第21話 相談相手
その日は、城が騒がしかった。速水という国の民が、結城に押し寄せてきていたのである。速水の担当は、孝和殿。興奮する民の話を、ひとつひとつ聞いていた。
「それで、野菜を売りたいということですか?」
「違うよ。野菜を買ってほしいのじゃ。」
「そうだそうだ。こっちは遠くから野菜を持ってきのじゃ。買ってくれないと困る。」
「しかし、その野菜は結城でも売っておるのだ。」
「だからなんじゃ?」
「同じ野菜で結城の方が安ければ、結城の方を買いますということです。」
「同じ野菜でも味が違うわ。」
「そうだそうだー。」
民の気強さに、孝和殿は圧倒されていた。
その騒ぎは広和殿の屋敷まで響いていた。
「なにかあったの?」
「速水の農民が、野菜を結城で買ってほしいと持ってきたのです。」
「速水って、この前、孝和君が同盟を結びに行った国だよね?」
「その通りです。」
「じゃあ、買えばいいんじゃないの?」
「え?」
広和殿は、孝和殿の屋敷に行き、その農民たちの前に現れた。
「どうもー。」
「広和殿!」
と孝和殿は驚く。
速水の民は、広和殿を初めて目にし、その乱れた身なりに引く者もいた。
「今、殿と言ったな。」
「まさか、あの広和殿か。」
「嘘つけ。こんな汚いもんが、殿のはずあるか。」
広和殿は、そんな悪口を気にもせず、進んで挨拶をする。
「結城広和です。はじめまして。」
民は、唖然としていた。
「あのー、野菜なんですけど。」
「そうじゃ。孝和殿が駄目ならば広和殿が買ってくれぬかの。」
農民が、広和殿に近づき、ああだこうだと頼む。
「広和殿は優秀な殿様じゃ。きっと買ってくれると信じておるのじゃ。」
褒められて少し浮かれ気味の広和殿に、孝和殿が言う。
「買うなどと申せば、大変なことになりますぞ。」
「なんで?」
「その野菜は、高いし、民たちが大量に持ってきたのです。」
「まずは、その野菜を見せてもらおうよ。」
ひとりの農民が、その野菜を見せる。
「これです。」
「1個いくら?」
その価格を聞き、広和殿は驚いた。
「高っ!」
広和殿が思う、何倍もの価格であった。
「遠くから持ってきたのじゃ。広和殿は情けを持っておる殿と聞いておる。このままでは、国に帰れない。助けておくれ。」
「……1個だけ買うよ。」
農民は、満足していなさそうだが、とりえず買うと言った殿に、野菜を売った。
孝和殿は、広和殿を追い、台所に行った。
「1個だけ買ってどうするのです?」
「見て。」
広和殿は、結城の同じ野菜と今買った野菜を比べた。
その違いは、明らかであった。
「大きい。そして、色が鮮やかだ。」
「同じ料理作るね。」
と言うと、広和殿は料理をはじめた。また新しい料理ができると思い、料理人たちは殿を囲む。
「普通の蒸し野菜だよ。」
それは、常に料理人が作っているものであった。料理人は、期待外れとそれぞれの持ち場に戻った。
「なんだよ。」
その言葉を聞き、殿はつぶやいた。
「俺が蒸し野菜を作っちゃダメなのかよ。」
孝和殿の目の前で、蒸し野菜が出来上がる。
「どうぞ。」
孝和殿は、それぞれの野菜の味を確かめた。
「こっちのほうが美味い。」
美味いと言うそちらは、速水の野菜であった。
「この味を、高いとみるかだよねー。」
「味を確かめてから、買うかどうか決めるということですか?」
「そうだよ。」
画期的な案に、孝和殿は納得した。
「買うのですか?」
「んー、どうだろうね。孝和君に任せる。」
「え?どうしてですか?」
台所を出ていく殿を追い、そう尋ねる。
「だって、速水は孝和君の担当でしょ?」
それはそうだ。買うかどうかの判断は、孝和殿が決定する。
孝和殿は、その蒸し野菜を持って、屋敷に戻った。
「おい。食べてみよ。」
松山は、2種類の蒸し野菜を口に入れた。
「どうだ?」
「こちらの方が美味であります。」
「そちらは速水の野菜、こちらは結城の野菜だ。お主なら、速水の野菜をいくらで買う?」
「私からはお答えできかねます。」
「何故だ?」
「それは、殿が決めることだからです。」
孝和殿は決めかねていた。だから松山に訊いたのである。
孝和殿が頭を抱えていると、速水の民たちが急かしてきた。
「父上は、出先から戻られてない。すぐには決められぬ。」
その答えに、速水の民は声を荒げた。
「殿ともあろうに、情けないのう。」
「そのあいまいな態度、速水の殿にお伝え申す。」
速水は、ついこの前同盟を結んだばかりの国。結城の態度について民から問題が上がれば、深刻な事態を招きかねない。
孝和殿は、広和殿の屋敷にいった。
「広和殿!」
孝和殿は、広和殿の居室のふすまを開けた。
「え?」
と広和殿とはなは驚いた。孝和殿も、まさか妻と同じ居室だとは思っていなかったため、驚いた。
「申し訳ないが、話を聞いてほしい。」
孝和殿が、広和殿にそういった頼みごとをしたのは初めてのことであった。広和殿は戸惑いながらも、孝和殿についていった。
「まだやってたの?速水の野菜。」
「私は買ってもいいと思っております。しかし、速水の言う価格のままは応じられない。」
「じゃあ、そういう風に言えばいいじゃん。」
広和殿は、速水の民の前にいき、そのことを伝えた。
「何故じゃ?」
「あのね、もの値段には適正価格というものがあるの。それは、その野菜の適正価格ということと、売る地での適正価格というものがある。野菜はおいしい。だから、野菜の価格としてはいいんじゃないかな。でも、その価格じゃ、結城では買えない。それは、今の結城は発展途上だから。いくらおいしいとはいえ、今は食べることだけで精一杯の民が多くいる。そういう民は、おいしさより価格を重視する。だから、その価格では買えない。悪いけど、もう少し安くしてもらって、城下で売ってくれないかな?」
民たちは、顔を見合わせた。
「城下で売ってもよいのか?」
「いいよ。」
速水の民たちは、城下に行き、その野菜を売ることにした。しかし、広和殿のいうとおり、結城でもとれる野菜と同じものを、高い価格で買う者はいなかった。
「人が集まる結城にくれば、売れると思ったがのう。」
「同じ価格で売るしかないのか。」
広和殿は、その様子を影で見ていた。あきれる速水の民に、広和殿は助言した。
「試食出してみたら?」
「試食?」
「この野菜はおいしいんだから、まずはそれを知ってもらわないと。」
速水の民は、半信半疑ながら、近くの店の調理場を借り蒸し野菜を作った。そしてそれを小分けにし、通りすがる民に差し出した。
「これは、その野菜なのか?」
「はい。」
「結城の野菜と同じではないか。」
「形は似ていますが、味は違うのです。」
「ほう。これはおいしい。買いたいのだが、すこし高いのう。」
やはり、少し価格を下げないと、買ってもらえないようだ。
「よし、安くしよう。」
「ほう。では、ひとつ。」
試食の効果があったのか、そこは客がたくさん集まっていた。買う客、買いたいが買えない客、見ているだけの客とさまざまであるが、速水の民はそれを見て思った。
「やはり安くしないと売れないのだな。」
「そうだな。しかしこれでも高いのだな。買っていく客は金持ちだけだ。」
そう言う速水の民に、広和殿は言う。
「買っていってるのは、橋本の商人だと思うよ。」
「橋本?」
「橋本は、商人優遇の政策をしているからね。おいしい食材を献上すれば、それなりの報酬をもらえるらしいよ。」
「では、橋本で売った方が売れるのか。」
「かもしれないね。」
速水の民は、疑問に思った。結城の殿であるのに、何故橋本で売った方がよいとするのか。
「売れる国と売れない国はあって当然なんだよ。この野菜は、橋本で売った方が儲かる。結城としては、売れない野菜が滞ってしまうのは、マイナスなんだよね。」
「敵国を勧めるとは、おかしな殿であるな。」
「しょうがないじゃん。結城は、貧乏なんだよ。」
速水の民たちは、笑いながらその場を後にした。
広和殿が城に戻ると、孝和殿が待っていた。
「どうしたの?」
「いえ、ありがとうございます。」
孝和殿の感謝の言葉に、広和殿は照れているようであった。
「別にー。」
広和殿は、屋敷に逃げるように帰る。
「広和殿。」
広和殿は、孝和殿の方を振り向く。
「何故広和殿は、民の心がわかるのですか?父上は、広和殿のように笑っておれとおっしゃいました。しかし、広和殿は笑っておるだけではない。しかと民に寄り添い、自らの案で問題を解決しておる。どうすればそのような案が出るのですか?」
広和殿は、孝和殿ににこっと微笑んだ。
「俺、結城が好きなんだ。」
そして、走り去っていった。
その様子を隅田と原は見ていた。
「孝和殿、嬉しそうですね。」
「良き相談相手ができたということですな。」
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