第20話 鉄砲導入

 大きな音が鳴り響いたと思うと、弾が的を打ち破った。

「これは……。」

それは、鉄砲であった。

「これを、山下が使ってくるのか。」

あまりの威力に、腰を抜かす家臣もいた。

「これは広和殿のおっしゃるとおり、一発で死にますな。」

秀和殿もその鉄砲の威力に、驚きを隠せなかった。

「山下はこの武器をどれほど持っておるのかのう?」

孝和殿は、鉄砲を買ったときに武器商人が言っていたことを思い出した。

「小野が町中の鉄砲を買い占めたということで、出回っているのは一部だけ。私は3本しか手に入れることしかできませんでしたので、山下も同じくらいかと。」

「おい。小野は、たくさん持っているのか?」

「そのようです。」

「まあよい。今は山下じゃ。」

秀和殿は、鉄砲を山下との戦で使用することを決めた。

「攻撃はこれでよいが、守りは難しいのう。」

隅田は言う。

「守りでしたら、広和殿がお作りになっております。」

「作っておる?」

「はい。刀鍛冶のもとに、原とともに出ております。」


 その夜、広和殿は屋敷に戻ってこなかった。作っておるというものが気になる秀和殿は、広和殿の屋敷を訪ねる。家臣が3名いるだけであった。

「広和は、どこじゃ?」

家臣は、腰を低くして答える。

「刀鍛冶のものにございます。」

「そこで、何を作っておるのじゃ?」

「鉄砲から身を守る盾と言っておりました。」

「盾?」


 翌朝、広和殿はまだ戻らなかった。

 広和殿は、刀鍛冶のもとで、汗水出して盾を作っていた。高温の熱を通し、鉄を打っていく。これは、力のいる作業である。夜通ししているため、くたくたになっている者もいたが、広和殿は集中を切らさなかった。


 そこに、家臣が走ってきた。

「ご報告申し上げます。高台より監視の者より、結城の外に山下の兵を確認したとのこと。」

「わかった。できたやつだけ持っていこう。」

盾はすでにいくつか仕上がっていた。


 山下の兵がきていることは、秀和殿にも伝えられていた。戦支度を素早く終えたところに、広和殿とその家臣たちが帰ってきた。

「山下がうろついておるようじゃ。」

「本陣は丘の上。」

広和殿は、大きな用紙を広げ、筆で地図を描いていく。

「ここがこの城。相手の本陣はこの丘。鉄砲隊がその前に2段階で配置されると思うから、結城とこの辺でぶち当たる。鉄砲隊が配置しているのは草むらだから、真っ向から向かっていくとやられるよ。」

戦の案を話す広和殿を、秀和殿は感心して聞いていた。

「よく知っておるな。」

「監視している家臣からの情報だよ。」

「高台からは、そこまで見えるのか。ほう。」

「だから、城の裏から回り込み作戦がいいと思うんだ。裏から出て、山を登っておりてまた登ると、本陣の射程距離に入る。鉄砲隊が大将を討つ。」

「孝和。どうじゃ?」

「……いい考えだと思います。」

「よいか。結城はあくまでも仕掛けられた戦に臨むだけじゃ。山下と向き合い、相手が攻撃を開始ししたら、こちらも出る。こちらから動き出すようなことはするでないぞ。しかし、せっかく早く戦を感知できたのじゃ。すぐに回り込むとしよう。動きがあるまで様子を見、時を待って大将を討て。」

「はっ。」

 皆それぞれの持ち場につき、山下と向き合った。

 家臣が本陣の秀和殿に報告する。

「殿。草むらで待機している鉄砲隊は4名、本陣前で待機している鉄砲隊は2名であります。」

「それも高台から見えたのか?」

「はい。広和殿が高台から監視しております。」

「あの高台、使えるのう。」

 別の家臣が報告する。

「殿。回り込んでいる坂本殿、準備ができたとのこと。」

「よし、山下が攻めてきたらこちらも出るぞ。」

「はっ。」

本陣はじめ、すべての結城の家臣に緊張が走った。鉄砲を導入しての初めての戦。どうなるか予想がつかない。

 孝和殿は、自ら鉄砲を持ち、本陣前で待機した。


 「きたぞ。かかれ!」

その合図とともに、結城兵は山下兵に走り向かっていった。刀を振り落す兵が前へ進んでいくと、草むらに隠れていた鉄砲隊が姿を現した。大きい音が鳴りると同時に、兵が1名倒れた。

「盾を使えー。」

後ろから、盾をつくるのを手伝っていた家臣がそう叫ぶ。

刀で立ち向かう兵の前に、盾を持った兵がその兵を盾で守りながら進む。

 そのとき、キーンという音が響いた。これは、鉄砲の弾が盾に当たった音である。

「なに?」

相手兵は、その盾に腰を抜かす。次の弾を挿入しているとき、結城の兵は、その兵を斬った。相手の鉄砲を奪い、相手の兵を討つ。結城の兵は、一撃で相手に当てる。練習の賜物である。

 「進め―!」

そんな声とともに、結城はどんどん相手を押していく。すると、急に相手が動いてこなくなった。

「なんだ?」

結城も足をとめると、相手は陣に戻っていった。

「やったか?」


 そう、回り込みをしていた坂本が、総大将を討ったのである。結城は、見事戦に勝利した。


 犠牲となったのは、結城の兵16名。山下の兵はその数倍ほどである。

「戻るぞ。」


 その夜、結城では勝利の宴が行われた。

「どんな戦になるかとひやひやしておりましたが、早めに食い止めることができましたな。」

「鉄砲というのは、矢よりも素早い。逃げる間もなく、大将を仕留めました。」

「よくやったぞ、坂本。」

秀和殿は、満面の笑みでそう言った。

「孝和もよくやった。鉄砲を手に入れたのはお主じゃ。」

孝和殿も久々の健勝に嬉しそうであった。

「そういえば、広和はどうした?」

そこには、隅田や原など、広和殿の家臣もいなかった。

「戦に参加したわけではないので、遠慮すると隅田殿から報告を受けております。」

「参加できないのは仕方ないことなのにのう。それに、戦を勝ちに導いたのは、広和のおかげじゃ。」

「ええ。戦の案、山下の配置、盾を作るなど、広和殿のお考えですので、宴にぜひと申したのですが。」

秀和殿は、それにのらない広和殿を不思議に思った。


 その広和殿は、まだ高台にいた。

 隅田と原、本間がその近くで殿を見守る。

「殿、屋敷に戻りましょう。」

 広和殿は、ぐったりしていた。今、殿の脳裏には、戦中に鉄砲で撃たれ、刀で斬られた兵の姿の映像が繰り返されているのである。勝ったとはいえど、亡くなった家臣がいる。それで喜ぶ気にはなれなかった。

「殿、お気持ちはわかります。しかし、今回は、少ない犠牲であったと思います。」

殿は、かすれた声でゆっくり話す。

「何人死んだとしてもさ、その人はひとりしかいないんだよ。」

殿は、夜空を見上げた。

「きれいな星ですな。」

本間がそう言う。

「殿、死んでいった者たちは、星になり空から我々を見守っているのだと、母上から聞いたことがございます。きっと、あの輝いている星は、殿に元気になってもらいたい、そう思って強く輝いているのではないでしょうか。」

殿は、本間が指差す輝いている星を見つけた。

「そうだね。」

殿は、くすっと笑った。それを見て、本間も笑みを浮かべ、隅田と原も笑顔を見せた。

「本間君ってさ。」

「はい。」

「ロマンチストだね。」

「ロマンチ・・・?」

殿は、深呼吸して言った。

「戻ろうか?」


 屋敷の前で、孝和殿が広和殿の戻りを待っていた。

「兄上は、戦も得意なのですね。」

広和殿は、ひとつ笑い、答えた。

「得意なんかじゃないよ。嫌いなだけ。」

「私は、戦も通商も下手にございます。それ故に……。」

「いいんじゃない?」

「え?」

「そんな孝和くんに、みんなついてるんでしょ?」

広和は、さっさと屋敷に入っていった。

「それだけですか?」

「え?」

「戦も通商もできぬのだから、出ていけとは言わぬのですか?」

「なにそれ?」

「後継ぎを狙っておるのでしょう?」

「は?後継ぎとか、知らねえし。」

後継ぎに関してまったく興味を示さない広和殿を、孝和殿は不思議に思った。


 殿が居室に戻ると、はなが出迎えた。

「おはなちゃん。」

殿は、今までの憂いをどこへいったのやら、頬が落ちるようなほころんだ顔で、はなの前に座った。

「疲れたよ、おはなちゃん。」

はなの手を取り、ひざに顔をつける。

「お疲れさまです、殿。」

殿は顔を上げる。

「おはなちゃんは温かいねー。隅田君たちなんて、冷たくて冷たくて。」

隅田が、咳払いをする。

「いたの?」

「殿、元気になられたようなので、これで失礼いたします。」

 殿のあまりの人の変わりように、隅田は驚きながらも、居室の隣で寝ずの番をした。


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