第24話 配置転換

 広和殿の居室前。

「秀和殿!」

「入るぞ。」

「え、急に……。」

警備していた家臣の止めも気にせず、秀和殿は、広和殿の居室のふすまを開けた。


 秀和殿は、バタバタとものを片付ける広和殿に驚く。孝和殿は、秀和殿の影から顔を出し、その様子を見ていた。

「おはなちゃんといっしょじゃないのか?」

広和殿は、ひきつった顔で答える。

「おはなちゃんは、女の子たちと遊んでるんじゃない?」

「嫌われたのか?」

「そ、そんなんじゃねえし。」

「酒酔いはとれたのか?」

「はい。おかげさまで。」

広和殿は、今手にしていたものを引き出しに隠す。

「突然じゃが、親子水入らずで話をしようじゃないか。」

近くにいた家臣たちは、離れたほうがよいと思い、立ち去ろうとする。それを、広和殿が止める。

「えっ、待って、本間君。」

「はい。」

「いてよ。」

「しかし、親子水入らずのお話ですので。」

「だって、殿が集結してるんだよ。危ないじゃん。」

「しかし……。」

秀和殿は、居室前で何人か警備するよう命じた。


 ふすまが閉められ、そこにはシーンとした居心地の悪い空間が広がった。秀和殿は、居室の中をうろうろする。時には、広和殿のおかしな荷物を手に取って不思議がっていた。秀和殿は、引き出しを開けようとした。すると、広和殿は手をのばし、それを阻止する。

「音の出る機械はどれじゃ?」

「あー、それ。」

秀和殿の足元にあった。

「ここを押すのか?」

「うん。」

すると、ゆったりした音楽が流れてきた。広和殿が寝る前に聴いているバラードというものである。

「楽しげなものを。」

広和殿は、軽快な音楽を流す。

「よし。」

秀和殿は、その機械をふすまの前に置いた。

「なんでそこに置くの?」

「これから、重要な話をする。」

「あ、そうなの?だったら、人払いする?」

「いや、殿がここに集結しておる。危ないであろう。」

「それ、俺がさっき言ったよね?」

重要な話だと聞いた孝和殿は、緊張した表情をする。

「なにか、あったのですか?」

「ああ、松山のことじゃ。」

「えっ、ちょっと待って。この音楽合わなくない?止めていい?」

「それだと、家臣に聞こえるであろう。」

秀和殿は、軽快な音楽を気にせず、松山の異変を話す。

「最近、家臣を引き連れ、刀振りを稽古しているらしいな。」

「はい。松山は、戦支度に精通している男にございます。最近というより、いつも稽古に励んでおりますが。」

「力の入りようが違くないか?」

孝和殿は、首をかしげた。

「まるで、近く戦があるような感じで臨んではいまいか?」

「そ、そんなことは。」

戸惑う孝和殿に、秀和殿は言う。

「慣れというものは怖い。これまで厳粛だった態度のお主が、民と笑うて接するようになれば、家臣はどうしたのかと心配する。お主の家臣は、これまでのお主に慣れてしまった。今のお主のもとでは、ついていきにくいであろう。」

「つまり、松山が私に謀反を起こそうとしているということにございますか?」

「そうやもしれぬ。」

責任を感じる孝和殿を見る秀和殿は、下を向いた。

「わしの責任じゃ。お主は、結城のために変わろうとしておるのじゃ。悪いなどとは言わぬ。」

「しかし、家臣の謀反は、私の責任です。」

「松山を外す。」

「え?」

「よいか?広和。」

広和殿は、軽快な音楽と正反対な会話をしている空気を受け付けられないようで、頭を抱えていた。

「外すって、追放するってこと?」

「いや、広和の家臣にする。」

「え。」

孝和殿は、広和殿に頭を下げる。

「松山は、先祖代々から結城に仕えてきた家系にございます。剣術を得意とし、戦支度にも優れており、結城としては欠かすことのできぬ男にございます。この度は、私が見落としたばかりにこういうことになってしまい、申し訳ございませぬ。どうか、松山を救ってください。」

広和殿は、秀和殿に訊く。

「なんで、俺のところに謀反人を送るわけ?」

「まだ松山が謀反人と決まったわけではない。」

「決まってるじゃん。家臣に調べさせたもん。」

「どういうことじゃ?」

「城の影で、松山君率いる孝和君の家臣が集まって、俺のこと斬るって話してたらしいよ。」

「何故広和殿を?」

「俺がきたせいで、結城が変わっちゃったからでしょ?」

「……ほう。おもしろいな。」

「どこが?いい、お父さん。今、お父さんがしているのは、俺を殺そうとしている男を

、俺に仕えさせえようとしてるんだよ。」

「そうじゃ。」

「俺が死んでもいいの?」

「嫌じゃ。」

「じゃあ、なんで俺に送るの?」

「お主は、人を変える力がある。松山にも、教えてやってはくれまいか。」

「俺には、そんなことできません。現に、田島君謀反人のままだったじゃん。」

広和殿は、田島を斬った時のことを思い出した。急に悲しげな表情をする広和殿に、秀和殿は言う。

「田島の家を片付けた家臣から、田島の遺書を預かったが、そこには、お主に仕えることができてよかったと書いておったぞ。もう少し早く、お主と出会っていればよかったと。それに、お主によって変わった者がたくさんおるであろう。家臣、民、他国、わしや孝和もじゃ。」

「広和殿、どうか、松山をお願いします。」

「でもさー。」

「松山は剣術や戦が得意じゃ。そんな男一人に、お主とその家臣はすぐ斬られるであろう。」

「は?じゃあ送るなよ。」

「家臣がひとり、お主に仕えたいと申してきた。」

「は?誰?」

「坂本じゃ。」

「坂本君?いいよ。いらないよ。怖いもん。」

「坂本が、優秀なお主を守りたいと申してきたのじゃ。わしや孝和には、力のある家臣がついておる。お主にはそのような家臣がおらぬゆえ、自分が守りたいとのことじゃ。」

「坂本君いなくなったら、お父さん大変でしょ?いいよ。」

「本人が仕えたいと申しておる以上、わしはその気持ちに応えたい。」

秀和殿と孝和殿の澄んだ眼差しに、広和殿は、覚悟を決めた。

「じゃあ、何?俺は、坂本君と松山君を受け入れればいいの?」

「そうじゃ。」

「わかったよ……。」


 軽快な音楽が、鳴り続いていた。そこに、秀和殿の清らかな一声が放たれる。

「宴をしよう。」

「は?」

「坂本と松山がお主の家臣になる。歓迎するつもりはないのか?」

「ねえよ。」


 広和殿は、ふすまを開けた。

 居室の前には、広和殿の家臣が何人か集まっていた。

「宴するんだってー。って、なんで集まってんの?」

「軽快な音が響いてましたので、何か楽しげなことがあるのかと。」

「しかし、殿。宴ですか?」

「そう。」

秀和殿が居室から出てきて、家臣に言う。

「これより、坂本と松山を広和の家臣とする。皆、よろしく頼むぞ。」

「はっ。」

「宴はここで行うとしよう。我々と、坂本と松山含む広和の家臣のみでよいじゃろ。気になることもあるしのう。」

秀和殿は、広和殿が居室に隠しているなにかが気になっていた。


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