1話 曖昧かつ確信
嫌な仕事の束の間の休日、彼にはこれといって特別にすることはない。したいこともない。
この日、
ここまで無気力な自分にはほとほと退屈していたものだったが、それが仕事による感性や心情の摩耗であるということは解っていた。大学をドロップアウトしてから偶然就いた職業は特殊で、苦手な人間関係の構築とやらはなかったが、とにかく心臓のいる仕事だった。仕事によってどこからどう見たって嫌な行為を続けるのにはいい加減辟易していたが、結局はそれしかできない自分というところに落ち着き諦めてしまう。
夢中になれる事がないとこのような負の思考が頭をぐるぐると回り続け止めどがなく、彼はそのことにもうんざりしていて、かといって楽しいことを純粋に考えることもできず、こうした何もない休日ではネガティブに心が満たされてしまっていた。だからできるだけ何も考えないようにする。ただ煙草の灰の長さと残存本数だけを気にしてぼうっと往来を眺めることに努めていた。
今日だってそうしているつもりだった。だが、些細な目撃が彼の時間を一変させた。
十字路の信号待ちをする人々を眺めていると、信号が変わる何度目かの時に視界に異変が起きた。
間違いない、と智宗は確信した。その女性こそかつて自分が追い続けていた影の持ち主であると。智宗の視線に気づいた彼女がこちらを向き、目が合った。
視界が硬まったまま、耳に鮮やかに終礼チャイムの音が蘇った。
「・・・おぇっ」
喉元に刺激を感じ我に返る。煙草を
どうせ、何かの間違いだ。彼女が消えて何年も経つのに、こんな場所で会うはずがないじゃないか。しかも子供なんか連れちゃってありえない。ありえない
そう自分に思い込ませて自宅に帰ろうと帰路に爪先を向けた。だが先程のビルの入り口付近、丁度今までいた喫煙室にガラス越しに向かい合ったところで、不思議な動きを見せる子供を連れた女性がいた。体を揺らして背伸びをしたりガラスを覗き込んでみたり、まるで喫煙室の中に誰かを探しているようだった。
「
眞衣子と呼ばれた女性は驚いたように振り向き、上から下まで智宗を眺めると、彼にとって懐かしいような笑顔を見せた。
「やっぱり、塩山くんだ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます