第28話 心を読む
りんが小野にも戻るとき、広和殿はりんに尋ねた。
「本当に、俺に忠告してきただけ?」
「はい。広和殿は、秀和殿が一番信頼しているお方です。それに、小野殿や飯田殿にも一目置かれております。私も、勘ですが、広和殿なら安心して結城をお任せできる。そう信じております。ですので、心揺らめく家臣に隙をつかれないよう、お知らせいたしました」
「どうしてそこまで」
「松山殿の謀反が噂されております」
「え?知ってるの?」
「はい。飯田殿から聞きました。ある国の家臣と手を組み、乗っ取りを考えているようです。」
「ある国って?」
「そこまでは。とにかくお気を付けを。松山は、結城の戦を仕切ってきた男です。松山に従う家臣は多くいます。今は、隙を見せないことが殿のお命を守る唯一の方法です。本当は殿をお守りしたいのですが、こういうことしか言えない妹で申し訳ありません」
「ありがとう。心配してくれて」
「殿。殿が思っているより、皆、殿のことが好きなのです。どうか、生きてください」
「うん」
りんは、そう言い残し、小野に戻っていった。
「殿」
話しかけてきたのは、その様子を見ていた本間である。
「本間君。りんちゃんの世話してたんだ」
「はい」
「でも、女の子の面倒って女の子がするんじゃないの?」
「りん様は、お強いので」
「強い?」
「はい。結城にやってきたとき、りん様も他の女子と同じく離れで生活しておりました。しかし、馴染めなかったようで、秀和殿に家臣にしてくれとおっしゃったのです。さすがに女子を家臣にするわけにはいかず、戦の時の救護をする役目をしておりました。そのときに私がりん様を指導をさせていただいたのです」
「そういえば、小野家で家臣の横に座ってたよ」
「そのようですね。小野殿は、女子も家臣として認めているようで、居心地がよいのだとおっしゃておりました」
そう言う本間は、悲しげな表情だった。
「本間君、りんちゃんのこと好きなんだ」
「はい」
「あっ、そうなの?」
「はい。りん様はしっかりとしておられますので」
「それよりさ、本間君。俺と松山君をふたりきりにしないでくれる?」
「それは、何故ですか?」
「本間君は、松山君のことどう思ってるの?」
「……好きにございます」
「……そうじゃなくて」
「はい?」
「いいよ」
殿は、ぶつぶつと言いながら屋敷に戻る。
「殿?」
本間は、殿についていく。
「好きな女のために俺から離れたっていうことか……」
「殿」
声をかけてきたのは、松山だった。
「体調はいかがですか?」
「うん。この通り元気」
本間が言う。
「少し、お疲れではないかと」
「なんで?」
「先ほどから小言を」
「それはね、君に対しての苦言だから」
「私が何か失礼なことを?」
何の心当たりもない素直な表情の本間を見るに、殿は松山に言う。
「本間君ね、松山君のこと好きなんだって」
殿は、居室に入り、ふすまを閉めた。
「どうしたのだ?」
松山も本間も首をかしげた。
「私が松山殿のことを好きというのが、お気に召さないのでしょうか」
「わけのわからぬ殿だ」
松山と本間は、その場を立ち去った。
居室の殿は、どうもさえない顔をしていた。はながいないさびしげな空間にひとり、夕日に照らされながらある書物を手に取り読み始めた。それは、先日秀和殿に見つかってしまった書物とは違い、均等な文字が並んだ、分厚い書物であった。
日が暮れても、殿はその書物から目を放さなかった。家臣が食事の用意をしても、いつものようにすぐに食事に手をのばすことはせず、ひたすら書を読み続けていた。はなが居室に戻るが、そのことに気づきもしなかった。邪魔にならぬようにと、立ち去ったはなのことも見ていない。
そろそろ食事が済んだ頃だと、家臣が居室を覗くが、まったく手をつけた様子がなかった。その報告が坂本にいくと、坂本が居室を訪ねてきた。
「殿」
坂本が居室を覗くと、殿が横になっていた。
「体調がよろしくないのですか?」
と言いながら、殿に近づく。
「これは……」
殿は、書物を握り締めながら、眠っていた。坂本は、その書物を手に取り、数枚目を通してみた。手から書物の感覚がなくなったことに気がついたのか、殿は目を覚ました。
「坂本君?」
「お目覚めでしょうか」
「返して。それ俺の」
「殿。これは、殿のいらっしゃった国の文字でしょうか」
「そうだよ」
「まこと、遠い国からやってこられたのですね」
「何今頃。前からそう言ってたでしょ」
「ですが、まことに異国の方であったとは」
「何で? 何者だと思ってたの?」
「清丸様かと……」
「……マジで?」
「……マジ?」
「どんだけ清丸に似てるんだよ俺」
「ところで、この書物はどういうことが書かれておるのでしょうか」
「あーこれはね、心理学の本なの」
「心理学?」
「人の心を読むために必要なもの」
「心ですか……」
「俺、ちょっと思い出したんだ。俺は、別におはなちゃんやりんちゃんに心を奪われてたわけじゃないんだよ。相手の心を読んでたんだ。なんか、そういうこと好きみたい。こういう本も持ってたわけだし、俺、心理学者だったのかな。って言っても、わかんないよね」
「心を読むというというのは、面白そうにございます」
「そう?」
「相手の心を読み、出方を伺う。素晴らしい心掛けかと」
そのとき、殿の腹がぐうと鳴った。
「殿、新しくお食事をお持ちいたします」
「新しく?」
殿は、食事が置いてあることにも気がついていなかったようだ。
「それでいいよ」
「かしこまりました」
殿は、冷めた食事に手をのばし、その後戻ってきたはなとゆっくり夜を過ごした。
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