第14話 冷たい朝

 新聞配達の音を聞いてからかなり経って寝たはずだが、夜が白じむと同時に智宗は起きた。身の虚しさと肌を刺す冷気が彼の重い瞼を持ち上げた。そら寒さの正体はすぐに解った。腕の中にいるべきはずの存在がどこにも見当たらない。昨晩のことは夢のようにも思え、しかしティッシュ箱は空で、中身はゴミ箱でむせ返る智宗と眞衣子の匂いを放っている。湿るバスローブとシーツの染が冷たかった。


「マーちゃん?」


 各部屋を、トイレや浴室まで確認したがどこにも眞衣子の姿はなくリビングで奈緒実の健やかな寝息が響くだけだった。頭を傾げながら寝室で服を着ていると充電残り少ないスマートフォンが鳴った。若松と分隊長からの大量の不在着信が一時間前から立て続けだった。若松からの着信で通話ボタンをためらいがちに押した。


『やっと出た!どういうことすかこれ⁉︎』

「なんだよ若松。それどころじゃない」

『なーにがそれどころじゃないすか!塩山さんからの情報でこっちはてんやわんやっすよ!』

「情報?」

『塩山さんがスマホで送ったじゃないすか!分隊長に!』


 通話画面を閉じメール欄を開くと、大量の写真やファイルが眞衣子から送られ分隊長宛にも送信されていた。開くと、それは名釜会悪事の数々、内部に深く精通した者でなければ知り得ない情報ばかりだった。もちろん智宗に身に覚えはない。ここまでの情報を知れるほどのスパイもしていなかった。とすれば、考えられることはただ一つ。


「マーちゃん・・・が、送ったのか?」

『マーちゃんって誰っすか彼女っすか!』

「嫁だ、俺の」

『はあ?なに寝ぼけてんすか、塩山さんは結婚してないっすよ!とにかく、夜中に来た情報だから召集が遅れてるっす。塩山さんも早く分隊に来るっす!』

「来てどうすんだ」

『鈍いっすねえ自分で送った情報なのに!今度派手にする予定だったアマートが名釜会本拠地だから襲撃するんすよ!』

「待て、マーちゃんがいない」

『どうでもいいっす!』

「クソ!」


 通話終了ボタンを押しながらスマートフォンを投げ捨てた。

 眞衣子はひどく名釜会を嫌っていることは想像についた。だから自分で情報を集め、告発の準備をしていたに違いない。そしてなんらかの方法で智宗のスマートフォンを開き、メール欄から分隊長を見つけ情報を送ったのであろう。そこまではまだ理解できる。眞衣子の行方不明は、理論立てはなくとも直感ともいえる推測で居場所を感じた。


「アマートか⁉︎」


 智宗は鞄を取り駆け出そうとした。だが鞄は不安な軽さがあり、蓋を開くと、拳銃がない。予感は的中した。


「俺たちのやることだ、なんでマーちゃんが!」


 どたどたと玄関を開け、過剰な力で閉められる音に奈緒実は目を覚ました。しょぼつく眼をこすり寝室へ行くと母と父と信じる男はおらず、布団が一組乱雑に置かれていた。


「帰っちゃったのかな。お母さんはお仕事だね」


 あくび混じりにポツリ呟き布団を畳んだ。枕元のゴミ箱は大量のティッシュが生臭く、顔をしかめて隅に追いやった。


「ナオもいっしょに寝させてくれればいいのに。ふわあ」


 ちょっとほほを膨らませまたあくび。時計を見ると登校までまだ数時間あった。


「こんど、アイスの店に連れてってもらお」


 ソファに戻ると横たわり毛布を被った。二度寝の眠たさはすぐにきて再び瞼を閉じた。

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