第36話 オリジナルです
結局、何の進展がないまま、数日が経過した。残り十日ほどとなり、色んな方面から心配されるようになってきた。日中は仕事があり動けない。夜九時以降は母のお店を手伝わなければならない。やはり午後六時から九時の間しか動けそうになかった。
受付に座り、神妙な面持ちの瀬里花。お客様の前だけは、瀬里花特製の笑顔を振りまくが、それ以外のシーンでは、心から笑うことは出来なかった。
「痛っ……」
突然、背後から頭にチョップをされた。イラっとしながら振り向くと、そこにはあの柊木が立っていた。
「何するんですか、柊木先輩」
怒った言葉とは裏腹に、彼の顔を見てどこか安心してしまう瀬里花。もしかしたら彼に相談すれば、いい案を教えてくれるかもしれないと思ったからだ。
「またあほなこと考えていたんだろう、君は」
「どうしてわかるんですか?」
「その整形したような綺麗な顔に書いている」
「百パーセントオリジナルです。それに古い漫画じゃないんですから、そんな時代遅れの言葉、書いてあるわけないじゃないですか」
古い漫画やアニメじゃあるまいし、と思いながらもやはり気になりコンパクトを取り出し見てしまう瀬里花。大丈夫、やはり何も書いていない。しかし、それがわかったところで彼に怒りをぶつける気にもならなかった。
「で、どうしたんだ? いい加減受付でそんな形相をされたんじゃ、お店の雰囲気が悪くなって困るんだが」
柊木の言葉に、サービスフロントに目をやる瀬里花。向井を始め、強面の男性陣が、サッと瀬里花から目を逸らす。ずっと気にかけてくれていたのだろう。悪いことをしたなと瀬里花は思った。
――接客のプロ失格だ。
お客様から見れば、この会社の制服を着ている以上、新人もベテランもない。そして車会社で働いている以上、お客様は車のプロだと思って声をかけてきてくれる。同僚に対してだけでなく、そんなお客様に対しても、近づきがたい雰囲気を出していたとしたら、瀬里花は自分がみっともなくて、恥ずかしくて顔を真っ赤に染めてしまった。
「歓送迎会の話は聞かれました? ここ最近、小代さんと一緒にお店を探して回っているんですが、なかなか良い条件の場所が見つからなくって……」
彼への相談は吉と出るか凶と出るか。しかし、彼の口から出たのは、瀬里花が今一番聞きたくない言葉だった。
「ああ、毎年恒例のあれか。残念だが、店長の指示でこれだけは僕も口出しや口利きが出来ないようになっている。君の眉間の皺だけは取りたかったが、今回ばかりは力になれそうにないな」
そういうことか。柊木に伝わっているということは、おそらくこの店舗の人間全員がそう指示されていることになる。これで会社関係からの活路はなくなった。また気落ちする瀬里花。溜め息がショールーム全体に響き渡りそうだった。
「一つだけアドバイスをしようか。言っておくが、これは口出しでも口利きでもないからな」
「そんなツンデレキャラはいりません」
ツンデレという言葉に、柊木は困ったように瞬きを何回も繰り返した。
「デレたつもりは一度もないが、君は妄想癖でもあるのか? まあ、いい」
また顔を真っ赤にしてしまう瀬里花。確かに彼はツンツンこそしているが、デレキャラではない。もちろん妄想はしていないし、求めてもいない。でも、その姿を想像してみると、瀬里花は可笑しくなり、思わず吹き出してしまった。
「何か馬鹿にしてないか、君は。もういい。これはな、あくまで僕の独り言なんだが、相談相手というのは、何も家族や職場の人間や友達だけとは限らない。君には確か、最近下手な友人以上に、心を通わせた相手がいたんじゃなかったか?」
――心を、通わせた?
「一ノ瀬……さん? って、お客様ですよ?」
焦りながらもそのわけが聞きたくなった瀬里花。あの柊木だ。何の狙いも可能性もなく、言葉は発さないだろう。それも多忙を極める中、わざわざこの受付で立ち止まってまでも。
「僕も新人の頃、何か悩み事があると、人生の先輩であるお客様の元へ、愚痴を零しに行ったものだよ。そこで何も掴めないとしても、思いを吐き出すことで、きっと君の心は前に進むだろう?」
「そう……かもしれませんね」
「それに君は言われなかったか? 何かあったら、いつでも会いに来てとか。僕が新人の頃は、色んな女性客からそう言われて大変だった」
「何ですか、その自慢話は。でも確かに一ノ瀬さんは、私にそう言ってくれました。冗談だとばかりに思っていましたけど」
「君にとっては、彼は特別なお客様だ。そしてまた彼にとっても、君は特別な営業のはずだ。でなければ、入社初日に新車のしかもカティアラなんて買ってくれるはずがない。それに納車してもう数日が経っているだろう? 納車後の調子伺いは、三日以内か、最悪一週間以内が一番効果的だ」
確かに彼の言う通りかもしれない。何も得られないにしても、話だけは聞いてもらえば、すっきりとするかもしれない。そしてそれが、また調子伺いに繋がるのであれば尚更である。
「というわけで、今から君を一ノ瀬さんの家に調子伺いに行ってもいいように、店長には許可を取った。君の替わりの受付フォローが入ってくれるのも、一時間しかないから、早く行きたまえ」
そこまで段取りをしてくれていたのか。流石先輩フォローワーである。
「柊木先輩、ありがとうございます」
珍しく素直に頭を下げる瀬里花。
「気にするな。だから、これ以上、顔に皺を増やして、整形にお金をかけないでくれ」
「まだ言うか!!」
怒声を上げながらも、その表情は笑顔になっている瀬里花。いつ以来だろう。こんなに心から白い歯を見せて笑った日は。逆に瀬里花は、彼には思う存分、怒りや苛立ちをぶつけなければと誓うのだった。
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