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 しばらく私と女の子は連れ立って歩いた。30センチぐらい間を空けて。会話はなく、こっちからどう話してもいいのかわからなかった。女の子のほうもそうなんだろう。ただ、私は不思議と居心地がよかった。変な焦燥感が全然湧いてこないのだ。

 しかし、いつまでもこうしてられない。改札を通ったところで女の子と向き直った。


「その、ありがとうございました」


 頭を下げる。こんななりの私ではあるが、小心者で気が小さいので慣れていない人には対しては敬語である。こんなワルそうなギャルといっしょに歩いてても好奇の目に晒されるだけだ。平凡な女の子の日常に、これ以上異分子であるギャルが入り込むのは忍びない。ここで別れたほうがいいと思ったのだ。


「いえいえ。気にしないでください。私のほうこそ、あの、いきなり抱き着いたりなんかしてすみませんでした」


 最後は消え入りそうな声でしかも頬を赤く染めた。すごくかわいい……!


「腕は大丈夫ですか? 結構な力で掴んでしまってましたけど」

「大丈夫ですよ。湿布貼って寝てしまえば治ります」


 にっこりと微笑む。健気けなげけがれなき笑顔だ。本当はいろいろと話したいところだけど、別れはサッパリスッパリがうちでの家訓だ。


「それじゃ、私はこれで」

「はい、あの……また会えたらいいですね」

「あ、は、はい」


 とっさに気の利いた言葉が返せず、気恥ずかしくなってきびすを返す。なんてコミュニケーション能力に長けてない女なんだ。

 小さくため息をつきながら徐々に歩くスピードを上げる。もう今日のことは頭の片隅に置いておこう。私には行くところがあるのだ。




 駅を出て少し歩いた所に本屋さんがある。もともとそこに寄る予定だった。

 今日発売するライトノベル『中学を卒業してカツオの1本釣り歴3年の俺が、異世界に転生してしかもTSもして漁師を束ねるようです』の5巻が発売されるのだ。

 内容とタイトルはぶっ飛んでいるけど、ストーリーは骨太で、笑いあり涙あり修行あり挫折ありの大好きな要素が4つも入ってる。

 流行りの魔法やチートはほとんど出てこない。でも、主要キャラの大半が男ないしオスだから、ある意味ハーレムものに入るのかもしれない。

 やっぱり、エリックがいいんだよねぇ。細マッチョで普段はクールで暗闇ないし、オバケ恐いよ助けてよキャラは鉄板だよ。もうね、2親等か3親等以内にいてくださいお願いします! 大好物なんです!

 頭の中で妄想が広がる。人には言えない見せられない。脳内お花畑の状態で本に手を伸ばす。


「あっ」


 誰かも同じ本を取ろうとしたらしく手が軽く触れ、声も重なった。目と目が合う。さっきの子だ!


「ぐ、偶然ですね」

「そうですね」


 女の子も驚いていたが、すぐに柔らかい表情となる。試しに聞いてみよう。


「あなたもこの作品が好きなんですか?」

「はいっ。主人公に感情移入しながら読んでます」

「キャラクターは誰が好きですか?」

「欲を言えばみんな大好きなんですが、中でもエリックが大好きです。ふだんとのギャップがもう、守ってあげたくなります」

「わ、私もエリックが大好きです」


 同士だ。同士がいた! しかも同じエリック好きだ!

 私は女の子の手を握っていた。喜びで頭がどうにかなっちゃいそう。飛び跳ねて感情を表現したいけど、ここは本屋。そうここは本屋。本屋本屋本屋……。


「カツオ漁師が大好きなんですね」


 カツオ漁師とは『中学を卒業してカツオの1本釣り歴3年の俺が、異世界に転生してしかもTSもして漁師を束ねるようです』の略称である。知らない人が聞いたら、首をかしげること間違いないだろうけど。


「めちゃくちゃ大好きなんですっ。既刊も何度読んだことか」


 声の音量を最大限に落とす。まだ少し大きいかもしれないけど、これ以上はムリだね。


「あの、もしよければ喫茶店でお話しませんか。行きつけで個室の店を知っているんです」

「行きますっ」


 一も二もなく私は賛成した。

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