第14話 良い予感、悪い予感
JAFの仕組みは大体わかった。ただ問題は誰からどうやって獲得出来るかである。
「瀬里花~、私、昨日JAF勉強したんだ~」
昼休みに入るなり、未菜が目を輝かせながら、瀬里花に声をかけてきた。
「未菜にしては頑張ったね」
頭を撫でてあげる瀬里花。抱きつかれたことといい、彼女は間違いなく甘えキャラだ。こうしたスキンシップを喜んでくれるはずだ。
「そうでしょ、そうでしょー」
また嬉しそうに目を見開き、破顔してくれる未菜。
「瀬里花にも教えとこうと思って」
それはありがたいことだと瀬里花は思った。ただ昨夜の平野からの話で理解したつもりになっているから、何か新しい話でも聞けると良いのだけれど。
「えっとね、JAFに入ると、JAFメイトって雑誌が送られてきて、そこに会員限定の優待施設や割引情報が載ってるんだって。だからそれを駆使したら、入会金や年会費分くらい元が取れるって、すごくない?」
内容を聞いた上で加入しようか迷っている人には、効果的な話かもしれない。でも一番の問題は、昨日損保会社の平野がそんな話をしていなかった点だ。どうやらお仕置きが必要なようだ。
「うん、割引を使いこなせる人なら、誰でも入ってくれそうだねー」
あまり思っていないが、ここは話を合わせておくしかないなと瀬里花は思った。
「でしょ~? さっき力弥君ともそう話してたんだ~」
――え?
「あの人もJAFを早めに狙ってるの?」
あっと口を半開きにしてしまう未菜。困り顔で上目遣いに切り替えてくる未菜。
「うん、えっとね、力弥君も九条大橋店狙ってるんだって。だから、JAFのこと教えて貰ってたの。だから、そっか……ライバルだね」
間違いなくライバルだろう。先に行動するのが、未菜と二人だけなら両方行ける気がしたが、もう一人となると確実に誰かが漏れるだろう。例年、各店舗に新入社員で入るのは、多くても二人くらいらしいから。珍しく慌てふためく未菜の姿が、何ともおかしかった。でも、実際には笑えない話ではある。
それにしてもまさか未菜が力弥を頼っていたとは。いや、利用しているのか? 力弥に好意を抱いているように見えただけに、瀬里花にも未菜の本当の心がわからなかった。
「でも、勉強するなら、まずは詳しい人から聞くのが一番だもんね」
「うん、そんなつもりじゃなかったんだけど、ごめん……」
それでも、その事実をちゃんと瀬里花に教えてくれているところが、未菜らしい。だからそんな未菜を責めるわけにはいかなかった。ただいつどこで教えて貰ったのだろう。それだけが気になるところではある。積極的な未菜だけど、まさかそれはないよね?
午後からの研修では、商談の流れから注文後の流れまで、川野が順を追って説明してくれた。瀬里花にとって意外だったのが、車の販売会社においては、新車の注文だけでは売り上げにならず、後日車がメーカーの工場から届いて、運輸支局で新規登録をし、ナンバープレートを発行して初めて売り上げを上げることが出来るというのだ。つまり、入社式の日に注文を貰った一ノ瀬のカティアラは、まだ売り上げ対象ではないということだった。
「一ノ瀬さんの、二カ月かかるって言ってたもんね」
未菜の言葉に頷く瀬里花。それが聞こえていたのだろう。川野は微笑みながら、全員に向けて言葉を発した。
「みんなも早く許斐のように、一台目の新車を注文貰えるといいな。そして早くみんなで競い合えるような実力を身につけて欲しい!」
川野があえて瀬里花の注文を例に挙げるのは、他の新入社員の士気を上げたかったからのようだ。特に気にしていないものも半数。早く売りたそうな顔をしているものも半数。まあ、瀬里花も特に気にしていない派ではあった。あくまで車探しのついでだったから。
「許斐だけではない。この間行った実習のおかげか、今年の新入社員たちはすごいと、色んな店舗で評判になってるぞ。せっかくだ、お前たちで何か先輩たちを超えるくらいの伝説を作ってやれ!」
川野の溌溂とした声に、意気揚々とする他の新入社員たち。
でも、瀬里花は知っている。車がそんなに簡単に売れるものではないことを。一ノ瀬のケースは本当に本当にレアなケースだということを。
――大丈夫かな。
妙に浮足立ったようなみんなの表情に、瀬里花は嫌な予感しかしていなかった。色々と空回りしなければ良いのだけれど。
しかし、瀬里花の予感は悪い方に的中したのだった。午後の研修が終わったタイミングで、力弥と結城がみんなを呼び止め、会議室の中央に集めた。また飲みにでも行くつもりだろうと楽観していてた瀬里花だったが、力弥から発せられる内容は、どうやら別のことだったようだ。
「みんな聞いて欲しい。さっき川野課長が、みんなで伝説を作ってやれって言ってたじゃんか。さっきな結城たちとも相談して、せっかくだから何かしてやったろうと思ってるんだ。だからといって、俺らにいきなり車を売ることは難しい。ただ新人の俺らには、六月から各店舗に配属されてから、例年、JAFと携帯の獲得コンテストがあるらしい。そこで数字を上げるのは、毎年当たり前のことらしい。だからそれじゃあ伝説にはなりはしない!」
そして、続けて力弥から発せられた言葉に、瀬里花のその細い身体は確かに凍りつくのだった。
「だから、みんなでこの四月五月の二カ月で、いっちょJAFと携帯の自主企画コンテストを先にやろうぜ!」
力弥の声に「おおーっ!」とここぞとばかりに男子の声が揃う。
――え、何?
「ああ、コンテスト開始前に、もうコンテスト分を終わらせてしまおうぜ!」
結城の声に、再び揃う「おおーっ!」というかけ声。その揃った声に、満足そうに微笑み合う力弥と結城。
――何を考えてるの?
「私、そんなの無理ですよ?」
美波が赤い縁の眼鏡を落としそうになりながらも、必死で立ち上がる。チョコレート色の髪をアップにし、活発そうに見える美波。でも、実際には冷静でよく周りが見えている女の子だと瀬里花は思っていた。そう、彼女のように賛成しないものだって多数いるはずだ。
「ですよーですよー。携帯だって、JAFだって、私何の知識もないですしー。それを競い合うだなんて全く自信ないですよー」
河出だって、男子のいきなりの提案に迷惑しているようだ。もちろん、瀬里花も反対したかったが、既に先手を取ろうと裏で画策していただけに、発言をすることが出来なかった。そして未菜を見る。彼女がずっと閉口していたのを瀬里花は見逃さなかった。だとすると、きっと、力弥辺りから結城へと話が膨らんでいったのだろう。
――どうしよう。
急に焦りを覚える瀬里花。順風満帆に思えた研修生活が、こんなところで思わぬ方向に行くとは、思いもよらなかった。良い予感は全くしなかった。
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