第23話 Neo Galaxy Plan(その3)
★
「――今後プロジェクトを進めていくうえで、みんながコンビニにどんなイメージを持っているのか知りたい。と言うことで、これから『ブレインストーミング』を行う。時間は一時間で開始は十分後。飲食は自由。食べ物や飲み物が必要なら一階の
今岡さんの言葉に四人は席を立つと、そそくさと部長室を後にした。
打合せコーナーに麻耶と今岡さんが残った。
一般的な会議では、課題や着地点が決まっているため、出た意見を取捨して一定の結論を導き出す必要があるけれど、ブレインストーミングでは、気付きやアイデアを出すことが目的であって結論は求めない。
会議をより良いものにするためには、適度な時間設定と話しやすい雰囲気づくりが大切。一時間以内で、飲み物を飲んだりお菓子をつまみながらの開催がお勧め。
「今岡部長、コーヒーのお替りはいかがですか?」
珍しく気を利かせた麻耶に、今岡さんは悪戯を成功させた子供みたいにニヤリと笑ったの。
「桜木くん――キミが第一号だよ」
今岡さんは右手の人差し指を立てて数字の「1」を作ると、それを「郵便ポストの形をした貯金箱」の方へ真っ直ぐ向けたの。
『……しまった!』
心の叫びというのは、まさにこういうことを言うんだって思った。
何たる不覚。まさか麻耶が禁止ワードを口にするなんて――でも、今はNGPの議論をしているわけじゃない。あくまで
「今は休憩時間です。ルールは適用されません」
すかさずクールガールの麻耶が反論する。
すると、今岡さんは右手の人差し指を立てて、「チッチッチッ」と左右に振って見せる。
「僕は『NGPの活動の中で僕のことを「部長」とは呼ばないように』と言った。今は規則上就業時間内であって、僕たちはNGPの活動の真っ最中だ――と言うことで、桜木くんの反論は認められない」
言い返す言葉が見つからない麻耶は、しぶしぶお財布から百円玉を取り出すと、黙って貯金箱に投入した――「チャリーン」という音が虚しく響く。
「会議は一時間だから飲み物があった方がいいかも……さっきホットコーヒーを飲んだから、今度は冷たい物がいいなぁ……発売したばかりのサン&ムーン・プレミアムのカフェラテが飲みたい気分だなぁ……」
今岡さんは麻耶の方をチラリと見ながら独り言のように呟く――ただ、独り言の割には声が大きくて、どこかワザとらしい。
「桜木くん、これから新製品のリサーチをするから、
今岡さんが差し出した右手には、一枚の五百円玉が乗っている。
★★
両手にカフェラテの容器を持って打ち合わせコーナーに戻ると、既に五人は席についてそれぞれが買ってきたものを飲んだり食べたりしていた。
残念和服美人の
「今岡……さん、お待たせしました」
「ありがとう。感想は後で頼む――じゃあ、始めようか」
麻耶から受け取ったカフェラテを一口だけ口に含むと、今岡さんは何もなかったかのようにみんなに声を掛ける。
カフェラテのMサイズは税込みで一つ二百円。二つで四百円。お釣りの百円は麻耶の財布の中。「今岡さんはとても優しい人」。麻耶はそんな印象を抱いた――それから二年以上経った今でも、その印象は変わっていない。
飲み物と食べ物の存在もさることながら、今岡さんが進行係を務めてくれたことで、ブレインストーミングは思った以上にスムーズに、そして、打ち解けた雰囲気で進んだ――「アルコール類のない飲み会」。そんな言葉がピッタリで、みんな、とても
ヲタク・ハッカーの白鳥さんだけは一言もしゃべらなかったけれど、メールでは他のメンバーに負けず劣らずの
もともと麻耶の中にあった、ブレインストーミングのイメージは「世間話に毛が生えたようなもの」。でも、その日行われたものは、某テレビ局で月一回深夜に放送されている人気討論番組が丸くなった感じ。メンバーの意見や主張は、番組に出演している専門家と比べても遜色のないものだった。
お世辞抜きに、思わず唸らされる意見や目から鱗が落ちる発想に触れられて、麻耶は有意義な時間を過ごすことができたの――でも、うれしい反面、何のノウハウやスキルも持ち合せていない麻耶がその場にいることが「場違いじゃないか」って思えたの。
「桜木くん、何かない?」
ブレインストーミングが始まってから五十分が過ぎ、そろそろ飲み物や食べ物が無くなろうとしていた頃、黙って聞いていた麻耶に今岡さんが声を掛けてきた。
「皆さんの素晴らしい見識には圧倒されます。感心して聞いていました」
麻耶がいつものように無表情で淡々と答えると、今岡さんは訝しい顔をする。
「そうじゃなくて、桜木くんがコンビニに対して思っていることだよ。何でもいい。うれしかったこと、悲しかったこと、腹立たしかったこと……『コンビニに期待すること』とか『自分ならこんなコンビニを作りたい』といった話でもいい。思考にバイアスを掛けず、思ったことを自由に言って欲しい。それが思わぬ気づきに
麻耶がだんまりを決め込んでいたのが、強烈なメンバーに入って気後れしていると思ったのか、今岡さんが話しやすい雰囲気を作ってくれた――少し
「小さい頃、雨の中で目にした、コンビニの光が、嵐の海を航行する船を導く灯台の灯りみたいに思えたことがあります。闇の中に浮かぶ光がとても温かいものに思えました。実際にコンビニを訪れたのですが、そこはとても明るく、真っ暗な外とは別世界でした」
麻耶の言葉に今岡さん以外の四人は無言で曖昧な
「それで? そんな別世界を訪れた桜木くんはどう思った?」
クールガールの麻耶に、今岡さんが穏やかな口調で突っ込みを入れる。
「幸せを感じました。ずっとそこにいたいと思いました」
「コンビニの光を見て幸せを感じたんだ……いいね。実にいいよ。桜木くん」
麻耶の顔をジッと見つめながら、今岡さんは笑顔で何度も首を縦に振ったの――最初は麻耶をフォローするための作り笑いかと思ったけれど、すぐにそうじゃないとわかった。その仕草は全然わざとらしくなくて、うれしさが滲み出ているように見えたから。
「ええ感じちゃう? 顔や言葉はクールやけどホットな雰囲気が伝わってきたしな」
「俺も同じこと思ったぜ。興味深いよな。麻耶ちゃんの話」
ジョニーさんが右手で髪を掻き上げながら、白い歯を見せる。「初対面でちゃん付けは馴れ馴れしい」と思ったけれど、そんなに悪い気はしなかった。三上さんはアンパンマンみたいな笑顔で頷き、白鳥さんは必死にノートパソコンのキーボードを叩いている。案の定、すぐに「Good! Good!――」といった内容のメールが着信する。
「桜木くん、以前も言ったと思うけど、キミは何か凄いことを考えている気がする――このメンバーとどんなことがしたい?」
今岡さんが言っているのは、たぶん壮行会のときの話――麻耶のことを「内心は凄いことを考えていて、大きな器を用意すれば大化けするタイプ」って言ったこと。あのときは、からかわれているのかと思ったけれど、まさか本当に用意してくれるとは思わなかった――
「何もない、真っ暗なところにコンビニを作って、コンビニの灯りを目当てに集まった人に幸せを感じて欲しいです。いつまでも心に残るような幸せを実感できる場所にしたいです」
麻耶の一言に五人は口を
つづく
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