8話 襲撃

 暴走族もおらず、静かな夜だった。元丸八商社の廃ビル幽霊のようにそびえ、昔よく家族と買い物に来た智宗は、まさかこのデパートが潰れるとは思いもよらなかった。

 智宗思い出の場所付近にある中華料理店の厨房にて、どことなくガラの悪いチーム・クレインの三人は店主に作らせたラーメンをすすっていた。中華料理店であるのに、出てきたラーメンはいつからか流行っている家系といわれるもので、ゴテゴテ絡みつく味のくどさに苦労する。それでも早食いの智宗はとっとと平らげ追い飯まで堪能した。開けられた窓の外から見える廃ビルを見上げながら煙草に火を点ける。


「よく行きましたよ丸八デパート。潰れちゃったのは惜しいなあ、12階の本片洋食、お子様ランチ美味しかったんですよ」

「お子様ランチ食う歳でもないだろ、こんなヤカラなラーメンが性に合ってる」

「栗本さんだって、そんな身体悪そうなもの食う歳じゃないでしょ。健康に気ィ使わなきゃ」

「使ってる使ってる、カミさんの勧めで禁煙した」

「えらいっすねえ。塩山さんも見習ったらどうすか」

「ふん、いつまで続くのやら。まだ二日目じゃないですか」

「今度の意志は固いぞ。なんせ間もなく定年だからなあ。これから長生きせにゃ」

「間もなくったって、定年になるまでには肺も綺麗になってるような時間がありますよ」


 話題が逸れたことに気づいた智宗は再び廃ビルに目を戻す。外に向かって煙を吐くとビルが白いマントに身を包んだように見えた。


「あのデパート、ジャズか古い曲ばっかり流してたっけ」

「じゃあ、塩山さんの時代外れな趣味はそこからっすか」

「そうさ、おもちゃ屋で遊びながらずっと聴いてて、まあ好きな場所だったからそこで流れる音楽も好きになった」

「塩山の音楽趣味で、お前の彼女と出会ったんだろ。丸八に感謝しなきゃな」

「ちゃいますよ、彼女じゃないったら」


 智宗が口をとがらせるのと裏口を誰かがノックするのは同時だった。応じた店主はクレインを呼び、行ってみるとチーム・オスカーの隊員が挨拶に来ていた。にこりと笑って敬礼する班長は骨董品にも等しい100年近く前に使われていたモーゼル大型拳銃を腰に吊っていた。


「こんばんは、栗本さん。お先に行ってきます」

「あー木口か、気をつけろよ。お前まだモーゼルなんて使ってるのか。古いしそもそも歴史的に貴重だし、博物館にでも置いときゃいいんだ」

「僕が使ってるうちはですよ。大きいけど、弾が多くていざとなればフルオートで撃てる」

「よっぽど近くなきゃ当たらんぞ」

「大丈夫ですよ、僕らが戦うときは交戦距離が有って無いようなものだから」

「そうだな。ともあれ、気を付けて行ってこい。無理はするな、撃ち返しでもされたすぐに俺たちを呼べ」

「その前に倒しちゃいますよ」


 そう言うと手を振って部下と闇に消えた。智宗と若本は黙って見ていたが、この木口という青年も栗本の教え子のようなもの。優秀な彼は、智宗と同い年だというのにチームの班長となっていた。

 見送った栗本は落ち着きなく厨房を歩き回っていた。まだ突入時刻でないのに無線を入れたり切ったり、所在ない態度は智宗たちを不安にさせた。


「いい加減にしてくださいよ、何が心配だっていうんです。あなたがそんな風だと部下のこっちまで不安になります」

「す、すまん」

「あの木口って人、実績もあって相当優秀じゃないすか。心配することないっすよ」

「そうだな、落ち着こう。煙草くれないか」

「禁煙はどうしたんです。奥さんに言いつけますよ」

「わかったよ、ひでえなあそんなこと言うなんて」

「我慢がまん」


 たしなめる智宗はまた一本煙草に火を点けた。若本は呆れたようで、栗本は恨めしそうに紫煙を睨む。

 突入時刻、そっと窓から廃ビルを覗くと、黒い人影が九人地下の階段を降りていくのが見えた。不穏な栗本のせいか、葬列のように感じた。

 栗本の不安は的中した。突入から数分経たずして木口のモーゼルではない連射音、無線がけたたましく鳴った。非常電だった。


『こちらオスカーオスカー!反撃を受けた!制圧対象は自動小銃を所持、ウインナーは全滅、負傷者多数、相手は逃走を図る、至急応援を、生存者を連れて脱出する、うわあ!』


 突如として無線は切れた。続いて入る無線、指揮班からで、味方の救出と逃亡者の捕縛もしくは射殺命令。クレインの三人は拳銃に弾薬が装填されているのを確認し戸口に立った。


「味方を撃つな、配置!」


 栗本の号令一下、それぞれの銃を構え外に飛び出した。非常用の投光器がビルの下を照らし、地下から負傷者を引きずり這い出てくる捜査官たちが浮かび上がった。たったの四人、殿しんがりはなおも振り向いて拳銃を乱射している。木口の姿はなかった。


「あれだ!」


 言うが早いか、栗本は四人の後から出てきて負傷者に発砲する敵を撃った。出てきた敵はそれだけで、死体一つ残して静寂が戻った。他のチームも素早く駆けてきて円陣防御の形で四人を収容した。


「くそ、くそ!なんなんだあいつら!」


 肩と腿を抉られた負傷者は叫んだ。応急処置によって命の別状はなさそうだったが、事前に配備されていた医療班に収容された。指揮班へ報告しに行く焦燥しきった木口の部下に栗本は声をかけた。


「おい、自動小銃だって」

「ちと古い軍用のですよ、フルオートで撃てるやつ。少なくとも二人が持ってた」

「木口は?」

「わかりません。我々を脱出させるとき援護してくれましたがそれっきりで」

「わかった。あとは任せろ」

「すみません。木口班長のことをお願いします。でも今日は早く逃げた方がいいすよ」


 栗本が溜息吐くのと同時に拳銃弾に比して重い5.56mm小銃弾の音、投光器が狙われ辺りは闇に落ちた。足元を曳光弾がすり抜け、捜査官たちは蜘蛛の子散らすように物陰に隠れた。


「嫌な音だ」

「ちゃんと曳光弾が取り混ぜてあるのが気になります。元軍人でもいるのかな」

「厄介っすねえ、拳銃じゃ相手にならないっす」

「俺の悪い予感が当たったわけだ。捕獲は諦めても仲間を救出せにゃ。タクティカルにいこうぜ」

「特殊兵装班は?援護要請したんでしょ」

「間に合わない。俺たちだけでやる」

「まいったなあ」


 暗闇に紛れて班の再配置が行われ、投光器の予備と民家から急ぎ借り受けた照明などが据え付けられた。巨大なスピーカーも登場して投降放送も始まった。


『犯人に告ぐ。直ちに武装解除して投降しなさい。そうすれば法に基づいて収容し保護します。あなたたちには黙秘権や弁護士立会いを求める権利があります』

「いつから投降放送がアメリカ式になった」

「証言が不利になる可能性と公選弁護人を付けられるくだりが抜けてる、オリジナルっすよ」

『なお、それ以上の抵抗を為す場合、射殺も辞さない。周囲は数百人の武装した捜査官が包囲しています』

「数百人、過剰放送だ」

「栗本さん、出てきたら手を挙げてても挙げてなくても撃っちゃっていいすか」

「まあ待て。出てくるぞ」


 自動小銃を持つチンピラを先頭にして地下から出てきた。投光器の前に姿を現わすと一人の負傷者を引きずり出し前に立たせた。耳をちぎられ血を流す木口が顔を上げた。


「木口!」


 栗本が銃のストックを肩付けし引鉄に指をかけたのを見て、慌てて智宗と若松が取り押さえた。発砲して逆上されると厄介だった。


「栗本さんどうかしてます!人質がいるんだ!」

「今撃ったら木口さんも殺されるっす!」

「し、しかし」


 震える栗本から銃を取り上げセーフティをかけると、敵の叫びが聞こえた。間に木口の呻くような声も響く。


「よく聞けトッキョー!撃ってきたらこいつをブッ殺すぞ!しばらくこの男は借りていく。交渉はしない、後で声明を送るからそのつもりでいろ!」

「俺を殺せ!こいつら全員ブチ殺せ!」

「うるせえ!」


 チンピラは吠える木口を拳銃で殴りつけると、こちらの答えも待たず捜査官たちに発砲した。逃走を図る彼らを攻撃できずにいると、栗本が待機を命ずる無線をかなぐり捨て智宗から銃を奪った。


「お前たちはここにいろ」

「栗本さん!」


 敵弾もろともせず躍り出た栗本は正確な射撃を加え、一人また一人と無力化していった。智宗は自らも栗本のところへ向かおうとした。


「他班は援護してくれ!若松、お前は残って報告しろ」

「塩山さんが行くなら僕も行くっす!」

「勝手にしろ!」


 一団が路地を曲がって消えると一段と激しい銃声が聞こえた。影から様子を見るとワゴン車が到着していて、住民はつい今さっき避難させられたからこれもチンピラ。警察が受け持つ非常線は突破されたようだった。

 一歩踏み出すと足で何かを蹴飛ばす。見ると栗本の銃が血をまとって転がっていた。


「栗本さん!」


 ワゴン車の扉が開かれ、だらんと力が抜け垂れた男が引きずり上げられる。栗本その人だった。智宗と若松に気づいた敵が下手な射撃をしてきて横数メートルに置かれる空ビール瓶を派手に割った。智宗はギョロつく目で狙いを定め前進しながら発砲した。敵の一人は死体となって車外に転がり落ちた。


「危ない!」


 同じように後ろから射撃していた若松がゴミ箱の影に智宗を引き倒した。連射された小銃の曳光弾が外に溢れて放置してあるゴミ袋を溶かした。頭を上げると、死体を残してワゴン車はすでに発車していた。智宗は立ち上がって改めて銃を構えた。


「待て、行くな!」

「駄目っす!車内のどこに誰がいるかもわからないから、弾がボディを通って栗本さんに当たるかもしれないっす!」

「クソ!」


 若松の言う通りで、一般車の抗弾性のない車体に命中すると弾が貫通して中の人質に当たるかもしれなかった。

 間も無く、無線から暴走ワゴンを取り逃がしたとの報告が入った。栗本と木口は完全に連れ去られたことになった。


「栗本さん、栗本さん・・・」


 智宗は泣きじゃくりながら、駆けつけた他の捜査官に止められるまで敵の死体を蹴り続けた。

 

 

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