第35話 思うようにいかない

 日曜日に営業していない居酒屋や飲み屋は結構多い。平日に比べて日曜日の夜は、翌日が仕事だったり、家族と過ごしたりで、居酒屋の利用率は一気に下がるのだという。それがチェーン店ならば、そこそこの客入は見込めるが、個人経営のお店であれば、開けずにゆっくり休養を取ったほうか良いだろう。そこを休まなければ、休みなしの生活になってしまうのだから。


「ねえ、瀬里花。せっかくの定休日なのに、わざわざお店を開けてくれるような物好きな人がいるかなー? 私だったら、休みの日くらいは仕事を忘れて好きなことやりたいなー」


 未菜らしい考えだ。瀬里花もそれには同意である。ただし、利益を求めて営業している以上、平日の休みよりも、日曜日の営業のほうが明らかに採算が取れると見込まれた時、経営者はどちらを選ぶだろう。瀬里花の狙いはそこだった。


 ――ただし、コネはない。


 だから、地道に直接交渉しかないのだ。そしてそれには瀬里花と未菜の二人の外見が役立つはずだと自負している。瀬里花には、未菜のようは武器はないのだけれど。


 しかし、実際に行動に移すと、なかなか話を聞いてくれるところが少なかった。閑散期なら喜んでなのだというが、開催日が近いし日曜日ということもあって、家族と予定を入れている経営者が多かった。そして一番の問題は、アルバイトの子たちの時間の調整が利かないらしい。日曜日が定休日のお店で働く子たちは、みんな日曜日をどうしても休めない子が多いとのことだ。つまり経営者が良くても、五十人を相手するアルバイトを確保することが難しいようだ。


「これは普通のチェーン店探すしかないかもー?」


 未菜は額に汗を浮かべている。配属したばかりということもあり、定時で仕事を上がることが出来たが、それでも繁華街を歩いて回ると、時刻は午後九時を過ぎていた。


「ごめん、そろそろお店手伝わないとだ。また明日頑張ろう」


 時間がないのはわかっているが、瀬里花には瀬里花の事情があった。


「あ、ごめん。こんな時間だったね。後は私に任せといてー。この街は知りつくしているつもりだからさ」


 言葉は力強かったが、その顔色には疲れが見えていた。申し訳ないなと瀬里花は思った。



 店に到着すると、損保会社の平野がタイミング良く飲みにきてくれていた。彼なら交友関係も広く、良いお店を知っているかもしれない。瀬里花は飛び込んできた期待に、ない胸を膨らませた。


「平野さん、お願いがあります」


「ん? 何だ? 畏まって、ついに交際の申し込みかな?」


 平野は手串で頭頂部の薄い部分を余っている髪で隠した。彼なりに襟を正したのだろう。


「いえ、違います」


 残酷だが、間違いは正さないといけない。それが色々協力してくれている彼であってもだ。


「たはは、はっきり否定をしてくれるセリちゃんが好きだよ」


「何気に告白しないで下さいよ。平野さん、今日は真面目な話なんですから」


「あの……僕も大真面目なんだが……参ったな……眼中にもなさそうだ」


 平野はグラスをあおりながら、呵々大笑とした。


「それで今回は何だい?」


 平野の目が仕事人の目に変わった。彼のこういうところは嫌いではないが、それを言うと調子に乗りそうなので、瀬里花はいつも彼には餌を何も与えない。


「えっとですね、繁華街で普段は日曜日定休日なのに、五十人くらいゆったりと入れて、わざわざ日曜日にお店を開けてくれるような、そんなお洒落で素敵な居酒屋ありませんか?」


「そんな店は知らない……っと言いたいところだが、それならエナさんに聞いてみたらどうだい? 彼女は昔、あの一帯でそれこそナンバーワンのホステスだったんだから」


 それは知っている。母が語らずともお客さんのほうから、彼女の昔の武勇伝を離してくれるのだから。でも母なら今でも現役でどこかしらのクラブのママは出来る外見も素養も持ち合わせている。


「エナさーん、セリちゃんが歓送迎会の幹事するんだって。新人なのに」


 平野が笑うと、それを聞いていた別のテーブルの年配の男性が更に話を大袈裟にしていく。


「そりゃあひでえ会社やなー! ただの新人いぶりやないか!」


 当の本人たちがそう想っていないのに、あっという間に会社が悪いという図式が成り立ってしまった。そして酔ったお客様たちは聞く耳を持たなかった。


「ん? 何? セリ、お店?」


「おお、エナちゃん、この店でええやないか! なあ、平野ちゃん?」


「はは、流石に入りきらないでしょう。ぎゅうぎゅうづめで、僕らの居場所がなくなってしまいます」


「居場所どころか、その時は平野さんも章男さんも、もうお店には入れないかもね」


 母がクスッと笑う。平野と章男の表情が凍りついた。恐るべきはやはり母だ。瀬里花もこれくらい男を手玉にとれると良いのだけれど。


「セリ、もし見つからないなら、私がいくつか声かけてもいいけど、それじゃああなたのためにならないんじゃない? きっとあの店の店長は、あなたたち二人の成長を願って、今回の件をお願いしたいのだと思うけど?」


 流石によくわかっている。それ以上でも以下でもない。実際瀬里花たちは自分たちの力で成し遂げなければならない。そうしなければ、意味がないのだ。直接聞いて回るのは、飛び込み営業の要素がある。そこで相手の話を聞くためには、相手を思いやりながらも、こちらのペースに持っていかなければならない。そう、今回の幹事は、営業におけるすべての要素を兼ね備えている。それがわかるからこそ、瀬里花も簡単には諦めるわけにはいかなかった。


 ――でも。


 それでも成果のない動きは、やはり肉体的にだけでなく、精神的にも悪影響を与えてしまう。またミヤビと愛車が恋しくなる瀬里花だった。



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