第23話 笑う孝和殿
広和殿の居室で、はなが殿の看病をしていた。看病といっても、病にかかっているわけではないが、酒酔いで顔色の悪い殿を心配そうに見つめていた。
苦しそうな殿の声を聞くたびに、額の布を交換する。
そこに、坂本がやってきた。
「殿、お呼びでしょうか。」
坂本は、呼びにいった隅田と、広和殿の居室に入る。
「あのさ、昨日みたよね?」
とぎれとぎれの殿の声に、静かに耳を傾ける。
「松……なに君?」
「松山のことにございますか?」
「その松山君さ……大丈夫かな?」
「大丈夫といいますと?」
「不安なんだよね。……田島君みたいな。」
田島と言うのは、前に結城に謀反を起こそうと企んでいた家臣である。
「まさか……。」
隅田は、まさか孝和殿の重臣の松山が謀反など、考えれられないようだ。しかし、坂本はそうである可能性を考えていた。
「殿は、ご心配なさらずに。今は、酒を抜くことに集中してください。いつも酒を飲んだ後はこうなるのですか?」
「こんなの初めてだよ。」
「小野殿と仲が良いのは存じ上げました。しかし、節制ということも大切ですぞ。」
「楽しかったんだもーん。」
「酒で酔わせて相手の隙をつくり首をとったという噂もあるのです。これからは、十分お気をつけを。」
坂本は、去ろうとした。
「待って、坂本君。お父さんは、松山君のことなんか言ってる?」
「何も。」
坂本は、すぐに秀和殿に報告した。
「広和が、松山を疑っておる?」
「はい。」
「お主と同じような目を持っておるのだな。孝和はどうだ?」
「それが、広和殿に影響されたのか、西国との通商に力を入れておるようです。厳粛な態度の孝和殿でしたので、こちらから進んで通商に励む姿に、家臣からは不満の声もあがっております。」
「何故、通商に励むことが不満なのだ?」
「これまでは待つ姿勢だったのが、こちらから積極的に動いておるからです。どっしりと構えることこそが結城の威厳でありましたので、頭を下げに伺うのが受けれられぬのでしょう。」
「孝和の家臣は、戦上手の集まりでもあるからな。ん?もしや、松山も不満も抱いておるのか?」
「はい。孝和殿が国づくりに手を出し、戦支度については後回しのようです。」
「家臣からの不満と、戦支度の後回し。それでは困るな。」
「はい。秀和殿から忠告を。」
孝和殿は、速水に行っていた。
「これが、この前の野菜か。」
「そうだ。買う気になったか?」
孝和殿は、大きな野菜が育つ畑を見て、笑っていた。
「いや、見にきただけだ。しかし、立派な野菜だ。結城でも、このように大きな野菜が育てばいいのだが。」
孝和殿は、自ら畑に入っていく。
「汚れますぞ。」
そんな松山の注意を無視し、孝和殿は野菜を手に取った。
「みずみずしいなー。」
「そうであろう?よくわからんが、この地は土がいいそうだ。広和殿が言っておったぞ。」
「広和殿が?速水にきたのか?」
「ああ。散歩にきて、なんかの種を撒いていきおった。」
「種?なんの種か、訊いておくとしよう。」
愛想のよい孝和殿に、民が殿の持っていた野菜を持ち帰るよう勧めた。
「本当か?これ、高いのであろう?」
「よいよい。広和殿に礼を言っておいてくれ。橋本でよく売れるのじゃ。」
「ああ。ありがたくいただくぞ。」
孝和殿は、畑から上がってきた。
「これ、もらったぞ。」
「それは、よかったですな……。」
喜んでいる孝和殿は、まるで広和殿のうつけが移ったかのようであった。
松山は、民と会話する孝和殿を、不快に感じていた。
結城に帰る道中で、孝和殿に尋ねる。
「殿は、何故民と話すようになったのですか?」
「民の声を聞かねば、国づくりができぬからだ。」
「広和殿の真似をしておるのでしたら、私は反対です。それでは、民になめられます。」
「しかし、父上が言ったのだ。悩んだときには、広和殿を見よと。」
「見て、こうなるなとおっしゃりたかったのではないですか?広和殿のやっていることは、民の人気取りです。結城のためになるかはどうか。」
「民が喜べば、いずれ結城を潤すことになるのでないか?実際、東谷村に小屋を建て、民の結集力をあげたことで、作物の取れ高が多くなったそうではないか。」
「それは、たまたまでしょう。」
「お主は、広和殿が嫌いなのか?」
松山は、眉間にしわをよせた。
「いいえ。」
広和殿は、ボーっとしていた。
「おはなちゃん。」
「はい?」
広和殿は、はなを自らの上に倒した。
「殿。」
「いっしょに寝よう。」
「何を言っておるのですか。まだ昼にございます。それに、酒がまだ抜けておりませぬ。」
「もう大丈夫だよー。」
「いけませぬ。」
はなは、居室から出て行った。
「どこ行くのー?」
「はなは離れにおります。夜までお休みください。」
殿は、口を膨らませ、子どものように駄々をこねた。
「おはなちゃーん。」
はなは、酒が抜けるまで戻らぬと決めていた。それは、酒に酔わせて首をとったという話を聞いたからである。自分がいては、気を遣って眠ろうとしない殿を休ませるため、家臣に任せたのである。
「孝和殿、結城に戻られました。野菜のようなものを持っております。」
それは、高台の番からの報告である。
「しかし、早いのう。」
秀和殿は、高台からの報告の早さを評価していた。
孝和殿が城に着くと、秀和殿がそれを出迎えた。
「孝和、親子水入らずで、話さぬか。」
「はい。」
親子水入らずと聞けば、家臣はついてこない。ふたりは、広和殿の屋敷に向かった。
「野菜を持ってきたようじゃが。」
「はい。速水の土はよい土ということで、大きな野菜がたくさんありました。野菜の作り方なんかを訊くと、楽しそうに作り方を教えてくれました。それで、土産にとあの野菜をもらいました。」
孝和殿は、楽しそうに出来事を話した。
「ほう。お主が笑うとるとは、わしは嬉しいぞ。」
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