第16話 謀反人と殿の涙
広間では、殿方と秀和殿重家臣、孝和殿重家臣が集まり、山城に行っていた忍びが持ってきたあるものに耳を傾けていた。
「なんじゃこれは。」
「何故、田島の声が聞こえるのか。」
「山城の声も聞こえるぞ。」
と、家臣たちが騒ぐ。
「ちょっと、黙っててよ。」
広和殿が注意するも、家臣は黙っていられなかった。
「それは何にございますか。」
「機械だよ。」
「キカイ?それは、広和殿は奇怪だということでしょうか?」
「え?何それ?」
広和殿は、その言葉に笑っておった。
「奇怪な人が持ってる機械って……。ハハハハハ!」
「広和。きちんと説明せえ。」
秀和殿にそう言われ、その機械のことを説明する。
「これは、録音プレーヤーっていって、その時言ったことを保存しておける機械なの。このボタンを押すと、録音が始まる。そして、このボタンを押すと、再生される。」
広和殿は、その機械のボタンとやらを押した。
「なんかしゃべって。」
その機械を向けられた秀和殿は、とまどった。
「……坂本。なにか述べよ。」
広和殿は、坂本に機械を向ける。
「え……、腹が、空きました。」
広和殿はまたボタンを押す。すると、その機械が、今の秀和殿と坂本の言葉を真似するのである。
「同じことを言っているではないか。」
「こういうものなの。つまり、これから流すものは、実際山城さんと田島君が話していたやりとりなの。だから、静かに聞いてよね。」
広和殿がボタンを押し、その機械を置く。皆が静かになった。
『 「広和殿が小野と同盟を結んでいる最中、自分では決められず、遣いの者を秀和殿に出したようです。小野との同盟は結城にとって最優先事項。秀和殿がその相手をしているうちに、孝和殿を攻めましょう。」
「兵は1000をいいところだな。結城は5000くらいか?」
「いえ、それ以上かと。しかし、心配はいりませぬ。孝和殿は、正面から一気に攻めてくると思われます。山城の陣を正面に置いたように見せ、周りから攻め込みましょう。」
「なるほど。」
「もともと山城の兵は、結城の兵よりも訓練されております。人数で負けていても、勝てるでしょう。」
「戦の準備は整ったようだ。お主はどうする?捕らえられたようにするか?」
「そうしていただけるならば。」
「勝ったときには、お主にそれなりの褒美をやろうではないか。負けたときは、また結城の情報を流したまえ。」
「はい。」 』
皆、そのやりとりに怒りを感じているようだった。
「殿。田島は、謀反人であるということで、間違いないですな。」
「猶予期間中であるにも関わらず戦を仕掛けられたのじゃから、同盟は白紙じゃ。これは山城もそのつもりであろう。問題は、これから田島が戻ってくるということじゃ。謀反人とわかった以上、内部の情報が漏れる恐れがある。
秀和殿は、強張った表情をした。
「……田島を斬る。」
その判断には、皆納得のようだった。
「広和。田島はお主が斬れ。」
「え?」
皆、驚きを隠せなかった。
「マジで?俺、できないと思うよ。」
「謀反人を処罰するのも、殿の役割じゃ。」
「じゃあ、自分がやればいいじゃん。」
「お主がやりたまえ。命令じゃ。」
広和殿はそう言われると、何も言い返せなかった。
広和殿の屋敷には、噂の田島が戻ってきていた。
「殿。」
「おー、田島君。おかえり。」
頭を下げる田島に、殿は苦笑いであいさつをした。斬れと命令されたばかりで、接し方に困る。
「飯は、食っておったのか?」
「ずっと牢では、つらかったであろう。」
「縛られたところの痛みは大丈夫か?」
家臣たちは、山城に着いてからこれまでずっと牢で過ごしたことを明かす田島を心配していた。
「このとおり無事ですので、ご安心を。」
田島は、殿の方を向いた。
「殿。山城が途中で戦を仕掛けたことを知っておりながら、ご報告できず、申し訳ございませぬ。」
「牢に入れられてたんだったら、しょうがないよね。」
「とにかく、無事でよかったですぞ。」
隅田たちは、田島が謀反人であることを知らない。ふつうは無事になど帰ってこれぬ田島が帰ってきたことを、ただただ喜んでいた。
田島が戻ってきてから数日が経った。広和殿は、秀和殿に呼ばれた。
「時期を待っておるのか?」
「いや、どうしていいのかわかんなくて。」
「早めにせい。小野への輿入れの準備も進んでおる。これから孝和も、
「だって……。田島君が死んだら悲しむ人もいるし……。」
「田島の謀反で、死んでいった家臣がおる。結城の中で悲しむ者を増やしたくはない。」
「どうにか説得してみる。」
「広和。」
秀和殿は、どうしても広和殿に頼みたかった。
「田島は、昔からこそこそと謀反を起こしてきたのじゃ。それは、田島本人だけじゃなく、田島の父もそうであった。田島の幼少は、山城で過ごしておる。田島の謀反の歯止めを、お主がするのじゃ。」
「俺……、人を斬れないよ。」
「前に、戦で敵を見事に斬っておっただろう。」
「あれは……。」
「広和。結城を助けておくれ。」
そう言い残し、秀和殿は立ち去った。
広和殿は、屋敷へ戻った。
「田島君。ちょっと。」
広和殿は、田島を広間に呼んだ。自分の身を案じてか、隅田、原、本間、他数名の家臣を外に待機させた。
「これ、前に見せたと思うんだけど、音のできる機械。これね、しゃべったことが保存されてるの。」
殿は、例のやりとりを再生する。
田島は、額に汗を流しながら聞いておった。また、隅田たちも動揺を隠しきれなかった。
「これ、どういうことかな?」
「……山城殿にそっくりの声色にございます。」
「話してるのって、山城さんと、田島君だよね?」
「私は、そのようなことを話した覚えはございませぬ。」
「山城さんとつながってるんだよね。」
「そんなことはございませぬ。」
「お父さんの代から。」
その言葉に、田島が息を止めた。
広和殿は、ある書を見ていた。
「これに書いてあったの。秀和殿が、まだ若いころ、当時重臣だった田島君のお父さんの娘、つまり田島君の妹を山城に輿入れに出したんだって。ある日、結城が戦で兵が壊滅状態になったとき、山城は援軍を送ってくれた。でも、家臣からの山城の援軍がきたという報告がなくて、それは援軍ではなく、山城が裏切ったというように捉えたんだって。なんか、山城はその相手国とも同盟を結んでいたから、迷ったみたいなんだけど、結城に手を貸してくれたんだね。そうとも知らないで、結城は山城との通商を断った。山城は優しくて、それでも妹さんを大切にしてたんだって。田島君のお父さんは、妹さんのことが心配で内緒で会いにいった。そのとき、援軍を出したことを知って、戻って秀和殿に伝えた。でも、秀和殿は、それを信用しなかった。」
田島は、その話を微動だにせず聞いていた。
「田島君のお父さん、さすがに怒ったんだって。妹さんを大切にしているのに、嘘を言うわけがないって。でもそれが、山城の肩をもったってことになって、斬られた。田島君は、それを見て、山城に逃げたんだよね?」
「ええ。妹といっしょに可愛がってもらいました。」
「結城に戻ったのは、数年前なんだ。」
「はい。父上を斬った殿に仕えるなど、つらい日々にございました。」
そう言う田島は、もう言い訳をする気などなかった。
「私は謀反人です。どうぞお斬りください。」
田島は、覚悟を決めていた。
「……俺、人間だから、情があるんだよ。だから、田島君を助けたいと思ってるの。もし、結城に仕えるんだったら、これ以上山城に情報を流さないって約束して。それか、山城に仕えるっていうのもありだと思うんだよ。どっちがいいかな?」
田島は、黙って首を差し出していた。
「どっちか決めて。そうじゃないと、俺、田島君を斬らなくちゃいけないから。」
殿は、涙を浮かべた。
「広和殿は、お優しい殿にございます。殿は、ずっと前から私を疑っておったにも関わらず、家臣のまま仕えさせてくれました。これでも、楽しんでおったのですぞ。うつけのようで、うつけではない、わけのわからん殿は、私の心を揺らしました。しかし、山城の名が出るだけで、怒りが込み上げてくるのです。謀反人は所詮謀反人。斬られるべきです。広和殿に斬られるのならば、思い残すことはありません。」
「結城、滅ぼしたいんじゃないの?」
「私が滅ぼしたいのは、心あるものを疑った雑念です。」
「じゃあ、このまま……。」
「広和殿。お斬りください。」
広和殿は、涙がとまらなかった。それを見て、田島は笑みを浮かべながら言う。
「広和殿。実は私、あの戦のとき、秀和殿を影から矢で狙っておりました。だから、殿の刀捌きは拝見しておるのです。よいですか。頭ではなく、首を斬ってください。私が、練習台になりましょう。」
「できないよ……。」
「殿。平和な世をおつくりになりたいのでしょう?私を斬らねば、平和な世はつくれませぬぞ。」
「田島君が斬られる必要なんて……。」
「殿。さあ……。」
田島は、殿の手をつかみ、刀を抜いた。
「どうぞ。」
頭を差し出す田島。広和殿は、震える声で言う。
「こんなのおかしいよ。約束してくれれば、このまま仕えていいんだよ……。」
「殿。このまま結城に仕えることも、山城に仕えることも、私には死ぬよりつらいのにございます。それに、斬らねば広和殿は、謀反人も斬れぬ臆病者となってしまいます。」
「そんなのどうでもいいでしょ。」
「どうでもよくありませぬ。平和な世をつくるには、力が必要なのです。」
「でも……。」
「殿。結城のために、私のために、斬ってください。」
広和殿は、もう田島の覚悟は変えられないと、立ち上がった。頬に流れ落ちる涙を拭いもせず、殿は、力を刀に込め、一気に振った。
待機していた隅田たちは、中の様子を見ることはできなかった。目をつぶり、息を整えていた。
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