断章:秘匿騎士フレッド
《秘匿騎士》フレッド・アーレンは目を覚ました。
少し夢を見ていた気がする。雨の降る夢だ。彼が《秘匿騎士》に選定された日のことを、夢の中で思い出していた。
なぜ、唐突に目が覚めたか。
狭くて硬いベッドから身を起こす。ダルハナン・ウィッチスクールの、隠し小部屋だ。二度、瞬きをする。天井と壁に異常はない。
石畳の床には、眠る前に空にした
そして、その瓶に巻き付く、白い蛇。瞳は血のように赤い。
フレッドには、その蛇に見覚えがあった。
「おはよう、フレッド・アーレン」
白い蛇は、笑みを含んだ声で喋った。
女の声だった。
「ずいぶんと暢気ね。あなた、やる気があるの? 酒を飲んで寝てるだけ?」
「英気を養ってたんだ」
頭を掻きむしり、フレッドは石壁にもたれかかる。
「久しぶりだな、ジェシカ」
《秘匿騎士》ジェシカ・ミラン、という。フレッドの貴重な同僚であり、この白蛇は彼女の使い魔だ。ネルダのように自ら喋るほどのことはできないが、主の言葉を伝えることならできる。
(彼女が現れたということは――)
フレッドは考える。
決して状況が好転しているとは言えない。何らかの警告か忠告か、あるいは脅迫めいた要請だろう。フレッドは彼女が苦手だった。というよりも、同じ《秘匿騎士》はみんな苦手だ。
「きみも宝探しを命令されたのか?」
フレッドは軽口を叩こうとした。ジェシカは付き合わない。
「残念ね、私は別件。あなたに聞きたいことがある」
ゆっくりと細い舌を伸ばし、白蛇は
(ほら、来たぞ)
フレッドは閉口した。
ジェシカ・ミランは、この王都を活動領域としている《秘匿騎士》だ。長らく破壊工作や、諜報活動を行ってきた。
それは主に旧帝国貴族たちへの接触であり、王国議会における穏健派の懐柔であり、王党派の切り崩しだった。成果は着実に上がっており、宮廷の腐敗は進行しつつある。
この様子では、学園にも何らかの関与を行っているのだろう。
(だから)
と、フレッドは推定する。
(どうせ、ろくな頼みじゃあるまい)
「ジェフ・キャスリンダーについて、聞かせて」
「やめとけよ」
フレッドの答えは悲鳴のようだった。
「手を出すなって閣下も仰ってる。暗殺でも狙ってるのか? 可能性がないとは言わんが、もうちょっとマシなことを企めよ」
「無敵の人間はいないわ、フレッド」
「はいはい。偉大なるダーニッシュ閣下を除いてな」
フレッドの投げやりな言葉に、蛇の目が細められた。牙をむき出し、しゅうっ、と威嚇するように喉が鳴る。
「フレッド。ダーニッシュ様を軽んじるような発言は、聞き逃せないわね」
「悪かったよ。別に敬っていないわけじゃない。本当だ。我らが主だからな」
「だったら、ジェフ・キャスリンダーのことを教えなさい――戦うつもりはない。宮廷を介して、色々と手を打っておくだけ。しばらく足を止めてもらうわ。私の仕事の邪魔にならないようにね」
「なるほど」
フレッドは鼻を鳴らした。
苦手な相手ではあるが、ジェシカは《秘匿騎士》に選ばれた魔導士だ。ダーニッシュが「手を出すな」と命じた相手に対して、無謀な戦いはしない。
「だったら、後にしてくれ。俺はこれから仕事だ。この学園は、何かと時間に厳しい」
「あら、ずいぶんと忙しい――例の『宝探し』?」
「まあな」
フレッドは答えて、立ち上がる。
これもまた、《魔人》ダーニッシュが直々に命じたことだ。
『《黄昏のしるし》を持つ者を相手に、対抗できるものがあるとすれば、私が知る限りそれは四つ』
と、ダーニッシュは言っていた。
『一つは、同じく《黄昏のしるし》を持つ者』
彼は一本、指を立てて、自分自身を指差す。
『二つ、竜』
二本、指を立てて、彼は苦笑した。その意図はフレッドにもわからない。
『三つ目が、ダルハナン・ウィッチスクールにあるはずです』
三本、指を立てて、ダーニッシュは己の玉座にもたれかかった。
『あまり気は進みませんが、試してみる価値はあるでしょう』
そして《魔人》ダーニッシュは目を閉じ、深く息を吐いた。これは眠りの兆候だと、フレッドは知っていた。ダーニッシュは一日のほとんどを眠って過ごす。起きている時間は貴重だ。
『どうか宜しくお願いします、《秘匿騎士》フレッド。探し物は遺産――《封印者》ヴィルマが封じた、古の破壊兵器です』
無茶なことを言う、と、フレッドは思った。
まるで薪でも集めてこい、というような気軽な物言いだった。
だが、フレッド・アーレンは《魔人》と呼ばれる男の、そういう部分を気に入っていた。
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