第6話 城下の発展
秀和殿より、
多くの家臣は、その取り決めに驚きを隠せないでいた。それは、広和殿に与えられた政務は、これまで秀和殿がなしてきたことだからである。孝和殿はこれまでも軍事関係についてあたってきたが、これほどの権限を与えられたことはなかった。この取り決めにより、後継ぎは広和殿にするつもりではないのかという心が見えはじめたのである。
広和殿は居室に戻り、疲れたのか横になっていた。そこに、家臣の隅田と原がやってきた。
「殿、東谷村の民が、殿にご挨拶をとのことにございます」
何の受け答えもない殿を心配し、ふすまを開ける。
「殿? 具合が悪いのですか?」
「なんかさ、俺、すごく大変なこと任されてない?」
「秀和殿は殿に期待しておるのではないでしょうか」
「今の結城は、閉塞しております。殿の案で平和な国をつくってほしいと願っておるのです」
「ですからまずは、挨拶を済ませましょう」
「挨拶は、殿の立派な任務でございますぞ」
殿は、面倒な顔をしながら、民との挨拶を済ませた。そして、またすぐに居室へ閉じこもってしまった。
隅田と原は、殿の様子を心配する。
「殿、元気がないようですが」
「なんかさ、俺、なんで殿なんだろうと思って」
殿は、自分の立場を悩んでいた。
「こうして政務を任せられたのです。平和な国になるよう努める、それは殿にしかできませぬ」
「平和な国って言われてもさ、平和じゃん。戦もないし」
「先の戦で、結城は多くの兵を失いました。今のところ何事も起きていませぬが、これからどうなることやら……」
「戦も心配ではありますが、城下の様子も気になります。人が減り、静かにございます」
「城下って、俺の仕事だよね? っていうか、城下って何?」
城下も知らぬ殿を、ふたりは驚く。
「商人が店を出し……」
「あー、バカ殿で見たことある」
殿は、急に元気な声を出した。
「バカ殿?」
「バカという名の殿など、聞いたことございませぬが」
「バカっていうのは、ほら。なんていうの? おかしなことを言ったり、おかしなことをする人のこと」
「うつけのことにございますか?」
「うつけっていうの? そのうつけの殿の話だよ」
「うつけの殿とは、殿のことにございますか?」
殿は、固まった。
「隅田!」
と原が注意する。
「……俺って、うつけなの?」
殿は、ひょんな顔で尋ねる。
「いえ……」
とふたりは頭を下げる。それを受け、殿は首をかしげた。
殿は、隅田と城下町に行った。
「わー」
店が立ち並んでいるのを見るに、子どものようにはしゃぐ殿である。
団子屋の前で、いい匂いを嗅いでいると、
「殿、団子召し上がっていってくだされ」
と、誘われ店内で団子を食べた。隣にいる隅田に、気になっていたことを訊く。
「おいしい。だけどさ、なんか人少なくない?」
外にちらほら人がいるだけで、店の中には殿と隅田しかいない。
「先の戦では商人や農民からも兵を出し、ほとんど失いましたので」
「今、結城の国の中で暮らす人が少ないってこと?」
「はい。ですから、このように城下も静かになりました」
「じゃあ、人を増やせばいいんじゃない? 他のところから来てもらおうよ。」
「それは厳しいですな」
と、話を聞いていた団子屋の主人が言う。
「なんで?」
「結城に入る関所は、高いのにございます。高い税を払ってまで来る者などおりませぬ」
「なんで高いの?」
と殿は隅田に訊く。
「結城は金がないのにございます。関所で税をとり……」
殿は、思いついたのだ。
「関所なんてなくしちゃおうよ。そうだよ。だって、信長だってそうしたよね?」
殿は、楽しそうにそのようなことを言う。
「しかし、それは……」
「こういうことはまず相談してみないとね。行くよ」
殿は、城に戻るなり、秀和殿に案を申し上げた。
「関所をなくす?」
秀和殿が、眉間にしわをよせる。それを見た家臣たちが、身を引き締める。広和殿は、そのような緊張した空気を気にせず意見を述べる。
「そう。そうすれば、結城に人が集まってくるじゃん。城下だって盛り上がるし、ものも売れる。関所でちまちまと税金をとるより、儲けたところから税金にしてもらうほうがいいんじゃない?」
隅田は、ずばずばと発言する殿をとめようとするのだが、そうはいかない。怒号が響き渡る、そう思った瞬間、秀和殿の表情が変わった。
「ほう」
口角が上がったかと思うと、立ち上がり、広和殿の顔を覗きこむように言った。
「おもしろいことを思いつくのだな」
秀和殿は意外にも乗り気であった。
「よいぞ。関所を廃止しようではないか」
隣で聞いておった孝和殿は、驚いた。
「まことにございますか?」
「ああ。城下が栄えれば、結城に金が入ってくるのじゃ」
「しかし、関所を廃止するなど……」
「わしがよいと申しておるのじゃ」
秀和殿は、強くそう言った。
広和殿は、また団子屋に行った。
「関所をなくすことにしたんだ」
「ほう。まことに関所をなくすのですか?」
「そう」
殿は、立ち並ぶ店の遠くまで見渡した。
「人、たくさん来ればいいなあ」
「そうですな」
見る限り、ちらほら人が出入りするくらいの静かな城下。殿は、この景色の上に、他国から人が集まって賑わっている景色を重ね合わせていた。
そして、結城は関所を廃止した。
結城を訪れた他国の民が、関所に来た。
「あのー、通行したいのだが」
と民が言うと、
「どうぞ」
とあっさり通行を許可された。
その民が国へ帰る途中、道で出くわした民に、結城の関所をただで通行できることを話した。
「そんなことあるかい。結城に行くには、金がかかる」
「金をとられなかったんだよ」
その噂は、次から次へと伝わった。
「結城が関所をなくしたそうだ」
「結城が? 一度行ってみるか」
噂は噂を呼び、他国から人が集まってきた。
「結城に入れるとは、夢のようじゃ」
高い税をかけていたことから、結城は敷居が高いと思われていた。それが、こうして関所を通行できるようになり、結城が開かれたのである。
商人たちは、どんどん入ってくる人の対応に大忙しであった。
団子を求めて客が列を作り、店内も混み合っていた。奥さんや子どもたちが、店内で動き回る。
「お茶くれんかのー?」
「はいよー」
「随分と栄えとるね」
「えー、新しい若殿様が関所を廃止したんですよ」
「新しい若殿様かい?」
「なんでも、空から降ってきおったらしいんですわ」
「ほほう。結城は面白う国にございますな」
外で、主人の声がした。
「殿!」
団子屋に、広和殿が訪ねてきたのである。
「中にお入りください」
殿は、ちらっと中の様子が見えるなり、おっと声を出した。
「こちらどうぞ」
と今片付けたばかりの席に案内された。
「あれが結城の若殿か」
「身なりが崩れておる」
と客たちが囁きながら殿を見る。そこに、奥さんが、団子とお茶を持ってきた。
「殿のおかげで、こんなにお客さんが来てくれました。ありがとうございます」
「外、人が並んでたね」
「そうなんです。忙しくて、子どもたちにも手伝ってもらってます」
5,6歳くらいの坊やたちが、せっせと席を拭いたり、団子を運んだりしていた。
殿は、持ってきてもらったお茶をごくりと飲み干し、団子をパクリと二口で食べ終えた。
「俺もやるか」
殿は、腕まくりをした。
「殿?」
「俺も手伝うよ」
「いえいえ、殿にお手伝いなど、とんでもございません」
「いいよ、手伝いたいの」
「しかし……あんた!」
奥さんは、外に出て、そこで団子を売っていた主人に呼びかける。
「なんだ?」
「殿が、手伝うとおっしゃってるのよ」
「え?」
主人が中にいる殿に、話しかけようとのれんをくぐると、そこに席に殿はいなかった。
「あれ?」
「あっ、殿!」
殿は、奥でお茶を淹れていた。そのお茶を年老いた客に運び、
「どうぞ」
と置いた。
笑顔をふりまく殿は、客に人気のようで、
「若殿様にお茶を淹れてもらえるとは、生まれてはじめてじゃ」
「俺もこんなにおいしいお茶を淹れたのは、生まれてはじめてです」
「うーん、殿が淹れてくださったお茶、おいしゅうございます」
「そう?」
と、他国の民と楽しそうに話しておった。
「殿ー。私にもおいしいお茶をくれんかの」
そんな風に、殿にお願いしてくる客もいた。
「今持ってくねー」
殿は、愛想がよい。どこの国の民なのかも気にせず、笑ってお茶を振る舞っていた。
団子屋の手伝いを終えると、殿のもとに多くの商人が集まってきた。
「殿のおかげで、ここまで栄えました」
「店も手伝ってくれるなど、まことにありがとうございました」
「お客さんが言っておりましたぞ。結城の若殿は、優秀ですなと」
感謝の言葉が次々と述べられた。
「ありがとね、みんな。これからどんどん栄えると思うから、体調に気をつけてね。ばいばい」
殿は、手を振り、城下を後にした。
殿の思惑どおり、城下にはまた人が多く集まってきた。その様子を、秀和殿も目にした。
「坂本」
「はい」
「ここは、結城の城下であるよな?」
「はい」
「別の国のように栄えとる」
「そうでございますな」
秀和殿は、高笑いをした。
「おっ」
秀和殿は、何かを発見した。
「楽しそうよのー」
見ていたのは、野菜を売っている広和殿であった。
「何故、広和殿はあのようなことを」
「好きなのであろう。面白い男じゃ」
その後、城下は廃れた風景を思い出せぬほどに栄えた。
殿は、隅田とその様子を見に城下へ行っていた。
「流行ってるねー」
その城下の景色は、あの時思い描いた景色であった。
「夢のようですな」
隅田は、殿を見つめ思った。この殿は、うつけなどではない、有能な殿であると。
殿の功績は称えられ、これまで無名であった広和殿が、他国に名を馳せた政策となった。
「見事な政策にございますな、殿」
「御見それいたしました」
「まあ、このくらいはね。真似しただけだし」
「ああ、うつけの殿にございますか?」
「そうそう。っていうかさ、俺ってうつけなの?」
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