先生とわたしのお弁当 今日はごはんを食べるだけ

田代裕彦

今日はごはんを食べるだけ



 何かなー、なにかなー。

 今日のお弁当はなーにっかな~。


 なんて鼻歌を歌ってしまいたくなるほど楽しみなお弁当の時間。


 さあ、今日のお弁当は何だ!

 じゃじゃん! とか、心の中で効果音を唱えつつ、お弁当箱のふたを開ける。


 しかし。


「……あれ?」


 と思わずわたしの口からは呟きが漏れてしまった。


 お弁当箱の中には、少し大きなサイズのお弁当カップがみっつ。それぞれのカップに色とりどりのおかずが入っている。

 それだけでお弁当箱の中は埋まっていて、他には何もなかった。


 わたしの困惑の理由がわかってもらえるだろうか。


 つまり、見当たらなかったのだ、主食が。

 ご飯だったりパンだったり麺だったりするメインの炭水化物が、ということだ。


 まさか忘れた?


 小匣こばこ先生の性格からしてそんなわけないと思うのだけど、ロボとかあだ名されてても一応人間だし、忘れることもあるのかもしれない。


 うーん……残念だけど、おかずはあるのだし、文句ばかり言っていても仕方ない。

 

 とか思っていたのだけど、よくよくお弁当箱の中を見ると何かおかしい。

 あれ? まさかこれって……。


 恐る恐るお弁当箱の中のお弁当カップをひとつ手にとってみる。


 わたしが手にしったお弁当カップは、紙やプラ、シリコンでできたものではなかった。

 それは茶色く色づいていて、ざらっとした手触り。

 端っこをつまんで力を込めると、サクっといい音を立てながら欠けた。


 うわっ、やっぱりそうだ!


 欠けた端っこを咥えてみると、わたしの口の中に広がったのは紛うことなきパンの味。


 ホットサンドやワッフルを作る時のように、二枚のプレートで上下から挟み込んで形を作るタイプのホットプレートがある。それのカップ型用のもの(ケーキカップメーカーなどの名称で市販されている)で、パンを焼いて形を作っているのだ。


 そう。

 つまりこれは……食べられるお弁当カップ!


 なるほど、カップ自体が炭水化物だから主食がなかったのか。

 いや、カップ自体が主食というわけだ。


 うーん、凝ってるなあ。

 常々思うのだけど、朝の忙しい時間によくもまあこんな凝ったお弁当を作れるよな。正直、感心を通り越して少し呆れてしまう。

 まあ、その恩恵を誰よりも受けているのは他でもないこのわたしなので、そんなこと口が裂けても言えない。

 その代わりにわたしが言うのは、もちろんこの言葉。


「いただきます」


 改めて手を合わせて、カップをひとつつまみ上げる。

 カップの中にはレタスが敷かれ、その上に細かく刻んだゆで玉子とツナをマヨネーズで和えたものと、やはり細かく刻まれているベーコンとトマトが載っている。


 カップ自体がパンだとわかると、なるほどと思う。

 これは、サンドイッチ風ということなのだ。


 うん、おいしい。


 サンドイッチだと思うと定番中の定番の具材だが、そのぶん安心感がある。

 ベーコン、ツナ、マヨネーズとどれも油が多く濃厚なうまみ。

 ちょっとくどくなりそうかなというところに、トマトの爽やかな酸味が広がり口の中を落ち着かせてくれる。

 そして、玉子の甘味。


 おっ?


 ちょっと食べ進んだところで、ぴりっとした酸っぱさが口の中に伝わってきた。


 底のほうに少しだけみじん切りにしたピクルスが入っていたのだ。

 これもやっぱりサンドイッチといえば定番。ありきたりと言えばありきたり。

 しかし、ありきたりなものには意味がある。

 ピクルスの酸味で口の中がリセットされて、再び新鮮な気持ちでサンドイッチカップを食べ進められるというわけだ。


 ぺろりとひとつめのカップを食べ終えてしまった。


 さて、ふたつめはと言えば、食べずともわかる。

 お弁当箱のふたを開けた時から、食欲をそそる香りが漂ってきていたのだ。


 ふたつめのカップに入っているのは、カレーだった。

 パンでできたカップから漏れないように、水気の多いカレーではなく、いわゆるドライカレー。

 豚ひき肉、玉ねぎ、にんじん、ピーマン、ナス。ぜんぶ細かく刻まれて、カレー粉で味をつけている。加えて、グリーンピースとレーズンも顔を覗かせていた。


 ああもうー、困るわー、こんなのおいしいに決まってるじゃん。

 ついニヤニヤしてしまいながら、カレーの入ったカップを口へと運ぶ。


 んんっ、からっうまっ。


 香辛料の風味が鼻に抜ける。

 少し香辛料が多めのようで、舌の先がカッカしてくる。

 もちろん、ただ辛いだけじゃなく、そのぶん具材の甘さが引き立っているのがさすがだ。


 あー辛い。でも甘い。とにかくうまい。はふはふ。


 二個めもあっさり平らげて、残りはひとつ。

 最後のひとつは、前のふたつとはちょっと趣向が違っている。


 カップの上にこんもりと載せられていたのは、色とりどりのフルーツ。

 そう。

 今までのが〈ごはん〉だとするのなら、これは〈デザート〉!


 シロップ漬けの白桃やみかん、パイン。それからキウイとブルーベリー。

 カップ状の生地の上にフルーツが盛られているとなると、やっぱり思い出すのはタルトだ。


タルトならフォークでちまちま食べるところだけど、なんとなくこれはかぶりつくもののような気がした。


 わっ、おーいしーいっ。


 ガブリといくと、中から甘いカスタードクリームがむにゅっと飛び出してきた。

 見た目からタルト的な味をつい想像してしまったけれど、どちらかと言えばフルーツサンドに近い。

 パンで出来たカップは、タルト生地と違って砂糖や卵を使っていないぶん、味が淡泊。それに甘さ控えめのカスタードクリーム(たぶん手作り!)と相まって、フルーツの甘味が引き立つ引き立つ。


 小匣先生のお弁当は、あんまりデザートには気を遣ってないというか、フルーツが一種類か二種類入っている程度だ。

 まあ、お昼だし、それでも充分っちゃあ充分なんだけど、甘いものがあるのは嬉しい。

 食後に甘いものを食べると、「食べ終わった」感じが強いのだ。


 ああ、おいしかった……。

今日は最初にちょっとがっかりしかけたぶん、逆にいつもより満足しちゃったかもしれない。


「ごちそうさまでした」


 明日のお弁当も楽しみだなー。

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