第1章

広和殿の国づくり

第4話 おにぎりの乱

 広和殿は、おにぎりが大好物であった。

 結城の領地といえば、海、山があり、食物が豊富であるが故、献上される食物も多様であった。料理人が作る料理も好んでいたのだが、あるとき広和殿がおにぎりが食べたいと言い出したのである。

 おにぎりという米のみの食事は、当時の結城領内の庶民は当たり前のように食していたが、城に暮らす者が好んで食すようなものではなかった。不思議に思いながらも、料理人はおにぎりを作り、殿に見せたのである。

 塩をまぶし、光に当てれば、白くかがやくおにぎり。殿は、おにぎりを見るなり、微笑んでいた。大きな口を開け、おにぎりに食らいついた。

「おいしー」

頬に米粒を残しながら、ふたつあったおにぎりをきれいに平らげた。



 明日みょうにちも、殿はおにぎりを望まれた。料理人はまたおにぎりを作り、殿に見せた。

「おいしー」

その言葉通りおいしそうにおにぎりを頬張る殿であったが、なにか疑問を抱いているようで、下がろうとする料理人に

「なんで、具が入ってないの?」

と尋ねられた。

具、というのは、おにぎりの中身を意味していた。

「おにぎりの中身といわれましても、どういうことなのか」

料理人は困り果てた。



 その日も、殿はおにぎりを望まれた。しかし、料理を待っていられないのか、台所へ向かった。

 台所の料理人たちは、さぞかし驚いたであろう。殿が台所にくることなど、めったにないことである。殿を見るなり、手を止め、頭を下げた。

「おにぎり作ってる?」

「はい」

作ったおにぎりを皿に並べていたところであった。殿は、台所を見渡し、蒸していた鮭を見つけると、身をほぐしはじめた。

「こうやって……」

おにぎりを手に取り、ふたつに割ると、なんと、鮭の身を乗せるではありませんか。そして、鮭の身を米で包み、またもとの形に戻したのである。

「これ、作って」

その様子をしかと見ていた料理人は、殿の真似事をしてみせた。

「いいじゃん。上手上手。で、海苔はある?」

「海苔はこちらに」

生海苔が水に入れられていたのを見ると、殿は、それを天日干しするよう命じた。

「海苔は、おにぎりに必要だからね」


 その日の晩、料理人は殿から教えてもらったとおり、中身のあるおにぎりを持っていった。

しかし、殿がそれを食べるなり、カリッという音がしたのである。

「なにこれ?」

殿が口から出したのは、黒い物体であった。

「それは、海苔にございます」

殿は目を丸くし、その丸い海苔の塊をしばし眺めた。

「……飴だね、これは」

そう言うと、また口に入れ、また出し、また入れ、それを繰り返した。だが、その塊は一向に小さくならない。

「歯が痛い」

その様子をみていた家臣の隅田は、料理人に何を入れたのかを問う。

「海苔にございます」

「海苔を召し上がって、歯が痛くなるものか」

「これ、海苔じゃないから。飴」

と、口を押えながら殿は言う。

「飴? そのような得体のしれないものを殿にお出ししたのか」

「飴などというものは出しておりません」

「いいよいいよー。俺がちゃんと教えればよかった話だから」

結局、その海苔はのちに海へと戻された。


 その騒動を目にしていた秀和殿の家臣坂本は、料理人が得体のしれないものをおにぎりの中に隠したと伝えた。

「ほう、料理人がのう」

「広和殿のことを好いておらぬ故に、そのようなことをしたのかと」

「そうか」


 家臣によりそのような目論見がされる中、おにぎりの出来がよくなかったのだと、料理人たちは台所で反省会を開いていた。のりを細かく切って入れたり、乾かしたあとに何か手間を加えるのかと案を出していた。塩の気がある海苔は、鮭と同じく米によい味が出るのだが、どうすればよいものなのか。

 殿が台所に行くと、料理人が頭を下げた。

「先ほどは……」

「いいよー。教えるね」

殿は、笑顔でおにぎりづくりをはじめた。

「海苔はねー」

殿は、米を握ると、それを海苔で包んだ。

「こうするの。わかった?」

「海苔で、米を包むのですね」

「そう」

「鮭は中に、海苔は外にですか」

「中からも外からも塩で包まれ、よい塩梅あんばいになりますな」

と、料理人から賞賛の声があがった。

「それに、海苔のおかけで手に米がべたべたつかないでしょ?」

「そうですな」

「さすが殿。物知りにございます」


 料理人が得体のしれないものを料理に仕込んだと聞いた秀和殿は、皆を大広間に集めた。そして、料理人に対し、広和殿に出したおにぎりを皆に出すよう命じた。

 運ばれてきたおにぎりを見て、秀和殿は驚かれた。

「これはなんじゃ?」

「おにぎりにございます」

海苔で包まれた米を口に入れると、パリッという海苔の切れる音がした。

「これはなんじゃ?」

「海苔にございます」

食べ進めると、中から鮭がくずれたものが出てきた。

「これはなんじゃ?」

「鮭のほぐし身にございます」

「これは、お主が広和に出したおにぎりか?」

「はい。広和殿に作り方を学び、作ったおにぎりにございます」

「これは、広和が考えたのか」

「はい。米に食材を合わせ、外と中からの絶妙な塩加減が、美味であります」

殿は納得され、またひとつ、おにぎりに手をのばした。


 「おいしゅうございますな」

と家臣たちも絶賛していた。

 しかし、家臣の坂本をはじめ、このおにぎりをよく思わない者がいた。

「おにぎりなど、庶民の食べ物を」

 孝和殿は、難色を示すも、おいしさは理解していた。

「新しい味にござる」

家臣松山も、同様であった。

「はい。味付けはよいにございますが、貧相であります」


 この坂本と松山という家臣。これから広和殿にとって、重要な人物となっていく。

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