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 いつまで経って喋らない少年を訝しんだのか、パイロットは今思い立ったと言わんばかりに手を叩いた。


「そうか、まずは自己紹介しなきゃだな。いきなり戦闘機で登場じゃ不審がるのも当然か」


 そう言い、彼はにっこりと人好きのする笑みを浮かべる。


「俺の名前は遠坂 志紀。《アルゴノーツ》のベクター小隊一番機に乗っている。今は……まぁパトロール中だから正規の機体じゃないけれど、所属は本当だよ」


 ほらと、彼が見せてきたのは、明らかに学生証だった。

 シールド型の中に赤と黒と黄色のストライプ。星が五角形に配置されている。

 それを身分証とするくらいなのだから、有名な物なのだろう。けれど、変わらず知識は沈黙している。


「それで、君の名前は? 危ないからシェルターまで送るよ」


 彼――志紀の問いに、返事を惑う。まだ自分は『自分』を、『神宮寺 司』と容認できていない。

 けれど、じゃあお前は誰なのだと問われると困る。

 そんなこと、自分が一番知りたい。

 沈黙を保ったままの少年に、志紀は困り顔で後頭部を掻いた。


「じゃあ、住民IDカードならあるだろう? それを見せてくれないかい?」

「住民IDカード……」


 困った。実に困った。先ほどから志紀の言っている言葉を何一つとして知らないのだ。

 ――おそらく、『今』を生きている人間なら、当たり前に知っていることを。

 俯いてしまった自分の頭上から、困ったような小さなため息が聞こえた。この志紀と言う少年も、この状況をどうしたらいいのか分かりかねている様子だ。

 ふと、志紀の指が自分の持っている手紙を指した。


「君のかい?」


 少し躊躇い、


「……多分。この上着に、入っていたので……」


「失礼するよ」と言って、志紀が手紙を取る。


 裏面の差し出し人を見、表に返し、


「何だ。名前がキチンと書いてあるじゃないか。神宮寺 司くんだね。宛て先は……え?」


 住所を見た志紀が、眉を寄せる。


「……群馬?」


 県名を、口に出して読む。

 何かおかしいだろうか。群馬県など、関東に住んでいれば名前くらいは聞いたことはあるだろう。

 そうだ、聞きたいことと言えば、


「すみません、ここは何県ですか? 最寄りの交番を教えていただけると更に助かります」


 問うと、視線をこちらに向け、志紀はますます困惑してたような顔をした。


「君は、」


 何か言おうと口を開き、志紀は何故か唇を噛み、

 そして、少年の手を取った。


「え?」

「すまない、君をシェルターまで送る予定だったが、事情が変わった。俺の機体に乗ってくれ」


 早口でまくし立て、「どうやら」と志紀が付け足す。


「……君は訳ありのようだ」


 その言葉に、少年は息をのむ。

 何故、

 何故、それを?

 問いただす暇さえ与えず、志紀は縄梯子の端を少年に掴ませた。


「先に登ってくれ。狭くなってしまうが、席の後ろに座ってほしい」


 言われるがまま、座席の後ろに座った。座席の後ろは酷く狭い。四方を機械で覆われているその場所は決して座り心地の良いものではなかったが、どうしてかしっくりと落ち着いた。

 知識は言っている。この機体は単座らしく、複座と違いメインパイロットを補佐するオペレーターが座る場所がないなのだと。

 だからっ!

 両手で前髪を掴む。

 どうしてっ! どうしてこの頭はそんな知識ばかりを吐き出すんだっ!

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