休日
その妖怪に出会いましたのは、9月の半ば、残暑も和らぎ過ごしやすくなった夜半のことにございました。
その日はあいにくの雨模様でした。休日だった私は特に予定もございませんでしたので、二度寝、三度寝しました後に、洗濯、掃除としながらまったりとした午後を過ごし、雨の合間に近くのスーパーで食材を買い込みまして、翌日からのお弁当の常備菜を、数品作ったりしておりますとあっと言う間に日暮れとなってしまいました。
特に興味もないバラエティ番組を見ながら、簡単な晩ご飯を食べていると携帯が鳴りました。手に取りますと、上司からでございました。
「おつかれ。メシ食ったか?」
「今、食べておりますよ」
「俺、今から帰るし、飲みに行くか?」
「いいですよ。では、のちほど」
この上司とは一回り以上歳が離れておりますが、知り合って20年ほど経つので、半ば友達のような関係でございました。(失礼な部下かしらん?)その頃、お互いの住まいも近いという事もあり、頻繁に飲みにいっておりました。
自宅の最寄駅近くの品の良いご婦人が経営するbarで飲むのが常で、小雨の降る中その店に向かったのでございました。
「こんばんわ」
店の引き戸をカラカラと開けると、ママがひょいと顔を出しました。
「あら、いらっしゃい。1人?」
「後で、社長来ますよ」
「そう。ビールでいい?」
「はい。お願いします」
ゆったりとした所作でグラスを取り、サーバーからビールを注ぐ姿を見ながら、カウンターの端に陣取り寝ている、キジトラ猫の耳を撫でておりました。
猫は私を一瞥し、暫し見つめ合った後、横になったまま手足を伸ばし、欠伸をして、また丸くなって目を閉じたのでございます。実に猫らしい猫でございます。
「はい、どーぞ。お疲れさま」
「ありがとぉございます」
目の前に置かれたビールに口をつける至福の時。このほろ苦い黄金色の液体。唇にふわりと触れる白い泡、しゅわしゅわと喉で弾ける泡、「ぷはーーーーっっ!!」
「美味しそうに飲むなぁ」
ママに相変わらずな恋愛話を聞いてもらい、手作りの美味しい煮物を頂き、たまに眠る猫を撫でたりしていると引き戸を開けて上司が現れました。
「あら、社長!いらっしゃい」
「おつかれ!」
「おつかれさまです」
「ビールでいい?」
「ん」
と、毎度の会話が交わされ、派遣先の愚痴など聞いてもらい、楽しいお酒を飲んでおりますとあっという間に時計の針はテッペン間近。シンデレラは帰らねばなりませぬ。
「お先に失礼します」
「そしたら、タクシー呼んでくれるか?」
「はい、はい。てのちゃん気をつけて帰ってね」
「ありがとうございます。また参ります。社長!ご馳走さまでした」
「ん」
カウンターの隅で眠る猫の頭を撫で(怪訝な顔をされましたが)いつもの様にご機嫌な足取りで店を出たのでございました。
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