第18話 妻がほしい

 ある夜、広和殿は寝つきが悪かった。

「ねえ。」

と、居室の前で待機している隅田を呼ぶ。

「いっしょに寝よう。」

「え?」

もちろん、隅田は断った。殿とともに床に入るなど、前代未聞である。

「どうか、されたのですか?」

口を尖がらせる殿に、隅田は思った。

「田島のことでしたら、お祓いを済ませ墓に入れましたので、恐ろしい霊がおるということはございません。ご安心ください。」

「そんなこと心配してないよ。俺はね、ちゃんと田島君に感謝の意を唱えて墓参りしてるんだよ。恨まれることもしてないし。」

「では、何が心配なのですか?」

「なんかさ、眠れないんだよね。子守唄歌ってくれない?」

「子守唄?なんと難しい……。」


 隅田は、床に入る殿の横で、子守唄を歌った。

「ねーむれー~。」

「なにそれ?」

「子守唄にございます。」

「お経だよね、それ。まあ、いいか。」

「私は僧ではないので、お経は……。」

「でも、父親でしょ?子守唄くらい……ってさ、俺、妻とか子どもいなくない?」

「ええ。前の国では、いらっしゃたのですか?」

「いないけど。っていうか、彼女もいないけど。あっ。」

殿は、何故眠れないのか気づいたようだ。

「……これだよ。なんかね、悶々とすると思ってたんだよね。そうだよ。これだよ。いつも男ばかりに囲まれてたから、頭おかしくなっちゃったかな。」

「それはいつものことかと……いえ……。」

「彼女ほしい。」

「彼女?」

「妻?」

「妻でしたら、秀和殿の了承を得てから……。」

殿は、勢いよく屋敷を出た。

「殿、お待ちを……。」

 広和殿は、夜も深いのに関わらず、秀和殿の居室に向かった。

「殿、本日はもう遅いかと。」

隅田は止めようとするが、殿は欲求が我慢できないのか、すたすたと歩いていく。


 意外にも、秀和殿の居室の明かりはついていた。

 坂本が、秀和殿に広和殿がきたことを報告する。

「入ってよいぞ。」

「失礼しまーす。」

隅田は、坂本の隣で待機した。

「なにかあったのか?」

と坂本は、緊急の用件を確認しようとする。

「殿が、妻がほしいようで……。」

「なに?それは、今でなくてもよいであろう。」

「止めたのですが……。」

 秀和殿は、広和殿の落ち着きない様子に、心配しながら要件を尋ねた。しかし、広和殿は、照れくさくなったのか、なかなか言えずにいた。

「どうしたのじゃ?」

「なんかさ……、その……、俺さ……。」

秀和殿は、しばし広和殿の言葉を待っておった。

「なんていうかさ……、夜、眠れなくて……。」

「ほう。」

「……いっしょに寝る……。」

「いっしょに寝る?」

「いや、その……。」

秀和殿は何を思ったのか、床に入り、広和殿も入るよう促した。

「え?」

「いっしょに寝たいのであろう?」

「いや、お父さんとじゃなくて。」

「ほう。」

「女の子……。」

殿は、恥ずかしそうに口をふさいだ。

「お主は、女子おなごが好きなのか?」

「うん。……っていうか、ふつうじゃない?」

「では、何故照れておるのじゃ?」

「いや、親に女の子の話とか、したことないから。」

「ほう。離れに女子が集まっておるから、明日にでもお主の好みの女子を探すとよい。」

 秀和殿は、広和殿にそうようなことを話され、たいそう嬉しがっていた。また、広和殿にはじめて、お父さんと呼ばれ、喜んでいた。

 「明日ー?」

「なんじゃ?」

下半身が落ち着かない広和殿に、秀和殿は言った。

「我慢できぬのか?」

「うん。」

「わしと寝るか?」

「それだけは嫌だ。」


 その夜、広和殿は眠らなかった。居室の明かりを朝までつけ、なにかをしておるようであった。


 朝、秀和殿は坂本に頼んだ。

「広和の妻、お主も手伝ってやってくれ。妻は慎重に選ばんと、身を滅ぼしかねないならな。」

「はっ。」


 広和殿は離れの隅で、坂本と女子の観察をした。女子たちが、子の世話をしたり、絵合わせをしたりとゆったり過ごしていた。

「女の子がいっぱい。」

「ええ。離れですので。」

「あの子は?」

と、殿は、気に入った女子を指さす。

「あの方は、秀和殿の側室にございます。手を出してはいけませぬぞ。」

「え?すっげー歳離れてんじゃん。あのじじいロリコンかよ。」

「じじい?」

坂本は、口の悪い広和殿に物を言いたげであった。

「あっ、すみません。秀和殿は、ロリコンにございますね。」

「なんですか、その、ロリコンとは?」

広和殿は、妻探しに夢中である。

「ねえ、あの子は?水色の着物の。」

「あの方は、本間殿の妻にございます。」

「人妻ばっかりじゃん。」

人妻ばかりを選ぶ殿に、坂本がおすすめの女子を紹介する。

「その本間殿の妻の横におる女子はいかがでしょう?」

「やだよ。目がつりあがってるし。あれ絶対性格悪いよ。」

「では、あちらで子守をしてるお方はいかがでしょう。」

「胸小っちゃいじゃん。」

「胸の大きさで女子を選ぶのですか?」

「俺の好みでしょ、それは。」

坂本は、そう言われ、胸の小さくない女子を探す。胸ばかり見ておる坂本に、女子たちは嫌悪な表情を浮かべた。

「ちょっと。どこ見てんの。」

と殿は坂本を注意する。

「胸です。」

「やめてよね。胸だけが、いい女の条件じゃないからね。」

「では、好みの女子を教えてくださいませ。」

広和殿は、考えた。

「好みっていうか、消去法でいこうかな。ああいう厳しい顔をしてなくて、ああいうきつい目をしてなくて、あのくらい太ってなくて、あれ以上に胸が大きい人。」

「では、あの方……。いえ、あの方は原殿の妻でした。」

「え?あれ?」

殿は、開いた口が閉じなかった。

「不細工じゃない?」

「不細工とは、失礼にございます。あの方が気立てがよく、礼儀も正しゅうございます。お美しい方です。」

「ちなみに、坂本君の奥さんはどれ?」

「あちらです。」

それは、色白でほっそりとした身の女子であった。

「色白でいいねー。黒い坂本君とは、正反対。」

殿は、奥の方でせっせと動いている女子に気がついた。

「あっちにも女の子いるじゃん。」

「あちらは、農民や商人で、城で働いている女子です。」

「あっち行こう。」


 広和殿と坂本は、同じように隅で女子たちを観察した。

「んー。」

先ほどの間とは違い、華やかさが欠けていた。

 殿は、そこから見える庭に出た。すると、花に水をやっている女子に声をかけた。

「可愛い花だね。」

女子は、殿の方を向き、にっこりと微笑んだ。色白で少し丸い顔だちをしている、物静かそうな女子である。

梔子くちなしにございます。」

「いい香り。」

「はい。」

殿は、その女子を気に入ったようだった。

「名前は?」

「はなにございます。」

「おはなちゃん?だから、花が好きなんだ。」

「花は、心に安らぎを与えてくれます。見ているだけで、落ち着くのです。」


 広和殿と坂本は、秀和殿に報告した。

「おはなちゃん?」

「そう。すごく優しそうで、色が白くて、笑顔がキラッと輝いてて……、もう可愛いの。」

「そうでしょうか?原殿の妻より不細工かと……。」

「坂本君って失礼なこと言うよね。」

「広和殿には不細工な妻が似合わないとて、そう申しておるのです。」

広和殿と坂本は、言い合いになる。

「原君の妻とは比べ物にならないくらい可愛いです。」

「ほほう。」

秀和殿は、広和殿と坂本の会話を楽しそうに見ていた。

「広和は、不細工が好きなのか。」

「違うよ。おはなちゃんは、可愛いの。」

「まあ、女子の好みは人それぞれじゃ。」

「なんだよ。ロリコンじじいが。」

「ロリじじい?」

「随分若い女の子を側室にしてるみたいじゃん。」

「おなつのことか。お主がよければ、妻にしてよいぞ。」

「親のお下がりは結構です。俺は、おはなちゃんがいいの。」

「そのおはなちゃんですが……。」

広和殿は、おはなちゃんと言う坂本がおかしかった。

「おはなちゃんって、仏像顔が言うと、うけるね。」

「その、おはなちゃんですが……。」

秀和殿も、つられて笑った。

「農民の娘にございます。今は亡き、藤島玄介の娘。家族は皆死んでおります。」

「その藤島という男は、結城の者か?」

「はい。間者の疑いはございませぬ。」

「では、近いうちに夜を共に過ごせ。それで妻にすると決めたなら、祝言を挙げるとよい。」

「はーい。」

 広和殿は、その夜、はなと初夜を過ごした。


 秀和殿は、坂本と酒を交わしていた。

「広和も、大きくなったのう。」

「ええ。もともと大きかったと存じますが。」

「自ら妻がほしいなどとは、かわいい息子じゃ。」

「そうでございますな。」

秀和殿は、広和殿のことを本当に可愛がっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます