第18話 Archimedes' spiral
「もう起きた?」
静まり返った部屋の中、懐かしい声がする。
「ほら、外はこんなにいい天気だよ」
遮光カーテンを全開にしながら、女が瀬里花をベッドから起き上がらせようとしている。目映いほどの光が、室内に射し込んできて、瀬里花は思わず目を薄めてしまう。
「今日は学校行かないの?」
瀬里花は何も答えない。何も答えないことこそ、瀬里花に残されたたった一つの武器だった。
「わかってる。でも、無理しないで、とは他の人が言うだろうから私は言わない」
無理なんてしようとも思わない。でも、我慢なんて瀬里花には出来るはずがない。
「だから、あなたがやれることをやりなさい」
瀬里花に出来ること。それはただ玩具を与えられた子供のように、父の形見の車を愛でるだけだった。
「いい、瀬里花。茉莉花お姉様の言うことは聞くものよ?」
どうして茉莉花はいつも前向きでいられるのだろう。どうして瀬里花が手を伸ばしても届かないような眩さを、プリズムのように輝く美しさを持ち合わせているのだろう。
茉莉花の声は人を引きつける。茉莉花の笑顔は人を幸せにする。
――そう。
だからずっと瀬里花は、茉莉花になりたかった。
「ほら、瀬里花。学校行かないでいいから、今からパフェ食べいこうよ。あの店の限定メニュー『春色のモンブラン』が、確か今日までだよ?」
瀬里花は首を左右に振ることしか出来なかった。力なく、ただ油に塗れ、汚れた髪を振り乱しながら。
「もう、仕方ないな。じゃあ今日は私が買ってきてあげる。だから、今日だけでいいから、瀬里花、一緒に食べよ?」
瀬里花はまた、自分に残された唯一の武器で武装したのだった。でも、それでも彼女とだけは一緒の時間を共有したいと思ったのは、瀬里花が持つ唯一の願望だったのかもしれない。
――でも。
その日、どんなに待っても、茉莉花は家に帰ってくることはなかった。
そして翌日、瀬里花はその母から、茉莉花が交通事故でいなくなったことを知らされた。この世にはやっぱり希望なんてないのだと瀬里花は思い知ったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます