第14話 丸太落とし

 朝方、広和殿が目を覚ますと、居室の前の家臣の多さに驚いた。

「あれ? みんな寝た?」

と、殿は隅田に訊く。

「数名の家臣は休ませました」

「あれ? ……俺言ったよね? 半分休ませてって。」

隅田は、確かにそう言われた。しかし、殿の身の安全を守るため、配置する家臣を増やしていた。

「隅田君」

殿の落ち着いた声色が、緊張感を漂わせる。

「はっ」

隅田は、昨日の殿の言葉を思い出した。言うことを聞かなければ斬るということを。

「今日、これから結城に帰るんだよ。もしそこで何かあったら、寝てない人が力を発揮できないわけよ。どうするの?」

「いざというときは、全身全霊をもって……」

「できるの? 寝てないんでしょ?」

「……」

隅田は、声を荒げる殿に怯えていた。

「俺はさ、適当に半分って言ってるわけじゃないの。みんなの様子とか、パワーバランスとか、帰り道の危険性とか、多くの状況から判断してそう言ったの」

「申し訳ございません」

「動けない家臣がほとんどなら、身動き取れないじゃん」

殿のその怒りに、他の家臣も怯えていた。いつもは明るく優しい殿だけに、その差があまりも大きく、驚いていた。


 殿は、今にも刀を振りかざしそうな、そんな勢いであった。

「申し訳ございません」

謝る隅田も、もう斬られる、そう思った。

 最悪の事態を回避すべく、ある家臣が声を震えさせながら言った。

「殿。我々は、動けるにございます」

それに続き、殿の怒りを抑えようと、家臣たちは言う。

「はい。我々は、寝ずの戦を体験してまいりました。寝ぼけておる者などおりませぬ」

「このとおり、皆元気にございます」

「ご心配はいりませぬ」

頼もしい家臣を目に、殿は、落ち着いたようだ。

「あっそう……」

しかし、まだ緊迫した状況が続いていた。

「じゃあ、罰ゲーム」

「罰ゲームですか?」

「城下の隅に、丸太がたくさんあるのよ。表面が腐ってるから捨てたみたいなんだ。はがせば使えるって言ったんだけど、小野殿は要らないっていうの。欲しいならやるって言ってくれたから、もらっていこうか。台車あるよね? それに積んでよ」

「はっ」

家臣たちは、厳粛な態度で返事をした。

「あっ、俺が同盟の書を書き終えるまで全部積んでね。俺にふたりついて、他は丸太積みしてちょうだい。終わらなかったら、代表してひとり、斬るから」

家臣たちは、急いで丸太を取りに向かった。

「どのくらいの量があるかわからぬが、急ぐぞ」

「台車を持っていくか?」

「そうだな。丸太を乗せ終えてから持ってくるか」

最近なあなあとしていた家臣たちも、ここぞとばかりに動き出した。



 広和殿のもとには、書状が届いた。

「殿、使いの者が来たようです」

書状を開くやいなや、広和殿は、不思議な表情を浮かべた。



 「ってことで、同盟を結びます」

広間では、小野殿とその家臣に囲まれながら、昨日の儀の続きが執り行われた。

「ただし、輿入れについては受け入れかねない」

広和殿は、秀和殿からの書を読み上げる。

「代わりといってはなんだが、結城秀和養女りんを小野家重家臣に輿入れといたしたい」

その場にいた全員が、それには驚いた。

「養女りん? 誰?」

広和殿は、まだ会ったことはないが、秀和殿には養女もいたのである。広和殿がくる半年前くらいであろうか、結城の城の前で傷だらけで現れたのであった。

 「重家臣に輿入れ……」

「誰にですか?」

広和殿は、書を読み上げる。

「輿入れの重家臣については、広和が信頼できる人物を選ぶとよい」

小野家の家臣が、緊張の渦に包まれた。広和殿は、小野殿に言う。

「小野殿の、信頼できる家臣を」

「俺の? えっと……」

小野殿は、家臣を見渡す。そして、横にいた飯田と目を合わせる。

「飯田君で」

「じゃあ、飯田君、よろしくね」

「はっ」

 そして、無事に同盟が結ばれようとしていた。



 「殿!」

広和殿の家臣が、報告しにきた。

「なに?」

広和殿は同盟の書を書いていた。

「本日明け方、山城が兵を挙げ、結城に攻めてまいりました。孝和殿を総大将に応戦しておりますが、手が付けられないほど攻め込まれております。援軍の要請があり、広和殿の担当地域からも兵を出してほしいとのこと」

「孝和君の地域の兵って結構人数いたよね?」

「結城の兵8000、山城の兵1000足らずです」

「なんでそれで負けるわけ?」

「それは……」

家臣にはわかっていた。孝和殿は、戦が下手であること。しかし、そのようなことは口が裂けても言えない。

「お父さんはなんて言ってるの?」

「判断は、広和殿に任せるとのことです」

「そんな……。っていうか、山城か。田島君……」

殿は、不安げな顔をした。


 「急げ!」

城下の隅では、家臣たちがせっせと丸太を台車に乗せていた。縄で台車と丸太を固定し、落ちないようにする。

「残った丸太はいかがしますか?」

「何人かで先に運んでくれ」

すべては台車に乗り切らないため、何本かの丸太はそのまま運ぶことにした。台車に乗る分をすべて積むと、それを運ぶだけであった。

「よし。運ぶぞ」

丸太を乗せた台車は男3人でやっと動くほど。

「くそー」

道はでこぼこで、台車が思うように動かなかった。

 そこに、丸太を運び終えた組の家臣が走ってくる。

「殿に着いた家臣からじゃ。もうじき書き終わるぞ!」

台車を囲むように家臣が集まり、数倍の力で台車を押していく。皆、息を荒げながら、心ひとつに台車を押していく。

 そして、たどり着いた。


 殿が書状を書いておるかと思い、皆その場で待っておったのだが、なかなか殿は出てこない。殿も出てこないが、殿に着いたふたりの家臣の姿も見えなかった。

 そこに、小野殿がやってきた。

「ちょっと待っててね」

「あ、あの、同盟の方は?」

「結んだよ。今ね、覗き見してるところ」

家臣たちは、皆息を飲んだ。間に合わなかった。

「隅田君」

汗まみれの隅田を見て、小野殿は言った。

「結城さん、みんなのこと心配してるだけだから。大丈夫」

大丈夫というのは、隅田が斬られる心配がないということなのかはわからないが、隅田にとっては、言葉を受け止める余裕もなかった。


 遠くから、広和殿と家臣ふたりが走ってきた。

「あっ! 丸太!」

 殿は、皆を集めた。

 これから殿に斬られる。隅田は、死を悟った。

 「丸太を、崖から落とそうか」

丸太を積んでいた家臣たちには、何のことなのか不明であった。皆、ボケッとしている。

「あっ、そうか。あのね、山城が挙兵したから、孝和君が戦ってるんだって。結城8000、山城1000なんだけど、負けてるらしいのよ。で、今覗きにいったら、山城の本陣がそこにあるの」

殿は、紙に絵を描きはじめた。

「ここ。ここは、崖なのね。で」

その絵に、矢印をつける。

「こっから、丸太を落とす」

家臣たちは、皆頷いた。

「どうかな?」

誰も、意見を言わなかった。

「疲れちゃったの?」

「いえ……」

先ほど殿に、動けることを言ったばかりである。

「隅田君。どう思う?」

「崖から丸太を落とし、本陣に攻めるということにございますね。しかし、本陣がこの距離ですと、崖にも敵がおるのではないかと」

「それがさ、いなかったのよ」

「では、よいかと思います」

「それだけ?」

「はい」

「いつもはブーブー言うくせに」

隅田は、それどころではなかった。

「殿。矢で狙われれば、丸太を落とすために顔を出したところでやられてしまいます」

「じゃ……、石でも投げようか。下向きのほうが、重力かかるでしょ。さすがに、石が降ってる中、上を向いて矢を放てないよ」

「それだけで相手を討つことは……」

「怯ませればいいの。孝和君の方から視線を逸らせれば、さすがの孝和君も、勝てるんじゃない?」

殿は、家臣たちを見渡す。

「あと、なにかある? なければ、行くよ」

「はい」


 先ほど同様、崖には敵の姿はなかった。

「これを灯台下暗しっていうんだね」

丸太を乗せた台車を、皆で崖の上まで運んだ。

「よし。じゃあ、二組になって丸太を放り投げようか。並んで」

指示通り、整列する。

「丸太を投げ終わったら、すぐ後ろに下がってまた丸太を持つ。石を投げる人は、その途中で前に出ようか。2本間隔でいいか。丸太、丸太、石、丸太、丸太、石の順番でそこに出ようか。丸太がなくなったら……みんなで石を投げよう。いい?」

「はい」

 そして、殿の合図が出た。

最初の組の人が丸太を崖の上から投げる。下の様子を気にせず、次の丸太も投げる。

 「逃げろ!」

その声は、本陣で起こった。転げ落ちる丸太が、本陣の幕を破った。

「結城だ!」

その声に、本陣の周りにいた兵の気が崖に向く。

「矢を放て!」

そんな山城の声が響いてくるが、広和殿たちは、そのまま丸太を落とし続けた。

「矢がこないですね」

「下から上には、難しいのよーん」

広和殿は、石を投げていた。

 山城の本陣が丸太で埋め尽くされるころ、山城殿はもうすでに逃げていた。

 「山城が逃げましたぞ」

「勝ったのか?」

隅田は、あることに気がついた。

「殿。これは、殿が戦を仕掛けたことになります」

「え?」

「結城は、自ら戦を仕掛けないという誓いを立てています」

「でも、仕掛けられた戦でしょ」

「それは秀和殿と孝和殿にです。広和殿は、まだ結城の殿となって数か月。1年は、結城全体とは別個として扱う特約がございます」

「そうだっけ?」

「では、その特約を破ったことになってしまうのか……?」

「そうなの?」

「そんな……」

「しかし、秀和殿からは判断は任せるとのことでした。これは、秀和殿の指示と考えたほうがよいかと」

広和殿とかばう家臣たち。

「山城から見たら、手を出したことになるよな……」

と、殿も事の重大さに気がついた。


 殿は、帰りながら頭を抱えていた。

「俺が戦を仕掛けた……」

悩む殿を、皆が心配そうに囲みながら歩いていた。

 東谷村に差し掛かった時、村人が地べたで休んでいた。

「殿!」

村人が一向に声をかける。

「どう? 順調?」

「ええ。おかげ様で」

村人は、いつもと雰囲気が違う殿に訊く。

「殿。いかがなさいましたか?わしらで助けられることはございませぬか?」

殿は、その優しさに、はっと思いついた。

「あっ、城を建てようとしていたっていうのはどう?」

「城を?」

「そう。そのために、丸太を転がしたの」

「なるほど」

「しかし、あのような崖に城をいうのは……」

本陣があったのは、山道を降りた急な崖。崖の上に城をつくるというのは防御面から納得がいくが、崖の下に城をつくるというのは、素直に頷けるものではない。


 明日、広和殿の参戦について、山城から意見書が届いた。


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