幸せな時間たち ― 桜木麻耶は笑わない ―

RAY

Maya's Happy Time

プロローグ Prologue

第1話 青天の霹靂


 麻耶まやがコンビニに就職したのは、幸せになりたかったから。


 「安定した会社に勤めることイコール幸せ」だなんて思っていたわけじゃない。「お金持ちになりたい」とか「玉の輿に乗りたい」なんて大それた願いがあったわけでもない。


 麻耶の願いは、周りのみんなと同じぐらいの幸せ――人並みの幸せが欲しかっただけ。小さい頃の麻耶は、自分だけが不幸のどん底にいるような気がしてならなかったから。


 ビジネス専門学校で就活の時期になったとき、小さい頃の記憶が蘇ってきて、即「コンビニがいい」ってなった。そして、地元のマイナーなコンビニ会社から内定をもらったの。


 当時は「空前の売り手市場」なんて言われていて、中小企業は新入社員の確保に躍起になっていて、早い話「誰でも良かった」って感じ。でも、面接のときに対応した社員がみんなすごく良い感じだったから、麻耶は「ここに入りたい」って思ったの。


 ただ、麻耶の希望に満ちた思いは、入社と同時にソーダ水の泡みたいにすぐに消えて無くなった。「見ると聞くとでは大違い」。その言葉の意味を、麻耶は身を持って知ることになった。


 こんな話をしてもわからないよね? コンビニに就職したら、どうして幸せになれるかなんて。じゃあ、麻耶の小さい頃の話をするね。そうすれば、わかってもらえると思うから。


★★


 麻耶が生まれ育ったのは宮城県の県庁所在地・仙台市。

 と言っても、街の中心から三十キロ以上離れた、山間やまあいの田舎町。「緑がイッパイで空気がキレイなところ」と言えば聞こえはいいけれど、県庁所在地とは思えない、凄いところ。家は点在していて隣の家まではすごく遠い感じ。おまけに、街灯もほとんどなくて日が暮れるとあたりは真っ暗。昼間の駅前でも人の姿はまばらで、十時前に終電が無くなると、まるでゴーストタウン。暗くなって物音がすると、麻耶は心臓をドキドキさせながら、家中の鍵がかかっているかどうかを確認したの。


 そんな凄いところに住んでいた理由は、そこにお母さんの実家――お祖父じいちゃんとお祖母ばあちゃんの家があったから。

 麻耶は生まれたときから四人暮らし。お父さんと呼べる人がいなかったから。病気や事故で亡くなったとかお母さんが離婚したわけじゃなくて、もともといなかった。顔も見たことがなければ名前も知らない。

 小さい頃、お母さんに「どうして麻耶にはお父さんがいないの?」って訊いたら「死んじゃった」って言われた。本当のことを教えてもらったのは、確か麻耶が中学校に入ってから。


 お祖父ちゃんとお祖母ちゃんの年金だけでは四人が生活するのは厳しくて、お母さんは麻耶をお祖父ちゃんたちに預けて、電車で一駅行ったところにあるスーパーでパートの仕事をしていた。二人の年金とパートの収入、それに市から支給される、生活保護のお金で何とか暮らしていた。

 生活はお世辞にも裕福とは言えなかったけれど、麻耶は自分のことを不幸だなんて思わなかった。お祖父ちゃんとお祖母ちゃんはいつも麻耶に優しくしてくれたし、お母さんが麻耶のことを愛してくれているのもわかったから。

 不幸だと思い始めたのは、麻耶が四歳になったとき。お祖母ちゃんが亡くなってから。


 お祖母ちゃんの死因は心筋梗塞による心不全。そんな兆候は全くなくて、前の日には、麻耶はいっしょに晩ご飯を食べて、いっしょにお風呂に入ったの。それだけに、すごくショックだった。でも、お祖父ちゃんが受けたショックは、麻耶とは比べ物にならないぐらい大きかったみたい。だって、お祖母ちゃんの死を境にお祖父ちゃんがおかしくなっちゃったから。


 最初のうちは、部屋にこもって一人でブツブツ言っているだけだったけれど、日に日に様子がおかしくなっていったの。

 よくわからない言葉を呟きながらフラッと外に出て行って、夜遅くなっても帰って来なかった。駐在さんに捜索願いを出したのも一回や二回じゃない。これ以上迷惑は掛けられないと思って、家の鍵を変えて外に出られないようにしたら、家じゅうで粗相そそうをしたり暴れて物を壊したり、とても手に負える状態じゃなかった。いわゆる認知症の始まりで、お祖父ちゃんは、麻耶の世話はもちろん自分のこともできなくなったの。


 ぼんやりとした視線を宙に泳がせながら、大声を張り上げて徘徊するお祖父ちゃんがすごく怖かった。

 奇声が聞こえてくると、麻耶は逃げるようにトイレや押し入れに隠れて、身体を硬くして声を押し殺した。お祖父ちゃんは麻耶が知っているお祖父ちゃんじゃなかった。「怪獣」みたいだった。「お祖父ちゃんを食べた怪獣がお祖父ちゃんに化けている」。真剣にそう思ったの。


 たまりかねたお母さんは、しばらく仕事を休んでお祖父ちゃんの面倒を見ていた。寝る間もなく対応に追われて、お祖父ちゃんが起きているときは身体を張って格闘して、お祖父ちゃんが眠った後、役所に相談したりして必死に対策を考えた。でも、効果的な対策が都合よく出てくるわけがなくて、お母さんは途方に暮れていた。


 一週間が経った頃、お母さんはついに根を上げた。麻耶に言わせれば、よくそんなにもったと思う。考えた末に辿り着いたのが、お祖父ちゃんを特別な養護施設に預けること。

 麻耶の家は、街の中心から離れた、周りには何もない、寂しくて不便なところだと思っていたけれど、家の近くにはがあった。ただ、近くと言ってもつづら折りの山道をしばらく上ったところ。森の中にポツンと建っていて、夜に外に出ようものなら遭難してもおかしくないような場所。

 問い合わせたら空きがあって、すぐにお祖父ちゃんを連れて行ったの。


 お祖父ちゃんが居なくなった家の中は、まるで地震や台風に見舞われたようにぐちゃぐちゃで、ニュースなんかで取り上げられるゴミ屋敷みたいだった。でも、「これで平和な暮らしが戻って来る」って思った。安堵の胸を撫で下ろしながら、お母さんといっしょに家の中を一生懸命片付けたのを憶えている。


 ただ、平和な暮らしは戻って来なかった。

 小さな麻耶にはわからないところに大きな問題があった。それは、お祖父ちゃんの治療費と生活費で、施設に毎月二十万近いお金を支払わなければならなかったこと。

 お母さんのパートの収入、お祖父ちゃんの年金、市からの補助金だけではとても生活が成り立たなかった。お母さんは親類に頭を下げて援助をお願いしたけれど、誰も聞く耳を持たなかった。何かしら理由をつけて、けんもほろろにお母さんのお願いを断った。


 家と土地を売ることも考えたけれど、場所が場所だけに二束三文にしかならなくて、引っ越す方がかえってお金がかかることがわかった。そのときから、お母さんは昼間のスーパーのパートのほかに夜の仕事を始めた。


★★★


 四歳の麻耶を一人家に残しておくわけにもいかなくて、お母さんはスーパーの近くの保育園に麻耶を預けてパートに出掛けた。そして、夕方になると麻耶を迎えに来た。そこまでは特に珍しくもない、普通の生活。でも、そこからが普通じゃなかった。

 家に帰ってそそくさと晩ごはんを食べると、麻耶たちは七時に家を出る。電車で仙台駅まで行って、麻耶は民間の託児所へ預けられた。近くに歓楽街があって、お母さんはそこにある、水商売のお店で働いていたから。


 そんなわけで、麻耶はいつも日付が変わる時刻まで託児所に預けられた。

 ただ、そこは託児所とは名ばかりで、木造二階建てのお化け屋敷みたいなアパートの一室。八畳と六畳の和室のほかにトイレと台所があって、家中には煙草の煙と何かが腐ったような異臭が漂っていた。そんな劣悪な環境に、麻耶と同じような境遇に置かれた子供――よちよち歩きの赤ちゃんから小学生まで二十人近い子供が押し込められていた。


 狭いスペースにたくさんの子供がいることでいざこざが絶えなかった。

 表向き「保育士」ということになっているのは、髪を金色に染めて耳や鼻や唇にいくつもピアスを付けた、二十代の男と女。二人は、いつも煙草をふかしながらスマホを眺めるか、どうでもいい話をしながらいちゃついていた。麻耶たちが子供だと思って、託児所の経営者が違法行為の常習犯であって、陰でいろいろやっていることを大声で暴露していた。


 子供同士が取っ組み合いの喧嘩でも始めて流血するような事態になれば、二人は止めに入るけれど、それ以外は放置状態。赤ちゃんがお漏らしをしようが、子供が泣きわめこうが知らんぷり。八畳間の隅に置かれた、雑音混じりの大音量を発する、骨董品のようなテレビに子供の世話を丸投げしていた。


 普通の保育園だったら間違いなくクレームが来たと思う。でも、安いお金で夜遅くまで子供を預かってくれる施設がほとんどなかったことから、立場の弱い親たちは何も言わなかった。法律上は「認可外保育施設」に当たるけれど、配置人員や施設内容が市の基準を満たしているとはとても思えず、それは金髪の二人の会話からも明らかだった。


 悪臭と騒音と人が詰まった空間で数時間を過ごせば、大人でもストレスが溜まる。ましてや、幼い子供が毎日のようにそんな場所で過ごすのだから、病気にならない方がおかしい。四歳の麻耶も例外じゃなくて、その環境が生理的に受け付けず、いつも不安と悲しみと怒りが入り混じったような思いが渦巻いていた。


 預けられている子の中に、麻耶と同年代の子がいないわけではなかった。でも、「友だちになろう」などとはとても思えなかった。どの子も死んだ魚みたいな、生気のない目をしていて、笑顔なんて呼べるものは見せたことがなかった。どこか他人を寄せ付けない雰囲気があった。密度が高くて息が詰まるような空間は、しかばねのような子供が集まることで、さらに息苦しく感じられた。


 いつからか家を出る時刻が迫ると腹痛と吐き気に襲われるようになった。「行きたくない。麻耶はお家にいたい」。堪りかねてお母さんに泣きついたことがある。でも、お母さんの答えは麻耶が期待したものではなかった。「もう少し大きくなったらね。今は我慢して」。お母さんが麻耶のことを心配してくれているのはわかったけれど、幼い麻耶には、やりきれない思いを上手く処理することはできなかったの。


 つづく

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