第11話 密事

 眞衣子は絶頂を迎えるをした。ようやく離れた男はつまらなさそうに自分の陰茎からコンドームを抜き取り、眞衣子の形良い臍の上に置き捨てた。薄白の精液が溜まるコンドームの端を結びティッシュで包んだ。


「感度悪くなったな。つまんねえ」

「そんなことないです。気持ちよかったです」

「なら、もう少し色良い声出したらどうだ」

「そんな・・・闘也さん上手いです」


 名釜会若会長、名倉なくら闘也とうやはシガレットケースから煙草を出しくわえた。ベッドの枕元に置かれたライターを眞衣子が取り火を点けた。煙が彼女が胸元で抑えるシーツに吹きかかる。眞衣子は口には出さず、心で呟いた。感じたことなんてない、演技がめんどくさくなって下手になっただけ、と。

 名倉との関係は高校三年生半ばからだった。名釜会から借金して興した事業に失敗した眞衣子の父は、眞衣子自身の身体で借金返済の肩代わりを迫られていた。家族を愛する眞衣子は泣く泣く申し出を受け、その頃会長となった名倉に喰われてしまうこととなった。結局眞衣子の身体だけでは済まさず、坂江家は家を含む財産を失った。眞衣子は名釜会に囲われたまま、怪しげな店で働かされている。名倉との間にできた奈緒実とアパートで暮らすも、依然監視下にある。名倉が奈緒実に会いに来ることもなかった。

 古い曲の詰まったCDは持ち出せたが、心を高校に置き去りにしてしまった。思い出はシナトラ、ヴァリの甘い歌声、聞くたびに、精液に汚れた裸体のまま涙した。この身体も、心も、塩山智宗のモノになるはずだったのにと。

 恋をした、確信ができたのは、眞衣子の好みに合うようなアイスを選ぶ智宗の横顔を発見した時。思わず彼の袖を強く掴んで身体を寄せた。自分の頬は真っ赤だったが、智宗の頬が染まっていたかどうかは判らない。別離の後の再会、中学の頃ほんの少しだけ付き合った男子を街で見かけた時のような、気まずさとも戸惑いともいえない奇妙な心を持ったものの、嬉しさが勝り、奈緒実を連れたまま喫煙室に智宗の姿を探した。建物から出てきた彼がマーちゃんではなく坂江眞衣子と呼ぶよそよそしさが少しもどかしかった。再会してしまえば、再び恋が募るのにそう時間はかからない。それでもヤクザと関わりがある以上深い交際は求められず、ようやく手を握るくらいだった。

 名倉は智宗の存在を関知していた。ただの民間人であれば手下を向かわせて邪魔者を排除するのだが、一般人のフリして街に出た時特強としての智宗を目撃し、眞衣子の利用を考えた。眞衣子が智宗と二回目のデートを迎える頃には、彼女に塩山智宗が特強であることを告げ組織について探るよう命令している。智宗は名倉に連れ去られる眞衣子を見送ったが、彼女の裏について聞いてこないのが救いだった。


「特強について調べてるんだろうな。お前、そこそこ会っているようだが全然報告しねえじゃねえか」

「特強であることをおくびにも出さないんです。探りようがなくて」

「急げよ、情報が欲しい。最近特強の連中狂ったように俺たちを探してるから。人質殺したのに全然効かねえ」


 寝転がってスマートフォンいじくる名倉の背を、あからさまな嫌悪を持ち睨んだ。人質になっている特強捜査官の存在は知っていて、人質を惨殺する映像を爆笑しながら見る名倉とその部下を目撃している。眞衣子は映像を直視できず耳と目を塞いでいた。

 智宗に助けを求めようとは考えないようにしていた。もしそのことが知れれば奈緒実にどんな危害が及ぶかわからないし、智宗も捕まり人質の二人と同じく殺害されてしまうかもしれなかった。


「そのうち国外へ飛ぶ。お前も来い」

「え⁉︎」

「火」


 二本目の煙草をくわえて眞衣子を見た。震える手でライターを握り煙草の側面まで火種が広がった。


「面倒なことになってるからな。もしもの用心だ。向こうにも店は決めてあるから、そこでお前は働け」

「国外ってどこに・・・?」

「国外は国外だよ、どこだっていいだろ」


 名倉は答えなかったが、国外だろうとどこでもよかった。そうなれば、確実なのは、智宗ともう会えなくなってしまうということ。高校生の智宗と大人になった智宗が両方とも頭に浮かび、背景に一年分にもない彼と眞衣子と奈緒実と歩いた記憶が流れる。全て消えると、裸でうずくまり横にCDを置く自身の姿が千切れた。


「ナオちゃん・・・奈緒実も連れて行けますよね?」

「当たり前だ。お前の撮った写真でしか知らんが、良い具合に育った。そろそろ売れるだろう」

「どうしても奈緒実を売るんですか」

「そうやって初めに決めただろ。お前にできたガキ、借金のカタにするって。情が移ったのか」

「いえ・・・」

「移ったってどうだっていいけどな、どうせそうやってしかお前は生きられん。でもな、あの特強にチクるとか変な気起こすなよ。お前を殺す」

「・・・はい」

「良い値で売れるんじゃねえのかな。幼女とヤリたがってる奴は国外にも結構いるんだ」


 児童強制売春を得意げに語り出す名倉の言葉は耳に入らなかった。眞衣子は自分の生を諦め、前から最終手段として考えていた計画を実行に移すことを決意した。

 

「ねえ闘也さん、どんな事業してるかもっと教えて」


 ハンドバッグに手を入れ、化粧品を探すふりをして智宗に対して使えと渡されている盗聴器のスイッチを入れた。名倉は気づかず、急に黄色い声を出した眞衣子に鼻の下を伸ばした。


「なんだよ、これまで聞かなかったくせに」

「国外に行くって聞いて、私もよりお金を稼ぐために色んな仕事を知らなきゃって思ったんです。ね、どんなわるーいことしてるの?」

「そうか、俺たちの仕事を手伝うか。シながら教えてやるよ」


 名倉はコンドームの箱に手を伸ばし新たな一枚を装着した。眞衣子はわざとらしく彼に抱きつき脚を開いた。


 眞衣子が名釜会構成員の目を盗み悪事の証拠集めを始めたのは、翌日からである。

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