第17話 山城との決着

 広和殿は、山城へ向かっていた。それは、田島を斬った次の日のことである。

 隅田が殿に尋ねる。

「殿、もしや同盟を結ぶおつもりですか?」

「どうしよう。結びたい気持ちはあるけど。」

「戦を仕掛けられたのですぞ。あちらから同盟を結ぶと言っておきながら戦を仕掛けるなど、馬鹿にされておるとしか思えませぬ。」

「でも、望んだ戦じゃないと思うんだよね。」

「望んでない戦などございますか。」

「……。」

「殿?」

殿は、ずっと下を向いていた。

「俺、結構勉強したんだよ。」

「はい。殿が、毎夜書物を読みふけていることは、存じておりました。」

「山城さん、本当はいい人なんだよね。」

「何をおしゃっておるのですか?山城は、昔から結城の敵にございます。」

「それ、お父さんの勘違いなんだよ。」

「どういうことにございますか?」

「山城さんが結城に援軍を出してくれたとき……って、俺が田島君と話してたとき、近くにいたよね?」

「ええ。」

「聞いてなかったの?」

「殿が田島を斬ったということは悟りましたが、話す内容は聞こえませんでしたので。」

「あっそ。じゃあ、あれか。俺が田島君を斬ったことだけは知ってるのね?理由も、俺がどういう気持ちで斬って、田島君がどういう思いで死んでいったのかは知らないんだ。」

「……はい。」

「……俺、自分勝手な男みたいじゃない?」

「そんなことはないかと。」

「それより今は山城さんだ。どうしよう。仲良くしたいんだけど、頭を下げただけじゃ許してくれないだろうし。同盟を結びたいけど、それで気を悪くする人もいるだろうしなー。田島君はいないし、隅田君は話知らないしー。」

そんな揺らぐ思いの中、山城に到着した。


 山城は、顔をあげる広和殿の目が赤く、また潤んでおることを何事かと思った。

「お主、どうかされたか?」

「昨日、謀反人として、田島君を斬りました。」

そのことを言った瞬間、殿は大粒の涙を流した。

「これ、そのときの声を録音したものです。」

広和殿は、録音プレーヤーを鳴らす。

 得体のしれない機械に驚いておる間もなく、山城はその内容を静かに聞いていた。


 音が鳴りやむと、広和殿は口を開いた。

「俺、どうしていいのかわかんないけど、同じ失敗は、しちゃいけない。これだけはわかる。だから、同盟を結んじゃうと、同じことが起こる気がするんだよね。でも、敵として争う理由もないと思う。これは、山城さんにはあると思うけど。もし、結城のことを許してくれないなら、許してくれるまで、俺が毎日頭を下げに来ます。」

「では、どうすると申すのか?」

「中間の関係でいましょう?お互い、ゆっくり、歩み寄りながら。そしていつか、同盟国っていうか、友好国になりましょう?」

「友好国……。ほう、面白う殿とは聞いておったが、まことに面白いのう。」

山城は、少し笑った。

「もともと結城を敵にまわす予定ではなかったのじゃ。わしらとて、結城とはよい関係でありたいからのう。」

「じゃあ……。」

「おい。」

山城は、家臣に酒を出すよう命じた。

「酒……?」

すぐに酒がくると、山城はおちょこを広和殿に持たせ、酒を注いだ。広和殿も、その真似をするように、山城に酒を注いだ。

 キンという音を鳴らし、ふたりの殿は、酒をごくりと飲んだ。

 強かったのか、広和殿は、茫然としていた。その様子に、山城は笑った。

「お主、酒に弱いのか。これでは、毎日山城にきても、相手にならぬ。」

「え……。」

「よいではないか、友好国。今後は山城から結城に戦を仕掛けることはない。安心せい。」

「あ、ありがとうございます。」

広和殿は、嬉しそうに笑った。


 これで、山城と争うことはなくなった。これまでの山城との因縁を断ち切るように、広和殿は、山城と固い握手を交わした。

 「水分は、もっと摂ってから帰るとよい。袖が、濡れるほど涙を流してきたのであろう。」

 広和殿は、山城に向かう道中、ずっと涙を流しておった。その証が、こうして山城に伝わったのである。


 山城は、土産として地酒を持たせてやった。

 広和殿は、行きの道中とは違い、涙は流さなかった。

「殿、山城と話をつけるとは、立派ですな。」

隅田が殿を褒める。

「お互い戦をするメリットないからねー。」

すると、バンという大きい音が聞こえた。

「なんだ?」

家臣たちは、辺りを見渡しながら殿を囲む。

「なんか、嫌な音……。」

「少し急ぐぞ。」


 結城に着くころには、袖も乾いた。城では秀和殿をはじめ、家臣全員がその帰りを迎えていた。

「これ、お土産。」

「ほう。山城の地酒は、好物じゃ。」

「広和。頬が赤くなっておるが、途中で酒を飲んできたのあろう。」

それは、図星だった。

「だって、水分を摂れって山城さんが言うから。」

「水分?水分なら、川の水でよいであろう。」

「は?俺、馬じゃねえし。」


 その晩、秀和殿は山城の地酒をたしなんだ。それに付き合った広和殿は、酔っぱらって横で寝ていた。そんな広和殿を、孝和殿は何とも言えない顔で見ていた。

「どうした、孝和。」

「……広和殿は、優秀であります。」

「そうか?」

「城下のことも、小野との同盟も、戦のことも、小屋のことも、そして、山城のことも、すべて広和殿の栄光です。」

「そうじゃな。」

「私は、自分が情けのうございます。」

「ほう。」

秀和殿は、笑った。

「何か、おかしゅうございますか?」

「お主がそのようなことを申すとは、おかしゅうおかしゅう。」

「私だって、悩みくらいございます。」

「だったら、今のように話すとよい。ひとりで抱え込んでも、問題は解決しない。そのために、わしがここにおる。そばには、家臣が仕えておる。」

孝和殿は、そこにいる家臣たちを見つめた。

「いや、それよりも、広和をよく観察するとよい。こいつは面白いぞ。いつも笑うてる。笑うてないと思えば、ああだこうだと悩みを打ち明ける。わしや家臣にだけでない、民にも相談しておる。」

孝和殿は、広和殿を見ていた。

「侍というのは、皆怖い顔をしておるじゃろ。人間の味というのかのう。そういうものを、こいつは持っておるのじゃな。だから、人がたくさん寄ってくる。お主は、民が我々に、殿ーと笑って寄ってくる姿を見たことがあるか?あれは、いつ行ってもたまげるぞ。」

「噂では聞いておりました。」

「あれは、常日頃から広和が何かしらしているからじゃな。見ているだけで面白うから、悩めたときは、広和を観察するとよい。家臣に相談といっても、お主の家臣は仏像みたいじゃから、それより広和を見て、笑うとけば、いつのまにか解決するであろう。」


 隅田と原が、寝ている広和殿を運ぼうとする。

「殿、そろそろ居室へ参りましょう。」

「風をひいてはいけませぬ故、着替えて寝ましょうぞ。」

広和殿は、寝ぼけていた。

「何か用?」

「居室でお休みになりましょう。」

「疲れたから寝たいのー。」

広和殿は、本当に疲れていた。それは、体力どうこうというものではなく、田島を斬り山城と決着をつけた、嬉しさと悲しさが入り混じる複雑な心境によるものであった。

「もう涙出ないからー。」

「そうですな。たくさん涙を流しました故、早くお休みいたいしましょう。」

「俺、いっぱい頑張ったんだよー。」

「はい。」

「俺、ここで寝るー。」

広和殿は、原のお腹を枕にして横になった。

「殿。」

「幸せいっぱい夢いっぱい。」

「なんじゃそれは?」

「あのね、このお腹にはね、幸せが入ってるんだって。」

広和殿は、酔っぱらいながら、どこかで聞いたことを秀和殿に言う。

「ほう。」

「お恥ずかしゅうございます。」



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