6話 特殊強襲捜査官
「で、なんて言ったんだ。馬鹿正直にトッキョ―と言ったのかい」
「でも特強って言っても、真っ当に生きてる人には通じないすもんねえ」
急に召集かけられた事務所での集会、怨嗟の声ばかりで空気は重く、二人だけ嘲笑を交え智宗に言葉をかける。両隣の笑いが鬱陶しいとでもいうように彼は苛立ちポケットの煙草の箱を指で叩いた。
「言いませんよ、警備員だのなんだのってはぐらかしておきました。栗本さんこそ、今日は家族サービスの日じゃなかったんですか」
智宗を若松で挟んで向かい側、栗本という中年男に言うと彼は笑った。
この椅子の並び、チーム内の年功序列である。一番若い若松は20になったばかり、智宗は二十代半ば、栗本は中年だった。その順が、国家公認で裏公務員とも呼ばれる、悪党討伐専門の特殊強襲捜査官に採用された順だった。
智宗は大学に通わなくなった頃、繁華街でフラついていたところヤクザと特強の銃撃戦に巻き込まれた。路地でうずくまっていると目の前でヤクザの一人が倒れ、手に拳銃が握られていた。耳元を掠める銃弾に身の危険を覚えたからなのか、無意識に護身になりそうな拳銃を拾ってしまう。それを見た別のヤクザは智宗も特強と思ったのか標的を彼に変え銃口を向けた。脳味噌から魂が飛び出して浮きっぱなしになった感覚は今でも覚えている。我に返ると既に引金を引いていて、ヤクザは倒れていた。
「やるなあ不良少年、無意識だったろうがよく当たった」
高笑いと共に現れた栗本、これが彼と特強との出会い。
ひとしきり笑った栗本はスマートフォンを出し二人に画面を見せた。妻からの着信メールが表示されていて、夕食にいない彼を叱っていた。
「カミさん、おかんむりじゃないですか」
「今日は息子の塾が早く終わるから一緒に飯食おうって言われてたんだ。だけどパァ」
智宗と若松は栗本家での食事に誘われたことがある。美しい妻と生真面目そうな息子がいて、高校生になる彼は大学の後警察官になりたいと勉強していた。幸福な家庭であり、同じく最良の家族に育てられた智宗はほとんど会っていない両親のことを思い浮かべ自責の念に駆られたりした。
「あんないい奥さんと息子さんを蔑ろにするなんて、悪い父親っすねえ。寂しがってますよきっと。まあ僕には家族がいないからわからないっすけど」
重いことを軽々しく言う若松は孤児施設で育った。家族のことは何も知らず、彼にとっての家庭であるはずの施設にも馴染めず、グレて不良となった。不良ついでに智宗と似た経緯で特強になったが、今では言動や態度が人を苛つかせはしても憎めないお人好しになっていた。根底にあるいい加減な性格が玉に
「そういう重いことをなんでもない風に言わないの。若松」
「でも塩山さん、あなたは昔から家族がいるからそう言うけど、僕は元から無かったんすから。重いともなんとも思わないっす」
「わかったわかった」
「二人とも、また飯食いに来い。カミさんもお前たちのことを気に入ってたぞ」
「そりゃ願ってもない。ご飯美味しかったですもんねえ」
「塩山さんはデートで忙しそうだから、塩山さんの分も僕が行くっす」
「馬鹿、それとこれとは話が別」
特殊強襲捜査隊五十三分隊会室のドアが開いた。入ってきたのは隊長と情報官だった。「五十三分隊起立」先任捜査官である栗本が号令をかけると雑談をやめ分隊総勢六チーム十八人が立ち上がり踵を合わせた。
「敬礼」
浅く頭を下げると隊長も答礼し座るよう促した。情報官が電子ホワイトボードと自身のPCを接続し地図を表示させた。
「休暇の者が多い中わざわざ集まってもらったのは他でもない、ここ数年勢力を増強させている名釜会についてだ。五十三分隊でもこの悪党どもと銃火を交えたチームも多いと思う。三日後の深夜一時に名釜会ナンバー2の
捜査官たちがどよめいた。この名釜会、徹底した秘匿性を持ち幹部の顔や名前も殆どが割れていなかった。しかし行動は派手な部分があり、末端構成員に至るまで拳銃や攻撃性の高い刃物を所持して警官を襲うなど非常に危険だった。禁酒法時代のアメリカで起きたギャングとの銃撃戦を想起させるような抗争を繰り広げ、警官や捜査官の中からも死傷者が出ている。
最近新設された分隊が名釜会の一部幹部の情報を入手したとは知らされていた。だがいよいよ姿を表そうとするのは今回が初めてだった。
「それで、我々はどのように行動すれば?」
緊張の声色で栗本が質問した。隊長は頷くとチームごとの名を呼んだ。
「今から呼ぶのは私のところへ来るように。残りは情報官から指示を仰げ。チーム・クレイン」
チーム・クレイン、つまり栗本、智宗、若松のチームで、呼ばれた彼らは隊長の前に立った。他には二チームが呼ばれ、残り半分は情報官の説明を受けるようだった。隊長は深呼吸一つすると伸縮性の指示棒を取り出して伸ばし、地図を指した。
「敵は、元丸八商社の廃ビルの地下一階、移転したマックィーンというバーが入っていた跡地で取引を行う。ヘロイン二百キロというとんでもない量だ。君たち三チームは後衛だ。先にウインナー、マグナム、オスカーのチームが襲撃する。なにせ狭いとこだからな、全チームの突入は無理だ。取引中の襲撃を予定しているが、相手の人数次第で退出したところを全員で襲うことなるかもしれない。配置の説明をする。クレインは・・・」
「隊長」
隊長の声を遮り栗本が手を挙げた。いつも最後まで聞いて的確な質問をする彼であるのに今日は違っていた。声の調子から焦燥感が窺い知れた。
「他の分隊はどのように配置されますか」
「今説明するところだ。三十八、四十四、四十五各分隊が周囲に配置、五十六、九十九分隊が予備隊で待機する」
「我々だけ最前線ですね」
「ぼやくな、お前たちがいちばん優秀なんだ。名釜会との交戦回数も多い。配置の説明を続けるぞ」
クレインは廃ビルを取り巻く商店街の、中華料理店に潜伏を命じられた。裏口を出ればその路地がビルに続いており逃亡者を撃つのにはちょうどよかった。
「敗残兵狩りですか」
集会が解散となり、栗本と智宗は喫煙所へ足を向けた。露骨に嫌そうな顔をしながらも、煙草を喫わない若松もついてくる。栗本が智宗の言葉に答える前、若松は煙を手で扇ぎながら文句をぶつけた。
「早く済ませてくれないすか、肺癌になるっす」
「お前なあ、外で待ってろよ」
「それは寂しいからいやっす」
「わがままだな。そう、塩山の言う通り敗残兵狩りだ」
「危険ですね、どう考えても外で戦闘でしょ。三チームでコトが済むはずもない」
「支援分隊が大勢いるから心配はないだろうが」
「そう言う栗本さん、結構緊張してますね」
栗本は暗く笑うと煙を長く吐き頭をかいた。普段は快活な彼がこのような態度をとるのに戸惑い、智宗は真顔で吸殻を捨てた。
「どうも最近老けちゃって。御身大事ってとこかな」
「息子さんが受験控えてるんだから、無理もないですよ」
「ははあ、『マシンピストル・マロン』なんて恐れられた栗本さんも歳には勝てないっすか」
「まあな。でもそれだけじゃない、ようやく名釜会幹部のお出ましってのがな。心配ないなんて言ったけど、連中は強力な兵器を入手したって噂もある。幹部の護衛にそれを使わんなんて手はない」
「兵器?」
「東南アジアのどこぞの国で予備兵器の自動小銃が横流しされた。ジャパニーズ・ヤクザに売られたんだってよ。現にⅯ16A1ライフルを積んだ密航船が発見されている」
「考えすぎでしょう。どの暴力団も自動火器を欲しがってるし、俺たちだって欲しいや。それにそんな大それたブツ、持て余してすぐ発見されますよ」
「だよな、考えすぎか」
「もしもの時の不安解消に、腕、磨いていきます?」
智宗は膨らむジャケットの裾を掴み上げてみせた。腰には私生活の護身用ではなく任務用の軍用大型自動拳銃が存在感を主張する。栗本のおさがりだった。泣く子も黙る特強、扱う銃も個人の自由が効き、栗本の今の拳銃は三発一気に銃弾をバラ撒く三点バーストが搭載されている。
「あのなあ塩山、いい加減そのホルスター変えろよ。素早く抜けんだろう」
射撃場で栗本は智宗の腰を指差す。大袈裟な
「別にいいんですよ、フラップ付きで雨にも強いし」
「表でパトロールする警官でもあるまい。CQCホルスターにしろよ」
「塩山さんの思い出っすもんね、それ」
「うん、嫌いじゃない」
「勝手にしろ。相手に早く抜かれて死んでも知らんからな」
「はは、ヤー公にそんな上玉いますかいな」
栗本はホルスターの横に差してある折り畳み式ストックを抜くと展開してグリップに取り付けた。他銃を圧し長く伸びる銃身には反動抑制のため刻まれたセクシーなスリット、威嚇的に尖るフォアグリップを下げホールドオープンしているスライドを戻した。
「いくぞ」
セレクターを三点バーストに合わせ引金を絞る。非常に速いサイクルで三発の弾が発射され、ほとんど違わぬ位置に着弾する。標的の中心に大きな穴が開いたようになった。
「抉ってんなあ
智宗も黒色のフレームに載せられた灰色のスライドを引き装填するとデコッキングした。撃鉄落としたままダブルアクションでの射撃は引鉄が重い。慎重に狙うがとても栗本に精度は及ばず、標的にまばらな穴を空けた。
「ちぇ、ストックとグリップにゃ勝てないや」
「道具のせいにするな。お前のグリッピング、不安定なとこがあるっていつも言ってるだろうが。まあ当たるようにはなってきた」
「そうですよ、これでも上達した方。今の標的だって、ホンモノの人に当たれば確実に無力化できますよ」
「二人とも見てくださいよお、今日は三分の一も標的に当たったっす!」
「これだよ。若松は一マグ15連で半分も当たんないんだから」
和気あいあいと見える彼ら、どんなにふざけた態度でも、標的を透かしてしっかり敵の姿を捉えている。
特強が裏公務員と呼ばれる最大の理由は、殺し屋であるからだった。栗本は「マシンピストル・マロン」だの「機関拳銃栗本」だなんて渾名がつくくらい多数の凶悪犯罪者を亡き者にしている。智宗もかなりの数を射殺したはずだ。若松は最近になってようやく殺害への抵抗を持たなくなってきていた。血生臭い影を射撃場に充満させながら、眠れぬ夜の鬱憤晴らすように三人は撃ち続けた。
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