第22話 Neo Galaxy Plan(その2)


 「五十棲いそずみ かおる」と名乗った、その女は、妖しい眼差しを今岡さんに向けると軽くウインクをする――「あ、あなたね!」。心の中で麻耶が叫びそうになったとき、今岡さんが「ヤレヤレ」と言った表情で彼女を見たの。


かおる、僕を見る、みんなの目が変わっているじゃないか――『プロジェクトメンバーに芸子を入れるなんて、今岡はやる気があるのか?』。そんな声が聞こえてきそうだ。頼むからふざけないでくれ」


「怖い、怖い。そんな怒らんでもええのに。恒彦くん、相変わらず真面目やからな」


 今岡さんの手厳しい言葉に、五十棲いそずみかおるは頬を膨らませると「ぷいっ」と横を向く。そんな彼女の態度に今岡さんは小さくため息をつく。


「しゃあないな。あまり困らせてもあかんしな」


 今岡さんの方を流し目で見ながら、五十棲いそずみかおるはドヤ顔で続ける。


「――うちの職業は投資家。芸子はあくまで趣味や。一日数千万のプラスを計上することもあればその逆もある。ただ、年間で見たら数億のプラスになっとる。得意なんは経済の流れ、市場の動向、企業の健全度やらを読むこと。これでも、M工科大学大学院の経営学修士MBAを取得してんねんで――こんな感じでええかな?」


「いいわけないだろ。肝心なこと、言ってないじゃないか――はどうした?」


 間髪を容れず、今岡さんの口から想定外の言葉が飛び出した。

 五十棲いそずみかおるは口をつぐんで、罰が悪そうな顔をする。


五十棲いそずみさんは、男性なんですか?」


 麻耶の口から言葉が発せられる。

 クールガールの麻耶が自分からツッコミを入れるのはすごく珍しい――言い換えれば、「絶対に確認が必要」だと麻耶が認識したってこと。他の三人に目を向けると、みんな目を丸くして鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。


「信じられないと思うけど、その通りだ。ただ、見た目はこんなだけど、かおるはかなりの戦力になる。それは僕が保証する」


「……恒彦くんの……いけず」


 五十棲いそずみかおるは蚊の鳴くような声でポツリと漏らすと、視線を逸らして口をとがらせる。


★★


 突然NGPのメンバーを襲った「五十棲いそずみショック」。事実を突きつけられたはずなのに、しばらくはを事実として受け入れられなかった。

 麻耶の目の前で、罰が悪そうな顔をする和服美人は、どこをどう見ても女としか思えない――「見た目に騙されてはいけない」。麻耶の脳裏にそんな言葉が浮かぶ。ただ、同時に別の言葉も浮かんだ――「何も信じられない」。麻耶以外にも同じことを思った人がいる気がする。


 改めて、麻耶を含めた四人が順番に自己紹介をすることになった。

 五十棲さんが話していたときは、打ち合わせスペースは完全に「五十棲色」に染まっていて他の人が入り込む余地なんかなかったけれど、それは他の三人にも同じことが言えたの――麻耶に言わせれば、みんな、かなり濃い色をかもし出していた。


 一人目は、真っ黒なライダースーツを身に纏った男。ここまで逆輸入のハーレーダビットソンで乗り付けたそうで、ポマードで固めた、リーゼントの髪を櫛で整えながら自己紹介をしたの。「ジョニー・山崎やまざき」と名乗ると「俺のことはジョニーと呼んでくれ」と付け加えた。年齢は二十九歳。職業は弁護士。訳あって休業中らしいけれど、今岡さんの話では、国内事案のみならず、多国籍企業が絡む国際事案にも明るくて、予防から攻撃まで幅広い法的戦略リーガルプランニングが打てる強者つわものらしい。


 二人目は、グレーのダブルのスーツを着てえんじ色のネクタイをした、恰幅かっぷくの良い男。太い眉毛につぶらな瞳。愛嬌あいきょうのある団子鼻。肌のつやが良く健康的な雰囲気が漂う。名前は「三上みかみ 太郎たろう」。年齢は麻耶と同じ二十四歳。落ち着いた風貌のせいか四十代と言っても通りそう。職業は栄養士で、食物全般に関して深い知識を持っている。ただ、彼の真骨頂は、あらゆる食材の良し悪しを判断する、人並み外れた五感。そして、頭の中で味をシュミレートする能力。楽器を使わなくても頭の中で作曲できる人がいるといった話を聞いたことがあるけれど、彼の場合は頭の中で料理ができる。今岡さんによれば、アメリカで三友物産がプロデュースした外食事業に大きく貢献したらしい。


 三人目は、髪を七三に分けて牛乳瓶の底みたいな、分厚いレンズの眼鏡を掛けた、痩せ型の男。チェックのボタンダウンにジーパンという出立ちで、まさに「絵に描いたようなヲタク」。無地の黒いショルダーバッグから取り出したノートパソコンを膝の上に置いて、いつも下を向いて両手を動かしている。ほとんどしゃべらないけれど、キーボードを使えば話は別。メンバーの前に置かれているパソコンに次々とメールが飛び込んでくる。名前は「白鳥しらとり つかさ」。年齢は二十七歳。今岡さんの話では、ITに精通していてコンピューターを扱わせたら右に出る者はいないらしい。物騒な話だけれど、国や企業のコンピューターをターゲットにしたハッキングや新種のコンピューターウイルスを使ったサイバー攻撃なんかも朝飯前とのこと。


 三人の自己紹介が終わって、いよいよ麻耶の番。

 取り立てて言うことはないけれど、今岡さんの手前、やらないわけにはいかない。


「桜木麻耶です。仙台支店市場開発部に所属しています。年齢は二十四歳。NGPの事務局として皆さんの勤怠管理や連絡調整も担当します」


 クールガールの麻耶が愛想の欠片もない、機械的な挨拶をすると、いつも通り、あたりは重苦しい空気に包まれる。四人の白けたような視線が宙を泳ぐ。麻耶は慣れっ子だから何とも思わないけれど。


 すると、間髪を容れず、今岡さんが「スクッ」と立ち上がったの。


「と言うわけで、僕も含めて、一癖も二癖もあるような六人だ。言い換えれば、個性がキラリと光っている。ただ、こんなメンバーだからこそ、世間をあっと言わせるようなことができると思う。NGPここでは、それぞれの個性を存分に発揮して欲しい。歯に衣着せぬ発言や主張も大歓迎だ――責任はすべて僕が取る」


 今岡さんの言葉で場の雰囲気がガラリと変わる。

 それは四人の表情からも明らかだった。


「恒彦くんったら、褒められてんのか、けなされてんのかわからへん――」


「今岡さん、本当にいいんすね? 俺が全力出しても。戦略法務が火を噴くっすよ?――」


「この舌で貢献させてもらいます。やりたいことはいろいろありますので――」


「……」


 三人がそれぞれ言いたいことを言い始める――ヲタクの白鳥さんだけは無言だったけれど、膝の上でキーボードを叩く手の動きがかなり激しい。

 不意にパソコンにメールが入る。


「コンピューターやITのことならボクに任せてください! 今岡部……おっと危ない(ふぅ~)  危うく罰金を払わなければならないところでした(汗) 今岡さんの頼みとあらば、たとえ火の中、水の中、米国国防総省ペンタゴンの中(おいっ)、どこだって行きますよ。ボクに侵入できない場所はありません。危ないことも、危なくないことも何なりとお任せを――」


 メンバーの距離が一気に縮まった気がした。それは、まさに今岡さんのカリスマ性のなせる業――「今岡さんはスゴイ」。麻耶は改めてそう思ったの。

 でもね、それには、もう一つ理由があったの――麻耶のことをしっかりフォローしてくれたこと。すごくうれしかったんだ。


 つづく

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