第12話 味噌汁の配給

 広和殿は、刀を振っておった。

「殿、横にこうです」

隅田と原が、殿に敵の斬り方を伝授する。

「こう、でしょ?」

殿は、刀を上から振りかざす。

「それでは、頭に刺さってしまいます。斜めに斬るのです」

「意外と難しいんだね」

「力強く、明確な刀捌きは、憧れます」

「へぇーめずらしいね。隅田君が褒めてくれるー」

隅田は、刀捌きだけでなく、攻め込むときの身のこなしにも、一目置いていた。

「殿は、動きが素早いのです。私も、そのように身が軽くなれたらいいのですが」

「できるよ。隅田君は痩せてるし。原君はほら、おなかに赤ちゃんいるから無理だけどさ」

原は、お腹がポッコリ膨れた太り気味の体型をしている。

「赤ちゃんとは、赤子のことですな。殿、私は男にございますので、赤子はできぬのですぞ」

「そんなの知ってますー。じゃあ、ここに何が入ってるんですかー?」

殿は、冗談交じりに原のお腹をポンポンと叩く。

「……幸せにございます」

そのとき、その場がシーンとした。

「え……何か、変なことを申しましたか?」

「幸せなんだ」

「はい」

殿は、自分のお腹を触ってみる。

「俺は、幸せじゃないのかな?」

「いえ、殿。殿も少しずつ膨れてきているような気が……」

「マジで?走ってこよっかなー」


 殿は、城中を走った。

 すると、台所の裏で、あるものを見つけた。殿は、それを手に取り、料理人たちに尋ねた。

「ねえ」

殿の声に、料理人たちが裏口を向いた。

「これ、捨てたの?」

「はい」

「なんで?」

「それは、葉だからにございます」

「これ、食べられるから」

「え?」

殿は、その葉をもって、台所に入った。

「殿、それは大根の葉にごさいますが」

「そう。よく洗って」

「はい」

料理人が、大根の葉を洗う。その間に、殿は、作っていた料理を眺める。

「んー」

すると、調味料の味噌を見つけた。

「味噌汁にしようか」

そう言うと、殿は大根葉を細かく切り、沸かしたお湯でゆで始めた。おにぎりの一件のように、料理人たちはその様子をしかと眺めていた。

「味噌を入れて……」

殿は、味見をする。

「んー、いいんじゃない? どう?」

と、料理人にも味見をさせる。

「おいしゅうございます」

「でしょ? これ、結城の人たちみんな捨ててるの?」

「そのような者のほうが、多いと存じます」

「えー、食べ物は大切にしようよ。食べられるところは、全部食べないと。大根に失礼でしょ?」

「大根に失礼……?」

「大根様を怒らせたら、二度と大根が取れなくなるよ」

そのような聞いたこともない言い伝えを話すと、料理人たちはざわついた。

 殿は、あることを思いついた。

「料理長!」

「はい」

「今日のご飯の準備はみんなに任せて、ついてきて」

「はっ」

料理長は、殿に叱られると思っていた。食べられる食材を捨てるなど、料理人としては情けないことである。

 殿は、屋敷に戻り、台所担当の家臣を尋ねた。

「台所については、私にございます。」

それは、原であった。

「原君。味噌を持って、結城の村全部まわってきて」

「はい?どういうことにございますか?」

「大根の葉って食べられるんだけど、料理人は捨ててたんだよね。それ、結城の人たちも知らないかもしれないから、村全部まわって、捨ててある大根の葉で味噌汁作ってきて」

「大根の葉?」

「作った味噌汁、村人全員に食べさせてきてね。村も全部まわるんだよ。そうじゃない限り、戻ってこなくていから」

「いや……」

「食べ物を無駄にした罰だよ」

 突然のことに、原はわけがわかっていなかった。とりあえず、準備をして、城を後にした。

「原殿。申し訳ございませぬ」

料理長は、大根の葉を捨てていたことが、こういう事態になってしまったことを謝った。

「大根の葉を食べさせるということだな?」

「はい。食べ物を無駄にするなとおっしゃってました」

「だから、村を全部まわって、大根の葉も食べさせるようにするということか」

原は、何気に殿の考えがわかるようになってきていた。


 「村長はおるか?」

「はい」

原たちは、村に着いた。

「広和殿の家臣の原と申す。殿から、村人に大根の葉の汁を振る舞うよう命じられた。台所をお借りできぬか?」

「はあ。しかし、何故大根の葉の汁を? 葉は、捨てるものでは?」

「それが、殿は大根の葉は食べられるから、無駄にするなということをおっしゃってました」

「そうなのですか。大根の葉でしたら、今お持ちいたします」

 村長は、今しがた捨てたばかりであろうまだ新鮮な大根の葉を持ってきた。

「では、村人の方全員に器を持って集まるよう伝えてください」

「はい」

 そのうち、村人たちが集まってきた。何をしておるのか気になる村人たちが、家の中を覗き込んでいた。

 料理人は、味見をする。

「うん。これでよいでしょう」

「随分と簡単であるな。では、器を」

原は、村人たちの器に、味噌汁をよそっていく。

 温かい味噌汁を手に、村人はほっとした顔をしていた。

 ある村人が言う。

「うーん、おいしい。身体中に、温かさが染み渡ります」

別の村人も言う。

「これが大根の葉か。新しい味じゃ」

「おいしい」

「これが大根の葉……」

村人たちは、たいそう喜んでいた。

 味噌汁を配り終えると、原たちは次の村を目指した。



 秀和殿には、坂本からそのことが伝えられた。

「原と料理人が、村で味噌汁を作っておると?」

「はい」

「村人は、喜んでおったか?」

「はい。そのようであります」

「よいではないか」

秀和殿は、広和殿を信頼しているようで、民が喜ぶ政策をしたことを褒めておった。


 一方、孝和殿には松山からそのことが伝えられた。

「村で大根の葉を使った料理を披露しておると?」

「はい」

「何故そのようなことを?」

「食べ物は無駄にするなとの意味であると」

「大根の葉は、食べ物なのか?」

「そのようです」

孝和殿には、奇怪な指示を出す広和殿のことを信じられないようであった。

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