第29話 皆のために

 城下の一角に、叫び声が響いた。その声を聞いた隅田が殿を呼ぶ。

「殿!」

殿は、まだ寝ていた。

「殿!」

隅田は急いで殿を起こす。

「何かあったのですか?」

先に起きたのは、はなであった。

「大変なのです」

はなも殿を起こすのを手伝う。

「殿!」

殿は、寝ぼけたまま体を起こす。

「なーにー?」

「穴から……水が……」

殿は、その一言に目を覚ました。

「出た?」

「出ました」

殿は飛び起き、城下へ向かう。


 そこには、広和殿家臣が集まっていた。

「どれどれ?」

穴の一番深いところに水がたまっていた。殿は、そこまで降りていく。

 穴を掘っていた家臣が言う。

「驚いたことに、温かいのにございます」

殿は、その水を触ってみた。

「やっぱり」

殿には、考えがあるようであった。

「やったー!」

殿が、突然両手をあげ歓声をあげる。その様子をみて、家臣たちも歓声をあげた。

「温泉出たぞー!」

「おーっ!」

「よーし、俺もやるぞ。石で囲って箱を作ろう。その箱に、これを溜める」

家臣たちは、どういったものが出来上がるのかはわからないが、殿の言うとおり石を穴に合わせるように箱を作った。もちろん、殿もその箱作りを進んで行う。


 殿の、何か嬉しいことが起こるかのような笑みを見ながら、家臣たちは噂する。

「何が出来上がるのか、楽しみだな」

「殿があれほど張り切っておる。これは、まこと面白いものなのであろう」


 城下の一角、店6つほどの大きな穴への石積み。民たちも、その様子が気になっていた。

「今度は何をする気なのだろうか、広和殿は」

「さあ。しかし、楽しそうだな」

炎天下の中での作業に、皆汗をかきつつも、表情は豊かであった。それは、広和殿が率先してその作業に取り組んでいることと、その明るい姿勢が皆のやる気を掻き出しているからである。

「殿」

ある民が広和殿に呼びかけた。

「わしにも何か出来ないだろか」

またある民も言った。

「力には自信があります。石を運ぶのを手伝ってもよいでしょうか」

殿は、ひとつ汗を拭き、皆に言った。

「みんな、みんなでひとつのものを作ろう。今作っているのは、みんなのためになるものだから」

しかし、家臣たちは首をかしげた。

「皆のためになる?」

「皆というのは、我々も、民も皆ということか?」

手がとまる家臣たちに、殿は気づいた。

「どうしたの?みんなで力を合わせて頑張ろうよ」

うつむいた家臣熱海に訊く。

「熱海君?どうしたの?」

「殿。私は、殿のために、結城のために、穴を掘って参りました」

「うん」

「殿は、民のため、民のためとよくおっしゃいます。今作っているこれは、民のためのものなのでしょうか」

「民のためでもあるし、みんなのためのものだよ」

「……」

「どうしたの?」

「いえ……」

熱海は、言葉をつまらせた。ほかの家臣も何か言いたげであったが、皆黙っていた。息がつまるような空気に、殿は一声かけた。

「休憩、しようか」


 殿は、隅田と原とつかまえ、先ほどの皆の様子について伺った。

「俺、おかしい?」

「いえ、いつも通りであります。熱海が何にひっかかっておるのか……」


 石の箱が気になって集まってきた民を加え、作業が再開された。熱海たちも、休憩前とは心を入れ替え作業に勤しんでいた。


 日が暮れ、そこには殿と熱海がいるだけになった。

「あとは仕上げだ。ここにお湯をためる」

「殿、もう暗いです。屋敷に戻りましょう」

「でも、もう少しだよ」

「私も疲れ切っています。続きは日が明けてからではいかがですか?」

「……じゃあ、そうする」

屋敷に戻りながら、殿は熱海の様子を気にする。

「俺、なんか変?」

「はい?」

「みんなのために、何かするのっておかしい?」

「そのようなことは」

「俺のこと、嫌い?」

「いえ」


 居室では、はなが待っていた。

「殿、おかえりなさいませ」

はなの可愛らしい声に、殿の頬がほころぶ。

「癒されるね」

「嬉しい限りです。熱海殿との話し声が聞こえましたが、どういったお話をされていたのですか?」

「なんで?」

「殿が、弱々しいような声でしたので」

「なんかさー、また変なことしちゃったみたい。熱海君、真面目で寡黙な男でしょ。何考えてんだろ」

「熱海殿は、明るいお方ではないのですか?」

「明るい? どこが?」

「私がひとりでいると、面白う話を聞かせてくれます。広和殿のことを尊敬しており、穴を掘り進めていくと皆が喜ぶものができると張り切っておられました」

はなは、そんな熱海の明るい姿が浮かべていた。

「全然イメージ湧かない。っていうか、熱海君が、皆のためになる? なんだそれ? みたいに言ったんだよ」

「何か思うところがあるのでしょうか」

「ちゃんと話聞かないとね。特に今は、敵をつくりたくないし」

「大丈夫です。殿は、話を聞くのが上手です。心理学とやらを、習ってらしたのでしょう?」

「たぶんね。荷物に心理学の本何冊もあるって、そういうことだよね」

はなは、くすっと笑みを浮かべる。

「殿は、いつも自身に問い合わせておられますね」

「まあね」


その頃、熱海はある家臣に声を掛けられていた。

「ご覧になっておいででしたか」

「ああ」

「殿の、皆のためというお考えは尊敬しております。私も、皆のためにやることでやりがいを感じます。しかし、腑に落ちないのです。ただ、それだけです」

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