第12話 配属先を決めるのは?
あれから数日、新人研修は何事もなかったかのように、本社第二会議室で進められていた。あの後瀬里花は、柊木との関係について、未菜に根掘り葉掘り聞かれたが、特に秘密にする理由もなかったので、ありのままを伝えたのだった。瀬里花が旧車の車オタだったなんてとビクつくように驚いていたから、元暴走族か何かと勘違いしているのかもしれない。それはそれで普通の人から見れば、およそ間違いではないのだけれど。
「どうしたの、瀬里花。最近ずっと苛々してるけどー」
お昼休憩に入ると、未菜が心配そうに瀬里花の顔を覗き込んでくる。ショートボブの前髪から見える愛くるしいベビーフェイスは、いつでも男性を捕捉出来るようにメイクも万全のようだ。
「うん、そうかな?」
「だって顔が怖い」
それをストレートに言えるのは流石は未菜か。
「やっぱ、まだ柊木さんとのこと気にしてんのね」
「そんなことはないんだけどね」
瀬里花がそう言うと、本気で未菜に笑われてしまった。どうやら図星なのが、バレバレだったのだろう。
「でも、すっごく意外。瀬里花ってさ、感情を表に出さないクールなイメージだったからー」
「そうかな? 結構私はいつでも自分に素直なつもりだけど」
「いやいや、全然普段と違うし」
「そう? でも、あいつだけは絶対許せないからかもね」
瀬里花はあの柊木の顔を怒りに震えながら思い出す。目にかかるほどの少し長めの黒髪に、凛々しいほどの甘いマスク。そして人の感情を逆なでにするほどのこれまた甘い声。ただし破壊的に性格が悪い。これでナンバーワンセールスというのだから、お客様はみんな見た目と彼の腹黒い性格に騙されている。
「でも、柊木さんを見返すなら、絶対に九条大橋店に配属にならなくちゃね。一体何人まで入れるんだろ。店が馬鹿でかいから、三、四人くらいいけるのかなー?」
確かにあれだけの大きさの店舗だ。人が多くて困ることはないだろう。
「わからないけど、でも、どうやったらうまくあそこに配属されるんだろ」
あまり深く考えたことがなかった瀬里花。柊木に対する怒りだけで、あの店舗に行けるものと思い込んでいた。
「瀬里花はまあ別として、車が売れそうな人材ってことは、まず、それより金額の低い物が色々売れるってことだよね。だとすると、何だろ。やっぱりこの会社でいうところの周辺商品?」
「何だっけ、それ」
「瀬里花……講義全然聞いてないのね」
急に真顔になる未菜。否定は出来ないので、申し訳ないと思った。瀬里花は縮こまるように、自らの左右の髪の毛先を、両指でぐるぐる巻きにした。
「ごめん、車に関係ないなって、スルーしてた」
「はいはい、車が売れる人はそうでしょうねー。でも他の人たちは、それでしか判断されないんだから、これから二カ月、きっとみんな真剣に周辺商品を取ると思うよ?」
「へー、そうなんだね」
とは言っても、そもそも周辺商品が一体何なのかわからない瀬里花には、いまいちピンとこなかった。
「川野さんに聞いたんだけど、通常、新人はいきなり車を売ることなんて出来ないから、まずは携帯電話やロードサービスの
「了解。それにしても、未菜、よく聞きだせたね。普通そんなこと教えてくれないし、そもそも聞かないでしょ?」
「えへへ。私年上も好きだし、ついでに色々聞き出しちゃった」
――天然か!
「でも、未菜が自分から聞いたってことは、やっぱり未菜も九条大橋店狙い?」
その質問には、目を大きくしキラキラ輝かせる未菜。
「そそ。何かさ、九条大橋店って女が特別輝ける店舗って感じがしなかった? あの女性リーダーの夢野さんとかもすっごいオーラ放ってたし、みんなやり手って感じがする。あんなところで働けたら、きっと私はもっともっと可愛くなれて、それでいつかセレブのお客様に結婚を迫られて、庶民を脱出出来る気がしない?」
未菜の美への原動力はそこだったか。まあ確かにお金があることに越したことはない。いや、お金さえあれば、瀬里花だって、こんな会社には入っていない。すぐに部品取り車を何台か買いつけて、すぐに恋人を復活させられただろう。
――でも。
今の瀬里花には九条大橋店に配属させる道しか、愛車を生き返らせる方法がなかった。だから、そう、やるしかないのだ。
「じゃあ、二人で頑張らないとだね。で、私は何をやればいいの?」
「ちょ……瀬里花、私の話聞いてた?」
「うん、聞いてた聞いてた。大丈夫大丈夫」
人は同じことを二回繰り返す時は、あまり聞いていない時である。
「もうー、いい加減に聞いてると、襲っちゃうぞー!」
未菜はそう言って、ガバッと瀬里花に抱きついてきた。首に両手を回し、瀬里花の頬にキスをして、何故かくんくん匂いを嗅いでいる。
「わー、やっぱりいい匂い」
未菜の行き過ぎた行動に、美波と河出が悲鳴を上げながら、両手を取り合って喜んでいる。
「何、この百合展開……」
当然、女子だけでなく、他の男子の視線も全て二人に注がれたのは、言うまでもなかった。
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