第34話 歓送迎会……ですよね?
九条大橋店の歓送迎会が行われたのは、六月も終わりに近づいた第四週のことだった。カーディーラーの異動や配属の時期は他社よりも遅く、その分、歓送迎会も遅くなるのが通例だ。丁度瀬里花も母の仕事の定休日とかぶってくれたおかげで、人生初の歓送迎会への参加へと相成った。しかしただでは始まらないのが九条大橋店で、瀬里花と未菜に、予期せぬ事態が知らされたのは、ちょうどその二週間前のことだった。
「君たちは、私がまずは店の雰囲気にゆっくりと慣れてといったのに、もう商談テーブルに同席など勝手に行っているんですか?」
珍しく店長が険しい顔をしていた。ずっと目にしていたはずなのに、今更それを取り沙汰されては、否定のしようがない。知里に言われたからとはいえ、確かに店長に許可だったり確認くらいはするべきだった。
「私は言ったはずですが、違いましたか?」
「いえ、おっしゃられました……」
店長の圧力に瀬里花たちは頷くしかなかった。
「ペナルティとして、再来週の日曜日の夜に歓送迎会を開いて貰います。そこで二人は幹事をするように。いいですね?」
――ん?
「どういうことですか?」
未菜が目を見開いて驚いた様子だ。瀬里花だって、意味がわからなかった。
「店長、それは歓送迎会なんですよね? 私たちが店を選んだり段取りをするんですか?」
「その通りです。もちろん、あなた方二人の会費は歓送迎会なので頂きません。ですが、私はこの歓送迎会で、あなた方の提案力を見たいと思っています。一体どんな店を選び、どんなコースや部屋を取るのか。ありきたりや定番のお店でも構いませんが、何か君たちらしさが見えたり、歓迎ムードが伝わるようなものだったりすると、異動でこの店を出ていったスタッフも喜んでくれるはずです」
「わかりました」
としか言えないに決まっているじゃないか。でも、やはりこの店長は、他の店長とは違うようだ。普通新人にこんなことはさせない。一体何を考えているのだろう。
「うーん、飲み会か~。やっぱり食べ物とか飲み物もある程度、みんなの好みを聞いておいたほうがいいのかも~。瀬里花~、どんなお店にしよっか~?」
――ああ、そうか。
「なるほど。そういうことね」
「えっ? 何が?」
一人納得したように何度も頷く瀬里花。ただ人が嫌がる役どころを押しつけられるにしても、何らかの意図があるような気がしていたからだ。
「あくまで私の予想なんだけど、店長が私たちを幹事に任命したのは、今未菜が言ったように、この短い間に、どこまで他の社員のことを知ることが出来るかを見ているのかもしれないよ?」
「あー、もしかして異性の好みとか?」
それは未菜だけだろう。表情を変えずに言葉を続ける瀬里花。
「いや食べ物や飲み物の好みね。それでその好みを知るためには、やはりみんなとコミュニケーションを取らなければ聞き出せないじゃない? 多分店長はそれによって、自然と他の社員と仲良くなることも出来るし、色んな人の好みや性格を知ることが出来るって言いたいのかもしれない。そしてそれを基にどんな提案をしてくれるのかを期待してくれてるのかも?」
「あーそれなら納得だねー。だって普通こんなこと、入ったばかりの新人にさせないよねー? まあ、私はこういうのやりなれてるし、大好きだけども」
未菜を今日ほど頼もしいと思ったことはなかった。実際彼女の飲み会などに対する行動力は、もしかすると会社でも一番かもしれない。
「新しい出会いがあるといいね」
そう瀬里花は悪戯っぽく笑ってみる。
「もうーちょっと瀬里花ー? まだ立ち直ってないんだからー」
未菜は頬を膨らませながらも、目は嬉しそうに輝かせていた。女子とは、やはりいつも恋をしていたほうが綺麗になれる生き物なのかもしれない。未菜は片手を顔の高さまで上げ、その小さな拳を握り締めた。その表情はすでにやる気に満ち溢れていたのだった。
しかし、実際にみんなの好みなどを聞き出し、いよいよお店を探そうにも問題が多かった。それは、一般的に日曜日が定休日の居酒屋さんなどが多かったからだ。何より人数的な問題もあった。およそ五〇人の人間がゆとりをもって入れる会場があるところは、すごく限られていたのだ。
「もうこうなったら、瀬里花ママのところかな?」
「いや無理でしょ。そもそも箱狭いし、食べ物出ないよ。それに、あの人そんなに料理得意じゃない」
「じゃあ料理は瀬里花が作ればいいんじゃない? 瀬里花、何でも上手そうだしー」
「……そんな母に育てられたから、私も得意じゃない」
「ああね……」
未菜は察してくれたようだ。引きこもっていたり、読者モデルや愛車に費やす時間が多かったから、そもそも料理などまともにしたことはなかった。そして瀬里花自身、料理が出来なくても、何とかなると信じている。
「でも、どうしよっかー。店が空いてても少し小汚かったり、綺麗でも無料雑誌とかのせいで予約いっぱいだったりするし」
本格的な夏の到来も近く、テレビのコマーシャルでもビアガーデンのお知らせなどで、乾いた喉を潤したいと思っている人間が増える時期だ。タイミングが悪いなと瀬里花は思った。
――でも。
そう、きっと本当の車の商談は、もっと悪条件からのスタートだったりするのだ。そうして色んな障害を乗り越えて、初めて車を購入してもらえるのかもしれない。こんな程度のことで悩むようでは、営業はそもそも務まらないし、愛車も救うことが出来ない。瀬里花は気合を入れ直した。
「ねえ、未菜。一つ提案があるんだけど、聞いてくれる?」
「何なにー?」
興味深そうに瀬里花の腕を抱いてくる未菜。彼女の胸攻撃は、本当に精神的ダメージを受ける。いつか徹底的に揉みしだいてやろうと思うが、それは彼女の思う壺なのかもしれない。
「日曜日に営業していないお店に、直接交渉しようと思うの」
そう、それが瀬里花が思いついた、現状を打破する唯一の秘策だった。
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