第7話 殿は庶民出身

 隅田と原は、屋敷中を探し回っていた。バタバタと足音がそこら中を鳴らしている。

 廊下で本間とすれ違う。

「本間、殿を見かけなかったか?」

「殿でしたら、今しがた出かけました」

「出かけた?」

「どこじゃ?」

本間は、迫るふたりにもたつきながら答えた。

「東谷村にございます」

「東谷村?」

「何かあったのか?」

「いえ。殿が挨拶のお返しにと」

「はあ?」

ふたりは、顔を合わせた。


 廊下を急ぎ足で歩きながら、ふたりは話す。

「なんじゃ。挨拶のお返しとは」

「聞いたことございませぬ」

「しかも、同行したのは田島ひとり」

「田島が腕のいいのはわかっておるが、さすがにひとりというのは……」

「本間殿も何を考えておるのか。殿に何かあっては遅いのじゃ」

「東谷村には私が参ります」

隅田は、すぐに支度をする。

「そうか。頼むぞ。私は屋敷で、万が一の場合に備える」

 城下をあっという間に栄えさせ、他国に名を馳せた広和殿。しかし、結城の発展を好まない隣国から恨まれる可能性も秘めていた。何を考えておるのかわからない殿であるが故、家臣たちはこのような突発的な行動に頭を悩ませていた。


 隅田が東谷村に着くと、その百姓たちに歓迎を受けた。

「これは、何事か」

「どうぞどうぞ」

と、田へ案内された。

「殿!」

隅田が見たのは、田へ入る殿の姿であった。

「殿、何を?」

「おー、隅田君。どうしたの?」

「どうしたの? ではございませぬ。何をしておるのですか?」

「土、耕してんだよ」

着物を汚し、顔に土をつけている殿の姿に、隅田はあきれる。田島も、似たような姿であった。

「土を耕すなど、殿の仕事ではございませぬ」

鍬を振りながら、殿は答える。

「なんで?」

「それは、百姓の仕事でございます」

「でもさ、腰痛いんだって」

そういえば、前に東谷村の百姓たちが城へ挨拶をしにきたときに、そんなことを話していた。

「しかし、だからと言って、殿がしなければならぬことではございませぬ。東谷村は、結城の中でも隣国に近い村にございます。こんなところで敵に奇襲などでも仕掛けられたら……」

「大丈夫だよ。俺、恨まれるようなことしてないもん」

「城下を見事に栄えさせ、他国から民が押し寄せております。そのせいで、自分の国から民を取られたと恨んでおる国もあるやもしれませぬ」

「考えすぎでしょ?」

「現に、山城や橋本という結城の敵国の民が大勢入ってきております。気を抜いていては攻められますぞ」

隅田の心配は、殿には届かなかった。

「隅田殿」

田島が隅田に声をかける。

「殿は大丈夫です」

「田島。お主も甘い考えをしおって」

「殿は、立派です」

「何を申しておるのか。あのような姿が立派なのか」

「はい。私には、秀和殿より立派に思えますが」

「……そんなことがあるか。もしや田島、同行の際に褒美でももらったか?」

「褒美など、とんでもない。楽しゅう時間を過ごしただけのことです」


 「殿、えらい上手ですな」

殿は、農民も認める慣れた手つきで、どんどん土を耕しておった。

「まあねー。昔おじいちゃんの手伝いしてたからさー」

「おじいちゃんの手伝いにございますか?」

「そう。うち、農家だからさー」

「え? 農家ですか?」

「遠い国からきたお方を秀和殿が養子にしたとは聞いておったが、農民のお方だったのですか」

「親近感が湧きますな」

それを聞いていた隅田は呟いた。

「殿が、農民……」


 田はどんどん耕され、一面手をつけ終わった。日も下がり、皆、田から出てきた。

「じゃあ、帰るね」

帰り支度をする殿に、農民は言った。

「いえいえ、どうぞ休憩していってくださいませ」

殿に手伝ってもらい、ただで帰らせるわけにはいかない。しかし、殿は断った。

「いいよー。ほら」

殿は、そこにいた隅田を指差す。そして、農民たちに聞こえるだけの声で、

「怒られちゃうからさ」

と言った。農民たちは、くすくすと笑い、殿を見届けた。


 城に着くと、原が足をゆすりながら待っておった。

「ただいまー」

「殿―!」

着物の汚れを見るなり、殿に尋ねた。

「どうかされましたか?」

「疲れちゃったー。腰、揉んでくれない?」

殿は、原の前に腰をおろす。

「はい」

 殿は、田島に声をかける。

「疲れたでしょ? 腰、大丈夫?」

「はい。殿のように上手くできませんでしたが、楽しゅうございました。しかし、あれを毎日やるとなると、腰がもちませぬ」

「農民って、大変なんだよね」

「いい勉強になりました。ありがとうございます」

「もしよかったら、いっしょに風呂入らない?」

「大変嬉しゅうことではありますが、殿とともに風呂など、若輩者の私には……」

「なんで?入ろうよー」

「ゆっくり、入られてください」

田島が下がると、原は殿に言った。

「あの、風呂はひとりで入るものでは?」

「いいじゃん」


 殿が風呂に入っている最中、原は、隅田に訊く。

「何をしておったのじゃ?」

「田を耕しておった」

「田を? 殿がか? だから、着物が……」

「殿は、農民だったそうじゃ」

「何?農民……。信じられなくはないな」

隅田は、さえない表情をしたまま、立ち去った。

 隅田は、殿のことを優秀な殿であると思っていた。しかし、殿が農民出身であることを知ってしまった。

「農民などを殿に……。身の危険を案じることができないわけだ……」

 そうぶつぶつと言いながら歩いていると、秀和殿とすれ違った。

「隅田」

「はい」

秀和殿は、隅田の様子に気がついた。

「どうかしたのか?」

「いえ……」

「隅田。広和は、どうだ?」

「それは、その……、優秀な殿であると……」

「まことに思っておるか?」

「あ……、その……、はい」

「本日は東谷村へ行っていたようじゃが、何をしていたのじゃ?」

「田を耕しておりました」

「ほう。それで?」

「殿は、農民出身のようで、手つきがよく、民に喜ばれておりました」

「ほう。民は、楽しそうであったか?」

「はい」

「ならば、よかったのう」

そう簡単に受け流し、立ち去ろうとする秀和殿を、隅田は呼び止めた。

「殿」

「ん?」

と殿は、隅田を方を向く。

「殿は、農民であった広和殿を、何故養子にされたのですか?」

「広和が、結城を助けてくれたからじゃ」

「しかし、広和殿は農民……」

「それが、なにか問題かのう?」

「え?」

「農民じゃろうが、商人じゃろうが、侍じゃろうが、わしにとっては関係ないのう」

「はあ」

「農民に仕えるのは嫌か?」

隅田は、何も答えなかった。

「庶民の心をしておるからこそ、庶民を喜ばせることができるのではないか?」

 隅田は、東谷村で見た農民たちの笑顔を思い出した。そして、頭を下げ、行先を変更し、屋敷に戻った。

「私は、どこへ行こうとしてたんだ?」

 秀和殿は、笑みを浮かべながら、その姿を見ていた。


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