第5話 殿の舞

 広和殿がきてから数日が経った。殿は、子どもの相手をすることが好きなようで、木の棒で地面に線や円を描き、子どもらといっしょに走り回っていた。

「見ていられませぬ」

と、屋敷から見ていた隅田は、目を隠す。

「殿があれでは」

本間も、殿の様子を受け入れられなかった。

「子どもと変わりませんな」

ふたりは、その場を離れた。すると、殿は何かにつまづいたのか、尻餅をついてしまった。そこに、ひとりの女子おなごが走ってくる。

「お怪我はございませぬか、殿」

殿は、手や尻に着いた土を払いながら礼を言った。

「大丈夫。ありがとう」

そう言われ、女子はにっこりと笑った。女子は殿に、木の枝を刀のように振ってみせた。目を眩しいほどに輝かせながら稽古するその子は、幼馴染の男子にも負けぬ勇ましい姿である。

「女の子なのに、刀の練習してるんだ」

「将来は、殿の家臣となって、殿をお守りいたします」

その力強い意気込みに、殿は女子の名を尋ねた。

「すずにございます」

「すずちゃんか。じゃあ、いっしょに練習しようか」

と、殿は鈴の横に立ち、いっしょに棒を振るのであった。


 屋敷に戻ると、家臣たちにその出来事を話した。

「女子で家臣ですか。それは頼もしいですな」

「そうだよね。あと何年後?もう少しでそこらへんに座ってるんだろうなー」

と、今家臣がいる奥の方を指さしながら言う。

「いえ、殿。女子は家臣にはなれませぬ」

「え?なんで?」

「女子だからです」

 侍は、男の仕事である。女子などに、侍は務まらない。それが当たり前であった。しかし、殿はその習わしを古いと言うのである。

「女の子だってさ、強い子もいるわけじゃん。そういう子を家臣にして何が悪いの?」

「女子に刀を握らせるなど、いけませぬ」

「そうですぞ。女子は戦にはご法度でございます」

「戦にご法度とかあんの?俺から言わせると、戦をすること自体がご法度だよ。意味わかんないんですけど」

「しかし、女子が家臣になりたいと言うのも、珍しいにございますな」

「真剣に練習してたよ。すずちゃん」

家臣の原は、その名をもう一度訊いた。

「すずちゃん。6歳、7歳? そのくらいの子」

原は、茫然としていた。その様子を見て、殿が訊く。

「知ってんの?」

「娘にございますので」

「あー、そうなんだ。だから家臣になりたいって言ったんだ。お父さんの背中を見て育ったんだねー」

 娘が父のようになりたいと願うことは、父としては嬉しいものであるが、それが侍であればそうはいかない。殿を守るということは結城という国を守るということ。国に住んでいる者を守るということ。それには、大きな代償が伴うということを忘れてはならない。


 その夜、殿は気分がいいのか鼻歌を歌いながら、居室に戻った。家臣はその前と横で待機している。これは、いつ何時も殿の身に何かあってはいけぬように、寝ずの番をしているのである。

 しばらくすると、殿の居室から男の声が聞こえてきた。殿の声とは似ていないが、居室には殿のほかに誰もいない。家臣たちは、陽気な歌声であることから、きっと殿が舞を踊っているのだと思っていた。しかし、よく聞いてみると、声のほかに何か奇妙な音が聞こえているのである。隅田たちが集まり、様子を見にいこうかと立ち上げれば、なんと殿の声も聞こえてきた。陽気な声ではあるが心配した隅田たちは、居室の殿に尋ねる。

「いかがなさいましたか?」

すると、怪しげな声と音が同時に消えた。

「なにー?」

と殿が言いながら、ふすまを開けた。

「その……」

隅田が居室を覗くと、そこには誰もいなかった。床が敷いてあり、殿の荷物が散らばっているだけだった。

「何覗いてんの? 何か用?」

「いえ、失礼いたしました」

 隅田たちはもとの位置に戻った。すると、また殿ではない声と音が聞こえてきた。それには、遠くで待機していた原と本間たちも寄ってきて、殿の居室の前で皆不思議がっていた。

「これは、殿と誰の声なのじゃ?」

「いえ、居室には殿以外誰もおりませぬ」

「殿がひとりで舞を踊っておるということか?」

「それはないであろう。そうであったら、まことにうつけだということになる」

 広和殿は、奇妙な言葉遣いや発言、子どものようにはしゃぐ姿から、うつけだと思われていた。それに加え、居室でひとりではしゃぐとなると、うつけという疑問が確信に変わってしまう。

 そんな隅田たちの心配をよそに、その声と音は、屋敷中に響いていた。家臣たちがしだいに集まってくる。

「大騒ぎになりますぞ」

「失礼ではあるが、今一度お尋ね申すか」

隅田は、原の顔を見た。

何故なにゆえ、私を見るのだ」

「私は今しがた尋ねたばかりだ。頼む」

「なんと尋ねればよいのだ?」

「陽気に踊ってる故、気分を害してはならぬ」

 隅田や原たちは、ふすまの前で、様子を伺った。明かりで影が見えるはずだが、殿は横になっているのか、踊ってる影などなかった。ふすまに耳を当て、声を聴く。

「もう一人、誰か家臣がいるのではないか?」

「では、この音はなんじゃ?」

「何かを叩いているのではなかろうか」

しかし、ふすまの外からは、何も確認できなかった。原は、覚悟を決め、殿に尋ねた。

「殿……」

その声と同時に、殿の影が現れ、ふすまが開いた。

原たちは驚き、後ろに倒れた。

「何してんの?」

ふすまの外で、家臣が5人、後ろに倒れているのである。何事かと思ったのは、殿の方であった。


 その不思議な声と音であるが、殿の持ち物であった。なんと、物から声と音が聞こえてくるのである。

 家臣が殿の居室に詰め寄り、その持ち物を眺めた。

「この中に、人が入っておるのですか?」

「入ってるわけないでしょ」

「では、何故声が聞こえるのですか?」

「んー、そういう機械なんだよね」

「キカイ?」

「音が出る仕組みになってるの」

「しかし、殿。なんという舞にございますか?」

「あー、俺の好きな歌なんだよね。花咲けば~」

「陽気な舞にございますな」

「舞じゃなくて、歌だよ。あっ、ダンスバージョンもあるから、舞ってことになるのかな?」

「殿は、歌が上手にございますな」

「まあね、カラオケで90点以上は楽勝だから」

「カラオケとやらが得意なのですか?」

「殿は、我々の知らない言葉をよく知っております」

「物知りでございますな」


 そんな賑やかな夜を過ごしているところを、秀和の家臣坂本が静かに見ておった。

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