第19話 先手必勝、つくるは高台
「おはなちゃんは、どうして城で働いてるの?」
可愛らしい笑顔で、はなは答える。
「母や兄を失い、父と生きてましたが、金がなく、城に入れられたのです。父も病気で亡くなり、私には身寄りがないのです。」
「寂しくないの?」
「寂しゅうございます。しかし、私は城で働けて、幸せだと思うております。身寄りがない女子は、捨てられるだけですので。」
「ふーん、なんか女の子って大変だね。」
「殿は優秀だと聞いております。私のような身分の低い女子を妻にするのは、もったいのではないかと。」
「なんで?身分とか関係なくない?俺は、おはなちゃんといっしょにいたいだけなんだよ。」
「しかし、私は何にもできませぬ。」
「何にもしなくていいじゃん。俺が帰ってきたら、にこってしてればいいだけなんだよ。」
殿の妻になるということは、それだけ身分が高くなる。秀和殿が広和殿に後継ぎを考えておるという噂もはなは聞いていた。それはつまり、世継ぎを生むという大役を担わなければならない、ということである。
「自信がありません。」
「自信なんていらないじゃん。こうやって、そばにいてくれればいいの。」
不安な顔をするはなを、慰める広和殿。はなは、その気持ちに応えたいと思いつつも、身の覚悟ができないでいた。
大広間では、広和殿とはなの祝言が執り行われた。
「農民の娘?」
家臣たちは、農民の娘を妻にしたことを噂していた。
「何故そのような娘を。」
「広和殿はもともと農民。別におかしくはないんじゃないか。」
「そう考えると、そうであるな。」
「殿、おめでとうございます。」
広和殿はもちろん、そう言う家臣たちも嬉しそうであった。
「次は、子どもですな。」
「孝和殿にはまだ子はおりませぬ。秀和殿の初孫を生んだとなれば、それはたいそう可愛がっていただけるかと。」
「あのさ。」
広和殿は、家臣たちがはなを妻にしたことを祝ってくれているのではなく、子を期待しているのだと悟った。
「まあ、そうだよね。」
殿は、自分の立場を少しずつ理解するようになってきた。
隅田と原は、屋敷にはなの居室を設けようとした。
「何してんの?」
居室の掃除をしている隅田たちを見つけ、殿は尋ねた。
「こちら、おはな様の居室になります。」
「え?」
殿は、驚いた様子で尋ねた。
「俺の居室でよくない?」
「と、申しますと?」
「妻なんだもん。いっしょの居室でいいじゃん。」
「いや、しかし……。」
そこに、はながやってきた。
「ねえ、おはなちゃん。」
「はい。」
隅田がはなに訊く。
「殿と同じ居室で、よろしいのですか?」
「殿がよいのでれば、私はそういたします。」
はなは、控え目であった。
「あれ、荷物は?」
荷物を持ってくると言ったはなであったが、持っていたのは生けられた花のみであった。
「これだけにございます。居室に置いて、差支えないでしょうか。」
「うん。じゃあ、今日からいっしょに住もうねー。」
殿の明るさに、はなは静かに笑った。
殿の居室に入ると、そこには見たことがないものがたくさんあった。
「お花はどこがいいかな?」
殿は、棚の上のものをどけ、雑巾で拭くと、そこに生け花を飾った。
「いいんじゃない?」
「はい。」
殿は、少し居室を片付けたようで、居室の半分に殿の荷物がまとめられていた。
「こっちは、おはなちゃんの荷物を置けるようにしたんだけど、まあ、好きに使っていいよ。」
「はい。」
そんな初々しいふたりの会話の中、家臣が報告しにきた。
「殿。」
「なに?」
「小野に輿入れにいったりん様より、便りがございました。すぐに広間にくるようにとのことです。」
「わかった。」
広和殿は、はなを居室におき、広間に向かった。
広間には、すでに皆が集まっておった。
「おはなちゃんとはどうだ?」
「あー、いい感じ。」
「そうか。りんから便りが届いたのじゃ。」
秀和殿は、いつも急に大事な話を始める。
「小野の忍びが他国に潜ったとき、近々結城に戦を仕掛けるとの噂を聞いたそうじゃ。」
その瞬間、緊張した空気が流れた。
「それはいったいどこの国で?」
「山城が支配する山下家じゃ、」
「山城とは、戦をしないとの同盟、正確には同盟は結んでおりませぬが、約束をしたはずです。」
「山下は山城に何度も反旗を挙げておる。戦といっても、山城との戦ではなく、山下との戦になるというのが、こちらの考えじゃ。」
それには、家臣皆納得していた。
「孝和、どうじゃ?」
「異議ありません。」
「広和、どうじゃ?」
「え?戦をするってこと?」
「山下から戦を仕掛けられれば、こちらも出向く。」
山下との戦に不安げな表情の広和殿に、坂本は言う。
「山下は、小さな国であります。兵数も少なく、兵力もさほど強くない。勝敗は決まっているも同然です。」
しかし、広和殿の表情はもっと曇った。
「……結城って、鉄砲ある?」
皆、首をかしげた。
「テッポウ?」
広和殿は、山城の帰りに聞いた音を思い出していた。
「隅田君。山城の帰り道で大きな音聞いたじゃん。あれ、山下あたりじゃない?」
「確かに、山下の近くで大きな音を聞きました。」
「あの音、鉄砲だと思うんだよね。」
「広和殿、そのテッポウというものはなんなのですか?」
「遠くから、狙った相手に銃弾を与える怖い武器。心臓や頭に当たれば、一発で死ぬ。」
「それは弓矢とは違うのですか?」
「弓矢なんかじゃ歯が立たない。」
その鉄砲という武器を恐れる広和殿を見て、皆も恐怖を覚えた。
「忍びを呼べ。」
秀和殿は、忍びに山城を探るよう命じた。そして、広和殿に尋ねた。
「広和。そのテッポウに応戦するには、どうしたらよいのじゃ?」
「鉄鍋みたいに、固くて銃弾を通さないもので身を守るしかないよ。それに、鉄砲の弾は早い、引き金を引いた瞬間に討たれるから、逃げる時間もないんだ。」
「孝和、テッポウはどこで手に入る?」
「探してまいります。」
孝和殿とその家臣が、鉄砲を探しに行った。
「他の者は……。どうするかのう。」
「物見やぐらつくらない?こういうのって、先手必勝でしょ?」
「やぐらは、ございますが。」
「あれは小さいでしょ。もっと大きいの。ついでに、そこから攻撃もできるくらい立派なやつ。」
「あまり高くすると、見えぬのではないか?」
「大丈夫。あれあるから。」
木でやぐらを建てると思えば、石壁のように石を積み上げていくようであった。
「あの、殿。これであっているのですか?」
「うん。木は燃えるけど、これは燃えないし、木は壊されるけど、これはなかなか壊せない。」
家臣総出でつくったせいか、なんと2日でそれは完成した。地からは頂上が見えぬその高台は、結城全体が見渡せるほどの大きなものであった。
「どうだった?」
高台の頂上で結城を一望した隅田が降りてくると、青ざめた顔をしておった。
「高すぎます。」
「人は、見えたのか?」
「ええ。これで。」
持っていたのは、殿の持ち物であった。
「それは?」
「こうして目にあてると、遠くのものがまるで近くにあるように見えるのです。どうぞ。」
隅田からそれを渡された家臣は、隅田のやってみせたとおり、目にあてる。
「おおー。」
家臣は、驚いておった。
「これは、すばらしい。」
その日から、高台の番を決め、山下が結城に入ってこないかの監視が始まった。
高台の番をしていた家臣たちが、ある一行を確認した。
「孝和殿のお帰りだぞ。何か、持っておる。」
「あの箱に、テッポウが入っておるのかのう。」
それは、秀和殿に伝わった。
「孝和が、細長い箱を持って帰ってきた?」
「ええ。高台からその様子を確認したとのことにございます。」
「城には、まだ着いておらぬようじゃが。」
そして、城に孝和殿が帰ってきたという報告を受けた。
「ほう。やっとか。」
孝和殿は、細長い箱を秀和殿に見せた。
「細長い箱じゃな。」
「これが、鉄砲にございます。」
「ほう。」
煌びやかに輝くその鉄砲に、秀和殿は驚いた。そして、あんな高台からこの箱までも見えるという広和殿の道具にも、驚いていた。
「殿。」
山下家に送った忍びからの報告である。
「山下、近日中に結城に攻めてまいります。」
「やはり、りんの情報は正しいようじゃな。」
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