妖怪現る

BARからのいつもの帰り道、霧雨の中、小さな折りたたみ傘をクルクル回しながらの千鳥足。

スマホを眺めながら、てくてく、てくてく、

※歩きスマホはいけません!!

そうして歩いておりましたら、目線に車のヘッドライトが差し込んで参りました。なんとなくその車に違和感を感じておりました(こういう場合の第一印象というものは大事にせねばなりません!!それは、どなたか守ってくれている方のお告げなのです!)その車は私が歩いている歩道ギリギリに幅寄せすると停車したのでございました。

乙女の端くれたる私に酔いが覚めるような緊張感が走りました。この状況…実に嫌な予感がムンムンでございます。車から降りてくる人影が見えましたが、見てはいけない気がしましたので、視線をスマホに落としつつ、引き返すことも頭をよぎりました。ですけれども滅多なこともありますまいと真っ直ぐ家の方向に歩くことに致しました。車まで10メートルほどになったところで、車の持ち主らしき人物がスマホで話しながら


「あ〜ダメかぁ、こんな時間やしなぁ〜、まいったなぁ〜。そうかぁ〜まぁ、大丈夫やと思うけど〜〜 うん うん あ、ちょっと待って、人が来たらか頼んでみるわ!うん、あぁ」


人?前方、人影なし!後方、なし!左右、建物!!人、それは私の事でございましょうか??


「あの、すみません、ちょっと手伝ってもらえますか??」


私は聞こえないフリをいたしました。


「すみません、すみません、ちょっとだけお願いします。すぐ終わります」


あまりにも必死におっしゃるので思わず顔を上げると、そこには八の字眉毛に小さく細い垂れた目、やたらと綺麗に揃った前歯を隠しきれない薄い唇、肉付きのない鼻、それはもう貧相な困り顔の(世の中の困り事を一手に引き受けている様な困り顔でございました。困り顔コンテストがあったならば間違いなく5年連続優勝したのち、殿堂入りするくらいの困り顔でございます)50代前半と思しき男性でございました。くすんだ橙色のTシャツの首元がヨレヨレしているのがとても気になりました…


「すぐ済みますので、ちょっとだけ手伝ってくれませんか?」


と私に言うのです。この世の困り事を一手に引き受けている様な困り顔の方が目の前で本当に困っているのです。


困った人がいたら助けてあげなさい。


先生方は幼い私にそう言いました。私はできうる限りそのように致してまいりました。


もし、目の前に困っている人がいたら助けてさしあげる。それは至極当然な事でございました。


「何をしたらよいのですか?」


「車が故障しまして、ブレーキを、踏んでいてくれるだけでいいんです。すぐ終わります」


故障??ブレーキを踏むだけ…何故?質問を口にするより先に


「お願いします!!」


困り顔さんが畳み掛けるように懇願されます。


「…はい…。私に出来ることなら…」


困り顔さんの困った顔に笑みが浮かびました。それでもやはり、困った顔の笑みでしたが。車の故障をこんな真夜中に人に頼むものでしょうか??しかも私に??どこが壊れたのです??次々出てくる疑問をどのようにまとめて質問すれば良いのか考える私の前で


「あーもしもし、手伝ってくれはるって!やって見るわ!!うん、うん、ありがとう!!」


困り顔さんはスマホの相手にそう言うと、通話を終えたのでございました。


「ほんま、こんな時間にすんません」


究極の困り顔が私を見ながら言いました。






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