第22話 漂う謀反
小野との同盟を結ぶにあたり、猶予期間の満了日がきた。広和殿一行は、養女りんが待つ小野家へ向かっていた。
「りんちゃんって、どういう人なの?」
広和殿は、りんには一度も会ったことがなかった。同行した坂本が言う。
「りん様も殿と同じように、突然姿を現したのにございます。」
「空から降ってきたの?」
「いえ。りん様は、傷だらけで戦のときに本陣に乗り込んできたのにございます。」
「それ、敵じゃないの?」
「敵であれば、殿に刀を向けるでしょうに。刀は持っていませんでしたし、女子ですからね。」
「女子の敵もいるでしょ?」
「まあ、間者でしたらあり得る話ですが、さすがに戦にはいないかと。」
「で、養女にしたわけだ。」
「はい。あっ、広和殿のように変な身なりでした。」
「着物じゃなかったってこと?」
「はい。」
「それ、俺や小野さんといっしょじゃない?」
「殿と、小野殿といっしょ?どういうことにございますか?」
「まさかね……。っていうか、なんで坂本君がいるの?」
それは、秀和殿からの命であった。正式な同盟は、双方にとって大事な取り交わしとなる。
「広和殿が困ったときに助言をするよう、同行しております。」
広和殿は隅田に言う。
「なんかやりにくいよね。」
「我々も、気を遣います。」
一行が小野家に着いた。
広間に案内されると、驚いたことに、りん様は重臣のひとりとして座っていた。そのことについて、小野殿から話があった。
「あの、りんちゃんなんですけど、優秀なんで、身分としては、家臣にしてます。が、飯田君の妻です。」
広和殿は、初めて見るりんに心を奪われていた。
「あー、いいんじゃない?りんちゃん、小野家はどう?」
「はい。」
りんは、広和殿に猶予期間での小野での生活について詳細に話す。
「暴力もありませんし、けがもしておりません。」
「っていうことであれば、正式に同盟と、りんちゃんの祝言を。」
「わかりました。」
小野殿は、りん様や広和殿を疑いもなく受けいれてくれた。
その夜、小野家で宴が開かれた。
ふたりの殿は、酒を交わしながら、楽しげに話しているようだった。
「それで?」
「おはなちゃんと結婚したの。」
「へえー。可愛いんですか?」
「それが、超可愛いの。もう、ほっぺたがぷるるんってしてさ、つるっつるなんだよね。」
そんな会話を、隅田と飯田が笑って聞いていた。
「そうそう。この前なんてさ、隅田君がすっごい恥ずかしところに入ってくるんだよ。」
隅田は、慌ててその話に入る。
「あれは、その、どんっという音がしましたので。」
それは、広和殿の居室の前で、隅田が寝ずの番をしていたときであった。
「おはなちゃん。」
「殿。」
と言う楽しげな声とともに、どんという人が倒れたような音が聞こえた。隅田は、何事かと思い、居室のふすまを開けた。するとそこには、殿がはなの着物の帯に巻きつかれながら、すっ転んでいた。
「殿……?」
殿は、その光景を思い出しながら、嬉し恥ずかしそうに小野殿に話す。
「ほら。女の子の着物の帯をさ、くるくるするのって、男のロマンじゃん。一度やってみたかったんだよ。だから、おはなちゃんの帯をくるくるして遊んでたの。そしたら俺、その帯で自分もくるくるしたくなったんだよね。で、目が回ってすっ転んだところを隅田君に見られたの。」
「ハハハハハ!」
それはもう、大笑いであった。小野殿は、手を叩きながら楽しんでいた。
「恥ずかしー。」
「隅田君さ、ボーっと俺を見るんだよ。なんか言ってほしかったよ。」
「いや、何が起きているのか、理解に時間がかかりました。」
「そりゃあそうだよね。自分もくるくるは、ふつうしないから。」
「なんか、くるくるしたい衝動に駆られたんだよね。」
そう話すふたりの殿は、友達のようであった。
「殿。」
りんが広和殿に話しかけた。
「りんちゃん。飯田君はどう?」
りんは、笑顔でいい人だと話す。
「仲良くやってる?」
「はい。」
小野殿が、その会話に入る。
「飯田君は帯をくるくるしないから、してほしいときは言うといいよ。」
「帯をくるくる?飯田殿は広和殿と違って真面目ですからー。」
「なにそれー?俺だって真面目だよ。たまにおかしいだけで。ね?」
と言われた隅田は、少し頷いた。仏像面の坂本にも、
「ね?」
と訊いた。坂本は反応しなかった。
「なんだよー。本当に仏像なんだから。」
「うちの家臣にも仏像がいっぱいいるよ。あれとかあれとか。」
小野殿が指を差すあたりに、宴を楽しんでない家臣がいた。
「本当だー。」
坂本は、どの家臣よりも身辺を気にしていた。それは、小野が鉄砲を買い占めたという話があるからであった。
この広間の中に刀を抜く者はいなくても、遠くから鉄砲で狙っているということもあり得ることだ。小野を出るまで、出てからも注意を欠かさぬよう、家臣に呼びかけた。
翌日、小野を出た広和殿は、眠そうであった。
「酔いが抜けませぬか?」
広和殿は、大きな欠伸をする。
「あれから何気に仕事したからね。」
「仕事?寝たのではないですか?」
「飯田君がいまいちよくわからない人だから、ちょっと飯田くん家を覗き見してた。」
「なんということを。」
「ダメ?」
「心配するお気持ちはわかりますが、相手国の家臣の家の覗き見は、いかがなものかと。」
「だって心配なんだもーん。」
結城に帰ると、孝和殿の家臣松山が刀振りをしていた。その姿は、今にもこちらにかかってきそうな恐ろしい雰囲気を漂わせていた。
松山は、広和殿の帰りに気づき、頭を下げた。
「広和殿。少し頬が赤いような。」
「酒に酔われておるようだ。
「そうですか。」
坂本は、松山に違和感を感じた。
「松山。何かあったか?」
「いえ。何も。」
松山は刀振りを続けた。
坂本は、秀和殿に小野との正式な同盟を無事交わしたことを伝えた。
「広和の様子がおかしいと、高台の番が言っておったが。」
「酒が抜けていないようです。また、りん様の夫の飯田殿を夜中に見張っていたようで、疲れが出ているのかと。」
「その飯田という奴は、小野殿の信頼する人物なのであろう?何故、見張る必要がある?」
「それは、私にはなんとも。」
「まあよいか。広和に任せよう。」
秀和殿は、なにか言いかけている坂本に尋ねた。
「他になにかあるのか?」
「その、松山の様子が……。」
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