ。ほんとにウチの子は若松が好きだなあ。なんだってあんなやつ」
「智宗さん、若松さんは二人をよく可愛がってくれるじゃない。それに優秀な部下だったんでしょ?」
「優秀かどうかはともかく、可愛い部下だった。だけど安っぽい喋り方するのがなあ」
若松さんはお父さんの昔の部下です。今では何人かをまとめる班長という役職に就いているそうです。私と達矢は若松さんが大好きなのです。結婚する前のお母さんと同じくらいよく来てくれて、お父さんとお母さんがデートする日なんかは、よく色んな所へ遊びに連れて行ってくれました。とても可愛がってもらってます。
会場に着くと、まず若松さんが奥さんと一緒に出迎えに来てくれました。奥さんはお母さんより若くて、まだ二十代だそうです。
「ご家族揃ってよく来てくれたっす!二人とも大きくなったっすねえ!」
「若松さん!」
いつものように、私と達矢はハグして頬ずりを受けます。お父さんは奥さんに挨拶すると若松さんのおでこを指で弾きました。
「痛いっすよ塩山さん」
「離れろ離れろ。高校生になった娘に男が抱きついて、心配になる」
「ひどいようお父さん」
「そうだよひどいよ」
「こーら、達矢くんはともかく、年ごろの女の子なんだから、弁えるの」
「ちぇー
奥さんの藍那さんに、若松さんは口を尖らせます。確かに、お父さんのように若松さんを悪く言うことはありませんが、藍那さんの方がしっかり者の気がしないでもないのです。
「しかし、やっとあいねさんと呼ぶのに違和感がなくなりました。まさか、源氏名と同じとは」
「こら、子どもの前で!」
お母さんが顔を赤くしてお父さんを叱り、慌てて咳払いをしました。藍那さんはちょっと笑っただけでしたが、何やら藍那さんの名前には秘密があるみたいです。
「あら、塩山さんと若松さん。ご無沙汰しております」
もう一人、いや二人、親しんでいる顔が。私のおばあちゃんと同じくらいの年齢の女性と、警察官の制服を着た若い男性の方。栗本というお父さんの殉職した上司のご家族の方で、女性は奥さん、男性は息子さんです。この人たちの家にもよく遊びに行きました。
「奥さん、お久しぶりです。息子さんも立派になられましたね」
「栗本さんも天国で喜んでいるっす」
「いやあ、まだまだ未熟なもので。父には遠く及びません」
「警察官の制服がとてもよく似合っていますよ」
みんなの様子を見ていると、奥さんが私と達矢の方に近づいてきました。私は一礼し、きょとんとする達矢の頭も下げます。
「こんにちは。お綺麗になられましたね」
「いえいえ。いつもお世話になってます」
「これはご丁寧に。達矢君も元気そうで。いくつ?」
「ろくさい!」
「あら、じゃあもうすぐ小学校ね」
「うん!」
「達矢、『うん』じゃなくて『はい』でしょ」
「いいのよ、無邪気でとても可愛いわ。そろそろ私も、孫の顔が見たいんですけどね。
夏樹と奥さんが言うのは、息子さんのことです。私は、いつしかコトといる時に夏樹さんと会って、彼女がとても彼を気に入っていることを思い出しました。
「でも、私の友達のコト、金元琴音は会った時にとても気に入ったみたいでしたよ。お似合いだと思います!」
「夏樹もお会いしたことを話しておりましたわ。でも歳が離れすぎていて。あの子、もうじき30ですもの」
「大丈夫ですよ、夏樹さんはとてもいい人ですし、コトもいい子ですよ!」
「まあまあ。そういえば、あなた、今は高校何年生?」
「私は三年生です」
「そう。じゃあ、主人が亡くなった時の夏樹と同じ歳ね」
奥さんは夏樹さんの方を見ました。遠い目ででした。
亡くなった栗本さんのご主人のことは、写真で見たことがあります。高校生の詰襟学生服を着る夏樹さん、若い奥さん、そして、温厚に笑うご主人。小さい頃この写真を見て「やさしそうな人だね」と言うと、お父さんは笑って小さく「凄腕のガンマンだったさ。実際は、見た目よりちょっと口が悪い」感想をそのまま奥さんに言おうとして、慌てふためくお父さんと若松さんを覚えています。
「塩山さんが特強をお辞めになったと聞いて、安心したものでしたわ。でも若松さんは・・・お嫁さんを不幸にすることがないよう、強くなることを祈るばかりです」
「強く?」
「ええ。何の不幸も跳ねつけられるような、そんな強さを」
私と達矢にはよく解らないお話です。でも、きっと私と高校生の頃の夏樹さんを重ねてそう言ったんだと、なんとなく思いました。
「塩山さんがお父さんで、幸せ?」
「とても幸せです!私はお父さんが大好きですし」
「ぼくも!」
「その幸せを十分にずーっと噛みしめなさい。なんの後悔もしないように。でも、塩山さんの今のお仕事なら、その心配もないわね。これ、少ないけどお小遣い」
「あっ!そんな悪いです」
「いいのよ。これが私の楽しみなんだから」
奥さんは私に二つのポチ袋を握らせ、そそくさとお父さんたちに紛れていきました。達矢の名前が入っている方を彼に渡し、そっと自分のを覗くと一万円札が。達矢は五千円札を出して太陽にかざします。
「おねえちゃんの方が多くもらってる!」
「そんなこと言わないの!お父さんとお母さんに言って、後でまたお礼を言おう」
お父さんや私たちのことを家族のように考え、奥さんももう一人のおばあちゃんだと、そう感じています。
式典は厳かに行われました。お父さんと若松さん、それに栗本さん一家は主人公で、記念碑の幕を取りました。石碑は二つ、一つは特強殉職者全体のもの、もう一つはある事件一連に関わるものでした。そう、前のお母さんが亡くなった、あの事件の。
退職した元分隊長という人がスピーチを終え、私たちは慰霊碑の周りに集まりました。殉職した方の名に栗本さんと、また、木口という人の名もあり、男性が何人か、刻まれた木口の名を撫でていました。
「木口の元部下たちだ。栗本さんと同じ時に死んだんだ」
「あの人、酒瓶投げたから覚えてるっす。今は落ち着いてるっすね」
「11年も経ったんだ。そりゃいくらかは落ち着いてるさ。そうだ」
お父さんが私たちを呼びました。慰霊碑には殉職者だけでなく、主だった被害者の名前も刻まれています。前のお母さんもそこに。まず私を慰霊碑の前に出してくれました。私も木口さんの部下の方と同じように、名前をなぞります。
「さ・か・え・ま・い・こ」
坂江眞衣子、口にすると、ほのかに温かな記憶が蘇ります。死んだと聞かされた時の絶望とか寂しさとかは無くて、懐かしさだけが私の心を満たします。磨き抜かれた石に頬をくっつけ、目を閉じました。
お父さんと、お父さんが言うには「まーちゃん」お母さんが出会ったのはちょうど今の私と同じくらいの時だったそうです。肩に添えてくれるお父さんとお母さんの手を握り返して、私は微笑みました。
「マーちゃんお母さんと私、似てるかな?」
「私も会ったことあるけど、似てるわよ。とても」
「顔と泣き黒子はよく似てる。でも背は高くなかったな」
見せてもらったお父さんの卒業アルバムに映るお母さん、確かに背が低く、女の子にしてはうんと背の高い私です。それに、写真で見る限りじゃ私の方がずっと良いスタイルをしていると、天国のマーちゃんお母さんへのちょっとした自慢です。でも顔の作りや目元のほくろはそっくりなことは自分でもわかります。
「マーちゃんお母さんはモテたでしょ」
「モテたな。どうして?」
「私もとってもモテるもん」
「父親としちゃ、彼氏の影が気になるな」
「お母さんとしては?」
「母親としては、是非とも良い人を見つけてほしいわね」
「おねえちゃんモテるの、ほんとかなあ」
「なーに疑ってるの。ほんとのほんと、今朝だってラブレターもらったんだから」
お父さんとお母さんのどよめき、でも本当のことなのです。
「ええ」
「まあ!」
「うそ」
「わかるっす!僕も同じ高校だったら告ってるっす!」
「若松このやろ」
「あなた、嫁の前で言うこと?」
「やっぱり告らないっす・・・」
「若松さん、もっと藍那さんを大事にしなさいな」
「僕もそう思います」
「夏樹君まで、ひどいっすよ!」
クラスのなかなかのイケメンくんからもらったラブレター、でもそんなことはすぐ忘れて、みんなと一緒に笑います。
私は確かに感じます。もう一人、見えないけどちゃんとここにいる、懐かしい可愛いらしく笑う声。
「マーちゃん、私のもう一人のお母さん」
「なに?ナオちゃん、なんか言った?」
「なんでもないよ、お母さん」
「奈緒実、そろそろ行くか。マーちゃんお母さんの墓参りも行こう」
「うん!」
言い忘れました。私、
終礼ガンマン 森戸喜七 @omega230
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