ちょっと仰ってる意味がわかりません
「ブレーキを踏めば良いのですね?」
「はい!あっ、あそこの駐車場に車動かしますね、ちょっと待っててください」
困り顔さんは、そう言うと車に乗り込み、少し前進させ、斜め後ろにあった病院前の駐車場に車を移動させたのでございました。え?え?普通に動いておりますよ?おかしな音がするわけでもなく、ピッカピカのトヨタのセルシオ漆黒なのにピッカピカ輝きを放っております。街灯も病院の看板も映り込んでピッカピカしております。困り顔さんが大そう車好きである事をその磨き上げられたセルシオが語っておりました。
「車、、動いてますよね?」
「はい、今は何とか大丈夫なんですが」
「どこが悪いんです??」
「あの、ブレーキの調子が悪いんですよ」
ブレーキ??それは大変でこまざいます!が、、、車は動いております。何ら異常があるようには思えません。
「ご自分で直せるんですか??業者さん呼んだらどうです?」
「はい。ちょっと自分でいじってる所なんで、抜けそうになってる箇所締めれば大丈夫だと思うんです。今、車屋の友達に聞いたんですけど、すぐには来れないって言うんで、本当にすぐ終わるんで、手伝ってもらえませんか?」
「ブレーキを自分でいじって大丈夫なんですか?」
「ブレーキのランプをゴニョゴニョゴニョゴニョ…(専門用語??全く意味がわかりません)を自分で取り付けたんですが緩んできてて、締め直せばいけるんで!お願いします、ほんと、ブレーキ踏んでくれてるだけでいいので」
「……はぁ…。」
釈然としないのですけれども、最終的には困り顔に負けてしまうのでした…。それは、それでお得なお顔なのかもしれませんね…。
困り顔さんが、病院の駐車場に停めたピッカピカのセルシオのドアを開けました。車内は黒い革張りのシート、良さげなオーディオ、余計なものは何一つない空間。ゴミも埃も見当たりません。相当な車好きに違いありません。そんな確信を持ちつつ、この困り顔さんのお願いをとっとと叶えてさしあげ、家に帰りたい私はとっとと車に乗り込みブレーキを踏もうと思いました。開いたドアを手で押さえながらシートに座ろうとした時
「ちょっと待ってください!」
「はい?ブレーキ踏めばいいんですよね??」
「はい、ちょっと待ってください」
といいつつ、ヨレヨレTシャツの上に羽織ってらっしゃる黒のウインドブレーカーを徐に脱ぎ始めたではございませんか!そして、脱いだウインドブレーカーをパンと広げると、座席の下のマットの上に広げてたのでございました。私は思いました。この方は相当な車好き、故に他人が土足で乗り込む事を阻止する為に自身のウインドブレーカーをこの様にマットの上に広げたに違いありません!このセルシオは土足禁止なのです!なるほど。なるほど。この困り顔さんの行動理由を推理し納得した刹那、困り顔さんは私の予想の斜め上を行く、いえ全く予想だにしない行動に出たのです。
困り顔さんはサイドステップに腰掛けると運転席の足元のマットの上に広げたウインドブレーカーの上に背を乗せ寝転がったのでございます。体の3分の2は車外に出ております。未だかつて見たことのない車の乗り方でございました…。呆気に取られる私を他所にモゾモゾとポジションを整えるとハンドルの下から私をみつつ
「お願いします!」
とやたら爽やかにおっしゃったのでした…。
お願いされましても、、、この状況でブレーキを踏めと??私はてっきり、車体の下、もしくはボンネットを開けて作業するのだと思っておりましたが??
「お願いします!!大丈夫なんで!」
大丈夫?私は大丈夫なのでしょうか?私はその日、マキシム丈のスカートにそこそこ厚底のサンダルという装いでございました故、しばし戸惑っておりますと
「大丈夫です!」
何が大丈夫なのかわかりませんが、乗り掛かった船、女に二言はございません!やると言ったからには最後までやります!何故か謎の使命感なのか負けん気なのかが湧いてきてしまい、ええーいっ!とシートに腰掛けました。この暗さで何が見えるわけでもありません。見られた所で大した事でもございません。ブレーキを踏むだけの事です。
「お願いします。ブレーキはここです」
ハンドルの下、足元を照らすLEDで所々困り顔さんの顔が見えましたが、ほぼ闇です。私、免許は持っておりますし、運転もいたします。当然言われなくてもブレーキの場所くらいわかります。が、しかし、でございます、ブレーキの手前に困り顔があるのです。どうやって踏めと??
「大丈夫です!どうぞ!」
大丈夫とおっしゃってる事ですし、左足をブレーキに近づけてようとして(右足は車外に出したままでございます)ハタと気付いてしまったのです。厚底のサンダルがこの方の顔を踏みつけてしまう事に。。
「サンダルで踏んでしまいそうなんで、無理でございます」
「大丈夫です。気にしないでください」
またまた、爽やかなお返事…。人として、他人様のお顔をサンダルで踏んでしまってよいのでしょうか…
「大丈夫ですから!」
…そこまでおっしゃっるならば、、と、ブレーキを踏もうとしたのでございますが、ブレーキペダルは困り顔さんの顔の向こうにあります。しかも、厚底が邪魔をしてハンドル下のカバーと困り顔さんの隙間に入りそうに無いのです。無理をしたならば入ったかもしれません。ですけれども、どうしても他人さまの顔をサンダルで踏みつけると言う行為ができなかったのでございます。
「大丈夫です!本当に気にしないでください」
ハンドルの下から困り顔さんの声が聞がします…
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