第13話 似ている殿
家臣たちは、広和殿に慣れてきたのか、奇怪な行動も笑えるくらいの心持ちになっていた。
本日は、小野家という、最近力をつけてきている国と同盟を結ぶ約束であった。小野家には、直接結城が伺う形をとったため、数名の家臣を連れ、道を行く。
「いい天気だねー」
「そうでございますな」
「原君も無事戻ってこれてよかったねー」
先日、原は料理長と村中をまわっていたのだった。
「きちんと村全部まわりました」
「俺の言いつけ守ったんだね」
「もちろんです」
「だよね。守らなかったら、斬られるもんね」
その言葉に、家臣全員が固まった。原は足と止め、隅田を顔を合わせる。戦のときに敵を斬る殿を見たとはいえ、家臣を切り殺すような殿には思えなかった。また、殿に仕えてから数か月程経つが、そのような恐ろしい言葉を聞いたことはなかった。
「なんか、変なこと言った?」
「殿。今、斬るとかなんとか」
「そう。ほら、家臣も人間だからさ、失敗はあるわけでしょ。だから、それは許すよ。でも、罰を与えて言うこと聞かないんなら、斬るよね」
「はあ」
原は、殿に聞こえないように隅田と話す。
「殿、いかがしたのだ?」
「最近、殿は居室で書を読まれておるんだが、殿としての在り方に、悩んでおるようだ」
「お優しい殿だと思っておったのだが」
「お優しいのには変わりない。しかし、優しいだけでは殿は務まらんと感じたのだろう」
実際、家臣たちは広和殿の前でだらけたり、へらへらしたりし始めていた。広和殿は、その様子に気がついていたのであろう。
小野家の城が見えてきた。
「あちらが小野家にございます」
「すごい守りだね」
城の周りには、二重三重にも兵が待機しておった。
「こわー」
家臣の後に続き、殿も城の中に入った。
同盟を結びにきたとはいえ、敵国。多くの兵が守備を固めるなか、隅田たちも慎重であった。殿も、その体制に恐縮したのか、体がカチカチである。
広間に通されると、小野信新と、その家臣がずらりと並んでおった。
「こんにちはー」
と、緊張しながらも殿は挨拶をした。そして、秀和殿に教わったように、作法をしかとしながら、話しはじめる。
「結城広和です。……。なんだっけ……」
「遠くなかったですか?」
「はい、少し遠かったです」
「ですよねー。俺、途中の寺でいいんじゃないかって言ったんですけど、この飯田君が危ない危ないってうるさいんですよ」
「殿! 何をおっしゃっておるのですか!」
まるで、広和殿のように気さくで明るい小野殿。話し方も言葉遣いも、広和殿とそっくりであった。それに、家臣に注意される姿も。
「結城さんって、あれですよね?」
「あれ?」
「タイムトラベラーじゃないですか?」
「そう……なの?」
「え、違うんですか?」
まるで何でもお見通しの小野殿に、戸惑っていた。
「あ、俺、2020年から来たんですよ」
「そう……なんだ」
「結城さんは、いつからですか?」
「何年からとかは、覚えてない」
「そうなんですか。でも、安心しますよー。仲間ができたって感じ」
小野殿の家臣飯田は、それに対し口を出す。
「仲間って、殿。まだ同盟は結んでおりませんぞ」
「これから結ぶんでしょ? 結城さんって、自らは戦を仕掛けないってやつですよね。本当は、そういう風に俺もしたいんですよ。でも、今の小野家は弱くて。弱いものがそんなことしたらやられるだけ。だから、力をつけてからそういう風にしたいと思ってるんです。戦のない平和な国をつくるために、頑張りましょうね」
小野殿の輝いた眼差しからは、本当に戦のない平和な国をつくりたい、そういった想いが伝わってくるようだった。
「結城との同盟なんだけど、もし小野家が攻められても、結城は直接攻撃されない限り戦闘協力はできないよ。それでもいい?」
「はい。小野は小野でやるんで。でも、多少は助けてほしいですけど」
「ふーん」
「俺は、この世から戦をなくしたいんです。そのためには、同じ想いを持っている国が協力しないといけないと思うんです。小野は、敵国を少しずつなくしていきます。結城さんは結城さんのやり方でいいです。結城さんって、強いじゃないですか。敵に回したくないんです。同じ気持ちなのに、敵になるって、嫌じゃないですか」
「ふーん」
納得できないような広和殿に、小野殿が言う。
「どうしても、同盟を結びたいんです。この通りです」
小野殿は、深々を頭を下げる。それに次いで、家臣たちも頭を下げる。
「んー」
広和殿は悩んでおった。それは、秀和殿と小野家との同盟について打ち合わせをしていたことであった。
広和殿の頭に、秀和殿の声がよみがえる。
「いいか、広和。小野は結城を仲間にしたがっておる。本当かどうか、本音を引き出してこい。もし、輿入れの話になれば、相手の誠意が強い証じゃ。そうなれば、同盟を結んでこい」
「同盟ね……」
広和殿の取りつめた態度に、小野殿も誠意を表す。
「広和さんのもとに、
「輿入れ?」
「はい。家臣の娘なんですけど」
「なんで?」
「すいません。女の子が、少なくて」
その家臣とは、小野殿に仕える中級家臣であった。
「せめて重臣じゃないとな……」
「ですよね……」
小野殿は、懸念の顔をした。どうすれば結城を納得させられるか、家臣たちも頭を悩ませた。
しかし、本当に同盟を必要としているのは、結城の方であった。
小野家は着々と勢力を伸ばしてきており、今や大国になろうとしていた。小野家を敵にまわせば、いずれ結城は攻め滅ぼされる。結城としては、なんとしても小野家と同盟を結びたい。だから、こうして直接小野家に足を運んだのであった。
「俺、若殿なんでね。お父さんに、聞いてからでいいかな?」
「はい。それは構いません」
「何卒、よろしくお伝えください」
小野家家臣たちからも丁重に頭を下げられる。
殿は、
「書状書くから、筆と
と、隅田に言う。
そして、小野殿に頼みごとをした。
「あのー、城下、見せてもらってもいいですか?」
「もちろん。案内しますよ」
広和殿は、家臣に秀和殿への書状を届けるよう申し伝えた。その後、小野殿といっしょに城下を歩いた。
「そういえば、結城さんって城下を立て直したんですよね?」
「そうそう。いろいろ大変だったよ。家臣にバカにされるしさ」
「それは俺もいっしょです。何言ってんだって、バカにされてますよ」
「小野殿の噂も聞いてるよ。強いらしいね」
「それは俺じゃないですよ。強い家臣に守られてるんです。その家臣も、どれだけ失ったか」
小野家は、小さい国だけに相手にされる戦も多い。結城よりもはるかに多い戦経験があった。
「この時代、つらくないの?」
「つらいですよ。でも、戦わなくちゃ、やられます。俺を守ってきた家臣、みんなの気持ち、背負ってるんです」
「へぇー」
ふたりは、顔を見合わせた。
「いや、俺、最初は何度も城を逃げ出してたんですよ。その度に、敵に狙われて、何度も家臣が守ってくれたんです」
「俺は、お父さんに助けられたなー」
「あー、秀和殿ですか? 養子なんですよね?」
「よかった、あの人の養子で。小野殿を見ていたら、自分を見ているようでさ。やっぱり、変なんだよね。今思うと、よく俺を受け入れてくれたなーって」
そんな広和殿に、小野殿は微笑んだ。
「そこの
城下から戻ると、日は沈もうとしていた。
「もうじき夜です。今夜、泊まっていってください」
そんな小野殿のもてなしに、結城一同は困惑する。同盟を結んでいないにも関わらず、相手国で寝泊まりなど危険である。
「どうする?」
殿は、隅田に尋ねた。
「結城への帰り道は、山城が押さえているかもしれませぬ。暗い中あそこを通るのは、危険かと」
「田島君ってそのこと知ってんの?」
「もちろんです。他国に狙われそうな場所は、家臣は皆存じております」
「泊まっていこうか」
「しかし、田島がなんとか山城を引き離してくれるのではないかと。小野に寝泊まりも危険ですので」
「いや、小野のほうが安全だよ」
「そ、そうですか」
小野と山城。田島に謀反の疑いがある以上、山城には厳重な体制で臨まなければいけない。暗い夜道で山城と討ち合いになるよりかは、同盟を結ぶ予定の小野の方が安全と判断したのだ。
「じゃあ、寝るね」
「ええ。殿は、お休みください」
「殿はって?」
「何があるかわかりませぬ故、皆待機いたします」
「半分は寝てくれる?明日に備えて」
用意されたのは、小野殿の隣の居室であった。
「どこにすればいいのか、迷ったんですけど、一番安全なのは、俺の隣ですね」
これは、小野殿の取り計らいであった。小野殿は、広和殿に耳打ちする。
「もし、何かあったら叫んでください。これでも俺、強いんですよ。守りますから」
「ありがとう」
簡単と受け入れた殿に、
「いや……、一番危険ではないか」
と、隅田たちは思った。それはそうである。同盟を結ぼうとしている両国ではあるが、油断は禁物。この機に、広和殿を襲ってくることも充分考えられる。
小野の守りと同様に、いやそれ以上に警護する必要がある。隣の居室とあらば、少しの気も抜いてはならない。
家臣が落着けない夜。小さな物音にでさえ、警戒する。
殿ふたりは、そうでもなかった。小野殿も広和殿も、すやすやと眠っておった。
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